大団円を目指して


第22話 「責任」



 そして彼女は決断した。
 己の命を賭けた二択。
 彼女は、イリヤ達の前に姿を現す事を選んだ。

「キャスターさん、お願い! 士郎を助けてッ!」

 バーサーカーの腕の中から跳び出した大河が、士郎を抱いたままキャスターの下へと走る。
 しかし、キャスターからの返事はない。
 彼女は無言のまま、イリヤから視線を離さない。
 士郎の手からこぼれ落ちたモノに、気付きもせずに。

「何で、こいつが……」

 キャスターの姿を認めたイリヤが、我知らず呟いた。
 彼女は現状が理解出来ずに混乱している。
 何故、キャスターがここにいるのか。
 何故、大河がキャスターを頼るのか。
 イリヤは全く理解出来ない。

「タイガ、離れなさい」

 それでも今は混乱している場合ではない。
 事態を把握するのは後で良い。
 今は士郎を助ける事だけ考えれば良い。
 だからすぐにも終わらせる為、キャスターから離れるよう言った。

「何でよ、士郎が死んじゃうよ!」

 なのに大河は、自分の言う事を聞かなかった。
 あまつさえ反論までしてきた。
 大河の癖に。

「だから言ってるんじゃない、そいつは敵よ!」
「え……敵?」
「そうよ、バーサーカー!」

 イリヤの命を受けたバーサーカーが、重々しくその足を一歩踏み出す。
 バーサーカーと対峙する破目に陥ったキャスターだが、それでも彼女は無言のままだった。
 自分が釈明しては意味がない。
 必死に己を保ちながら、キャスターはそう考えている。
 自分が何を言おうと、相手は聞く耳を持たないだろう。
 自分が口を開いてはいけない。
 それは自分の役割ではない。
 そう――――

「ちょっと、待って!」

 ――――それは大河の役割だった。
 フードに隠されたその顔は、ホゥ、と安堵の息を漏らしていた。

「えっと、イリヤちゃん……で良いんだよね? 違うよ、貴女勘違いしてる! キャスターさんは、敵じゃない!」
「なに言ってるのよ! そいつは敵よ! 敵のサーヴァントよ!」
「違うよ! キャスターさんは士郎のサーヴァントだもの!」
「何ですって!!?」

 想像もしていなかった大河の言葉に、イリヤが驚きの声をあげる。
 そんな馬鹿な。
 そんな陳腐な言葉しか、彼女の頭には浮かばなかった。
 この際、既に聖杯戦争に巻き込まれていた事は良しとしよう。
 また、サーヴァントを召喚していた事も良しとしよう。
 どうせ、士郎だし。
 だが、よりによってキャスターをサーヴァントとしている事は。

「ちょっと待って! 何でそんな奴がシロウのサーヴァントなのよ!」

 それだけは、絶対に納得がいかなかった。

「あら、ご挨拶だ事。私は別に……」
「黙れ、殺すわよ」
「……」

 何の気負いもなく、サラリと言われたイリヤの言葉。
 その言葉に、キャスターが思わず黙り込む。
 だが、己の命をチップにした賭けには勝ったのだと、彼女は理解した。
 警告だけで済んだのだから。
 取り敢えずは、問答無用で殺される事はないだろう。
 大河さえ、いれば。
 彼女は再び密かに息を吐く。
 そして気を引き締め直す。
 ここから先は賭けではない。
 自分の力で、より良い結果を手繰り寄せなければならない。

「……大河、坊やはどうしたの?」
「あ、そうなの! 士郎が変な奴に槍で刺されて死にそうなの! お願いキャスターさん、士郎を助けて!」

 その為にも、まずは士郎を助ける必要があった。
 成る程、どうやらこれは第三のサーヴァントの仕業のようだ。
 槍と言うからにはランサーだろうか。
 士郎を助けたあと詳しい話を聞かねばなるまいが、それは後の事。
 とにかく今は、士郎を助けなければ全てが終わる。
 しかし……
 その士郎を助ける方法が、ない。
 というよりは、未だに息のある事の方が不思議だった。
 正直、今の魔力不足の自分では士郎を助ける事など……

「そんな奴に頼らないで」
「え? で、でも……」
「シロウを助けるのは、このわたしよ。バーサーカー!」

 殺気のこもる声で大河を止め、バーサーカーに命令するイリヤ。
 彼女からしてみれば、キャスター如きに士郎を委ねる訳にはいかない。
 いや、誰であろうと許せないし我慢ならない。

「こいつが逃げ出そうとしたり、少しでも何かしようとしたら――――」

 それでは自分のいる意味が、ない。
 士郎を助けるのは、もはや自分でなければならなかった。

「――――油断なく躊躇いなく、殺しなさい」

 それこそが、今ここに自分が存在する意味。

「こ、殺すって、さっきも言ってたけど……」
「タイガ、シロウを部屋に運びなさい」
「え、部屋って、士郎の部屋で良いの?」
「何処だって良いわよ! とにかく早く部屋に運ぶ!」
「はい!」

 そうしてイリヤと大河は、士郎を連れてこの場を去った。
 それを目で追う、キャスター。

「……フゥ」

 そして少しした後、彼女は大きく息を吐く。
 生き延びた。
 それがバーサーカーと二人取り残されたキャスターの、正直な感想だった。
 正に、薄氷の上を命からがら渡り切った気分である。
 思わず全身がぶるりと震えた。

「それにしても……」

 目を向ければ、ヘラクレスが今も確かに目の前にいた。
 あのヘラクレスが、だ。
 何故、これ程の英霊が召喚に応じたのか。
 それがどうしても、キャスターには理解出来なかった。
 バーサーカーとして召喚されたようだが、この存在感は変わらない。
 いや、この凄まじいまでの重圧は、昔とある場所で見かけた時以上のものがあった。
 それを、敵とせずに済んだ。
 あるいは、味方にだってなるやもしれない。
 あのバーサーカーのマスターの、士郎への執着を考えれば。

 ――――坊や、感謝するわよ。

 士郎をマスターとした事に、キャスターは初めて心から感謝した。
 坊やに拾われた事は、もしかしたら幸運だったのかもしれない。
 そんな事を、キャスターは思う。
 もっとも、大河がいなければそれも敵わなかっただろうが。
 だが、士郎さえいれば……
 彼に大いなる利用価値を、キャスターは見出した。

「あら、これは……?」

 ふと彼女は、庭に転がるそれに気付いた。
 打ち捨てられたようにあった二振りの剣は、士郎がここまで手放さなかった、彼の投影した物である。
 それが、キャスターの目に留まる。

「これって……まさか、宝具?」





「タイガ、布団敷いて」
「はい!」
「タイガ、シロウをそこに寝かせて」
「はい!」
「タイガ、ハサミ出して」
「え、ハサミ?」
「そうよ。シロウの服が血で固まっているから、ハサミで切って脱がせるの」
「ぬ、脱がせるんデスか!?」
「早く! そこの座卓の右上の引き出しに、服も切れる大きいのが入っている筈だから!」
「はい! ……えっと、下もデスか?」
「早く!!」
「はい〜ッ!!」

 士郎の部屋にて、テキパキと指示をするイリヤに、ハキハキ且つアタフタと従う大河。
 二人の力関係は、これで決まったようなものである。
 まあ、元からだが。
 ともあれ、士郎を助けなければならない。

「で、どうやって士郎を助けるの?」
「それは……」
「それは?」
「……SEX」
「……はい?」
「だから、わたしとシロウがSEXするのよ!」

 真っ赤な顔で、開き直ったのか叫ぶようにイリヤが言った。
 今の状況で士郎を助ける為には、彼に魔力を分け与え、士郎の身体にあるアヴァロンの能力を最大限に発揮させるしかない。
 その為には、イリヤと士郎が魔術的なパスを繋げる必要がある。
 魔術師同士が波長を合わせパスを繋ぐ方法など、元々一つか二つくらいしかなく、幸い士郎とイリヤは性別が異なる為、これが一番効果的であった。
 つまりは性交する事で、士郎と霊脈を繋ぎ、その魔力を分け与えるのである。
 無論、士郎との契約―――魔術回路の接続は、イリヤの方でやるつもりだ。
 こうしてパスを繋いだ後に魔力を送り込めば、士郎は助かる。

 これは、士郎の身体の中に聖剣の鞘(アヴァロン)がある故の方法である。

 当然その事を知らない者からすれば、『SEXをすれば命が助かる』という、何とも珍妙かつ奇天烈な話でしかない。

「……そっか」

 だが、大河は素直に納得した。
 死に掛けていたというキャスターも、士郎とのそれで助かったからだ。
 だからこそ、そういうものなのかと単純に思った。
 今の士郎がそんな事を出来るのかとも思ったが、死に掛けた時は却ってアレが元気になると何かしらで読んだ気がするので、たぶん大丈夫なのだろう。

「……えらく簡単に納得したわね?」
「うん、キャスターさんを士郎が助けた時も、エッチしてたし」

「何ですってえッ!!?」

「え? だから、キャスターさんを……」
「何て事なの! あんな奴に、シロウの
初めてを奪われるなんて……!」
「……いや、なに言ってんの?」
「このわたしが、あんな女の
だなんて……」
「あの……」
「今度こそ、わたしがシロウの
最初の女になる筈だったのに……」

「いいから早くシロよ」

「うるさい、出て行け!!」

「え、何で? 見学しちゃ駄目?」
「駄目に決まってるでしょ、馬鹿! いいから出てけッ!!」
「分かったけど……イリヤちゃん」
「何よッ!?」
「――――士郎を、お願いね」

 訊きたい事は多々あった。
 士郎の姉という事実の正否。
 士郎の部屋に詳しい訳。
 自分の事を知っている理由。
 今さっき言った、今度こそという意味。
 だが士郎が助かれば、大河にとってはもうそれで良かった。

「――――任せなさい。シロウは絶対に助けるわ」
「うん」
「だってわたしは、シロウのお姉ちゃんだもの!」





 衛宮家の台所にて、大河は蛇口に直接口を付けて水を飲んでいる。
 ぐびぐびと何度も喉を鳴らして飲んでいる。

「ぷっは〜!」

 やっと一息つけたようだ。

「……あ〜あ」

 一息ついたあと口を袖で拭ってから、溜め息と共に大きく肩を落とす大河。
 彼女は複雑な気分だった。
 ようやく自覚した、士郎への想い。
 だがその相手は、いま自分以外の女を抱いている。
 たくさんの大切な思い出が詰まるこの家で、士郎の部屋で、他の女を抱いている。
 無論、士郎に死んで欲しくはない。
 絶対に死んで欲しくない。
 その為なら何でも出来るし、何だって出来る。
 大河は、そう思っている。
 だが、それはそれ。
 想う男が他の女を抱いているかと思うと、堪らなくなる。

 堪らなく、胸が切なくなる。

 まあ、実際は抱いているのではなく一方的に犯されているようなものなのだが、それもそれ。
 彼女は、とても複雑な気分だった。

「そういえば、お姉ちゃんって言ってたけど……」

 彼女は、本当に士郎の姉なのだろうか。
 だとすれば、士郎が記憶を失う前の家族なのだろうか。
 それとも、まさか切嗣と関係があるのだろうか。
 そもそも、あの年で本当に士郎と出来るのか。
 イリヤが見掛け通りの年なら、それが出来るとはとても思えない。
 もっとも、おとぎ話の中なら魔法だか魔術だかを使う人はお婆さんというのが世の相場だし、また自分の事を士郎の姉と言っていただけに、おそらくは彼女も見た目ほど幼くはないのだろう。
 だが、いや、しかし……

「ハハ……駄目だ。訳わかんないや」

 いくら考えても答えは出ない。
 混乱した頭を、大河はブルブルと勢いよく振った。
 そうすれば、嫌な事が全部頭の中から追い出せるとでもいうように。

「……そういえば、キャスターさんは何をしているのかな」

 考えるのを止めた大河は、キャスターを探してとぼとぼと台所を出た。

 士郎の部屋から、嬌声は未だ聞こえない。





「あら、大河どうしたの?」
「うん、追い出されちゃった」

 衛宮家の縁側。
 そこにキャスターはいた。
 無論その傍には、彼女を見張るバーサーカーもいた。
 その為、この場には妙な緊張感が漂っていた。
 だが、そんな張り詰めた空気に気付いているのか、いないのか。
 気にせず大河は、

「うわぁ〜。改めて見ると、何か凄いねこの人」
「……そりゃそうよ。大河だって、名前くらいは知っている筈だから」
「へえ、有名なんだ。あの、わたし藤村大河って言います。名前を聞いても良いですか?」

 こんな感じで、バーサーカーに話し掛けた。
 藤村大河、二十五歳独身英語教師。
 一部の生徒からは、KYと呼ばれる女である。

「名前って、貴女ね……それ以前に、バーサーカーが喋れる訳ないじゃない」
「バーサーカー?」
「そうよ。能力を強化する代わりに、正気を失うクラス。それがバーサーカー」
「えっと、八つのクラスがあるんだっけ?」
「七つよ。そして事もあろうに、あのヘラクレスがバーサーカーとして召喚されたの」
「……ヘ?」
「だから、ヘラクレスよ」
「うっそォッ!!? ヘラクレスって、あのヘラクレスッ!!?」

 大河は吃驚仰天した。

「フフン、驚いたでしょう」
「そりゃ驚くわよ! うわ、ホントにビックリだ! へえ〜、そっかあ〜、この人があのヘラクレスか〜!」

 驚く大河に、何故か偉そうに答えるキャスター。
 彼女は、ちょっとだけ気分が良かった。

「でも、正気がないようには見えないね」
「……え?」
「だって、何だか優しそうだし」
「ハァッ!? 貴女、何言ってるの!?」
「だから、優しそうだなって」
「そうじゃなくてッ!!
 ……あのねえ。正気も理性もないのがバーサーカーなの。しかも正体はヘラクレスなのよ。いくら大河でも、ヘラクレスの事くらいは知ってるわよね? ああ、そうそう、知ってたのよね。だったら、ホラ。もっとこう、何て言うか……他に言う事あるでしょうッ!?」
「例えば?」
「た、例えばって……ハァ、もう良いわよ」
「あれ? わたし、いま馬鹿にされた?」
「してないわよ」
「ホントに?」
「本当よ。私はいま感心したの」
「な〜んだ……ヘヘ」
「照れるんじゃないの、全くもう……」

 張り詰めていた筈の空気が、何故か霧散している事にキャスターは気付く。
 チラリと横目で見やると、バーサーカーからの威圧感も心なしか減ったような気がしないでもないと言ったら嘘になるようなならないような、そんな感じである。

「凄いわね、ホント……これも、ある種の才能かしら」

 キャスターは、いたく感心した。

「ところで大河」
「何?」
「あのお嬢さんは、何をしているのかしら?」
「え? あ、う〜んと……」
「ああ、話せる範囲で構わないわよ。口止めされたのは分かっているから」
「いや、口止めっていうか……」
「抜け目がないのは当然よ。何しろ、このバーサーカーのマスターだもの。マスターとしては最高なのよ、彼女。癪だけどね」
「いや、あの……あれえ?」

 大河の事はともかく、キャスターがこうまで言うのも当然といえば当然だった。
 何しろ、これまでバーサーカーを得たマスターは暴走するサーヴァントを御する事が出来ず、全員が魔力切れで自滅してきたのだから。
 ただの一人の例外も無く。
 そして、サーヴァントが強くなればなる程、マスターに掛かる負担は大きい。
 つまりは、あのヘラクレスをバーサーカーとしたならば、本来は自滅してしかるべきなのだ。
 だが、あの少女に苦しむ様子は全く見受けられない。
 マスターとしては、非常に恐るべき少女である。

「で、彼女は何をしているの?」
「うん、その……エッチ」
「……はい?」
「だから、エッチ。キャスターさんと、おんなじ事」
「何よ、それ!? 坊やを助けるんじゃなかったの!?」
「え? だからエッチしてるんじゃないの?」

 そんな訳がなかった。
 エッチで命が助かる訳がなかった。
 騙されている。
 自分の例を棚に上げ、キャスターはそう思った。
 そして、こうも思った。
 大河は馬鹿だ、と。
 だから、大河にそう伝えようとした。
 無論、「お前は馬鹿だ」という方ではない。
 と、その時。

「タイガ!!」

 誰かが大河の名を呼んだ。
 見ればそこには、何とバーサーカーのマスターがいるではないか。
 しかも全裸で。

「あ、イリヤちゃん! 士郎は助かったの!?」

 しかし大河は気にもせず、イリヤに走り寄る。
 そして、あっという間に連れ去られた。
 キャスターが口を挟む余地はなかった。
 そして彼女は大河を追う事が出来ない。
 背後では、バーサーカーが無言で目を光らせているから。

「クッ、一体何を……無事でいなさいよ、大河」

 大河の無事を祈る事しか出来ないキャスター。
 彼女は天を仰ぎ、自分の無力を嘆いた。
 慣れきった事ではあるのだが。





 大河を連れたイリヤが向かったのは、当然士郎の部屋である。
 部屋の中の士郎は微かに呼吸をしているものの、未だ布団に横たわったまま目覚めない。

「イリヤちゃん、士郎はどうしたの!? 大丈夫なの!!?」
「それが、その……」

 大河から目を逸らし、言い難そうに言葉を噤むイリヤ。
 その態度に堪らなく不安を掻き立てられた大河が、血相を変えてイリヤに詰め寄る。

「士郎はどうしたのよ! 助けてくれるんじゃなかったの!! ハッキリ言ってよ、イリヤちゃん!!」
「実は……」

 そしてイリヤは、観念したように口を開いた。

「……ないのよ」
「……え?」
「だから……たないのよ」
「……ごめん、もう一回」
「だからあ! シロウのアレが
勃たないのよ!!

 吐き出すようにイリヤが叫ぶ。

「え……ええぇ〜!!?」

 そう。
 イリヤでは、士郎のブツを勃たせられなかった。
 溢れんばかりの愛が、彼女にはある。
 だが、テクが足りなかった。
 実に足りなかった。

「全然勃たないのよ、シロウのアレが……だから、SEX出来なくて……
 ねえ、どうして!? 何でよ!? 死に賭けた時って、却って勃つんじゃなかったのお!!?」

 ヒステリックにイリヤが喚く。
 けれど、それも当然だろう。
 それだけ彼女は頑張ったのだ。
 本当に頑張ったのだのだ。
 だがいかんせん、テクが足りなかった。
 とても足りなかった。
 故に、彼女は決断した。

「……手伝って」
「ハイ?」
「だから、手伝って」
「ハイィ〜ッ!?」

 大河は驚いた。
 士郎のモノを勃たせるのを手伝えと、彼女は言う。
 その行為の内容を考えれば大河が驚くのも無理はなく、拒否をしようと何ら責められるべき筋合いではないだろう。
 しかし……

「仕方ないじゃない! ホントはわたしだって嫌よ、でも……わたしじゃ……駄目で……でも……シロウが……このままじゃ、シロウが……」

 涙ながらに、イリヤが語る。
 語る内容はアレだが、その真摯な姿が大河の胸を打つ。
 何より、士郎の為だった。
 士郎の為なら何でも出来るし、何だって出来る。
 その言葉に、断じて嘘はない。
 故に、彼女は決断した。

「……分かった。わたし、頑張る」



そして二人は――――



「嘘、そんな事するの!?」

「え、そんな事まで……」

「そんなトコまで、嘘ッ!?」

「……うわ、変な味」

「ふん、この程度で驚かないの」

「そうそう、そんな感じ……だと思う」

「わたしはコッチを……」

「もうちょっと、もうちょっとで……」

「やったあ!」

「よし、いくわよ……」

「イッタァ……ッ!」

「うわ、ホントに……」

「……」

「え、わたしも!?」

「いや、わたしは……」

「わたしは……」

「そうだけど……」

「けど……」

「……」

「……良いの?」

「……」

「いったぁ〜い!!」



――――破瓜の花を散らしたのであった

まる






 悲しい夢を見た気がする。
 とてもとても悲しい夢。
 あれは一体誰の事だったのだろう……

 窓から差し込む朝の陽射しで、衛宮士郎は目を覚ました。
 日が昇って随分と経つのか部屋の中は眩しいくらいに明るく、士郎はぼんやりとしたまま、何とはなしに時計を見ようとした。
 しかし、何故か動けない。

「……あれ?」

 身体を起こそうとするのだが、どうも上手く起こせない。
 まるで、自分の両腕に重石が乗っているかのようである。
 不思議に思った士郎が右を見る。すると、

「……え?」

 あり得ないモノが見えた。
 ハハ、俺、疲れているのかな……
 なんて感じで、士郎は現実から目を背けた。
 ついでに実際に目を逸らし左を見た。そして、

「…………え?」

 再び、あり得ないモノが見えた。
 もう本気であり得ない、絶対にあってはいけないモノだった。
 ハハ、俺、まだ寝てるんだよ。きっと、そうさ……
 なんて感じで、士郎は全力で夢の中に逃げ込もうとした。
 彼は固く目を瞑り、力の限りに羊の数を数える。
 もっとも、すぐに耐えられなくなるが。
 微かな期待を胸にして、士郎は再び目を開ける。
 だが、現実は常に非情である。
 目の前の光景は、これっぽっちも変わってはいなかった。

「ええぇ〜ッ!!」

 士郎は絶叫した。

「う〜ん……」
「うるさいなぁ〜、何よぉ……」

 その叫びで目が覚めたのか、両腕の重石がもぞもぞと動き出す。
 しかし、士郎は動けない。

 ――――先に動いた方が殺られる。

 先も何も相手はとうに動いているのだが、士郎は本気でそう思った。
 だが、現実は常に無情である。

「あ……お早う、シロウ」
「おはよ、士郎……えへへ」
「うわあぁぁあぁ――――ッ!!」

 士郎は魂消るような悲鳴を上げた。
 だが、そんな悲鳴も何のその。
 彼女達は、はにかんだ笑顔を浮かべながら声を揃えて言ったのだ。

『責任、取ってね』

 ちなみに布団のシーツには、彼女達の純潔だった証が二つ、ハッキリと記されていたりする。



 悲しい夢を見た筈なのに、今この瞬間その全てを忘れた士郎であった。



続く
2008/1/21
By いんちょ


戻る