大団円を目指して



第6話 「対決」







「サクラ。貴女は、騙されている」


説明をし終え、頬を紅潮させた興奮冷めやらぬ様子の桜に、ライダーは冷たく言い放った。


「そもそも、その理想とやらが何だというのですか?」

「ライダー!」

「土下座の一つや二つで、ゾウケンのサクラに行った所業は許されません」

「ライダーッ!」

「いえ、許されると思う事すらおこがましいでしょう」

「ライ………ッ!!」

「成る程、もっともじゃ」


(いきどお)る桜を制し、臓硯が口を挟んだ。


「確かに、ワシのした事は許される事では無い。しかしのう………」

「………」

「それを言えるのは、桜だけよ」

「………」

「おぬしが言って良い事では無い。何より………」

「………」

「おぬしがそのざまでは、心の臓より抜け出せんて」


忘れておる訳では無かろう、と臓硯が言葉を続ける。


「やはり、サクラを殺す気ですか」

「馬鹿を言うでない。最早、ワシに桜を操る気など無いわ。

 おぬしが桜に従うならば、ワシは喜んで桜の心臓より抜け出そう」

「私がサクラに逆らう事など、あり得ません」


ライダーは、キッパリと言い切った。


「………言いおるわ。

 ならば、先の事をどう説明する。既に、ワシと桜は解りおうていたのだぞ?」

「マスターが道を踏み外そうとした時、諌めるのがサーヴァントの役目です」

「物は言いようじゃて」

「違う。私は遅まきながら、それに気付いた―――士郎のお陰で」


そう、士郎のお陰で私は気付いた。

マスターに従順なだけでは、マスターを守れない事を。

もっと早くに気付けていれば、サクラを後悔させる事も無かったろうに。


事実、士郎と結ばれた後のサクラは、後悔していた。

聖杯戦争の最中(さなか)にした、己の所業を。


私から見れば、サクラは幸せの筈だった。

ゾウケンという呪から放たれ、士郎という愛する者とも結ばれた、いわゆるハッピーエンド。

物語なら、これでめでたしめでたしという所だろう。


しかし実際のサクラは、そうめでたくも無ければハッピーでも無かった。

夜な夜なうなされ、夜中に飛び起きる事など日常茶飯事。

その後独りで涙を流し、夜明けまで震え耐え続ける。

表面上は無理やり平気な振りをしていたものの、内実は非道い状態だった。


私には、何も出来なかった。


そんな桜を支えたのは、士郎。

士郎がいたからこそ、サクラは笑顔を取り戻せたのだ。





そして、士郎が死んだ世界では、サクラは笑顔を取り戻せなかった。





いずれは取り戻せたものと、思いたい。

独りでも取り戻せたのだと、信じたい。

しかし、私には分からない。

士郎の死んだ世界では、私は桜との契約を終え英霊の座へと戻ったから。

今も鮮明に思い出せる。

あの、やるせなさを。

私は、我が身の無力を噛み締めながら、座へと戻るしかなかったのだ………


あの時、私がサクラを止めてさえいれば、あんな思いはさせずに済んだのだ!

サクラとも別れずに、済んだのだ!!

士郎を死なせずに、済んだのだ!!


「もう二度と、私は間違えないッ!!」

「駄目ェッ!!」

「どきなさい、サクラッ! ゾウケンを信じてはいけませんッ!!」

「良いのッ! もう良いのッ!!」

「何も良くないッ! ゾウケンは殺すべきですッ!!」

「良いから止めてッ! もう止めて、ライダー!!」

「サクラッ! 何故分かって………ッ!!」

「ライダァ―――ッ!!!」

「―――ッ!!!」


これ以上何かを言えば、再び令呪が発動するだろう事を確信し、言いかけた言葉を飲み込むライダー。

結果、ライダーは何も言えなくなる。


「ライダーよ」


二人が言い争う様を黙って見ていた臓硯が、


「桜が、こうまで言っておるのだ。サーヴァントなら、ここは従うべきじゃろうて」


さもライダーをとりなすように、言った。


「クッ………」


ライダーは、黙り込むしかなかった。


「………ライダー」

「………」

「お願い………」

「………」

「わたしを、信じて」


ライダーの目を真っ直ぐに見ながら、桜が言った。

その目は、臓硯を信じきっていた。


間違っている。

どう考えても、サクラは間違っている。

この場合、私がサクラを正さなければならない。


正しき行動。

それは、ゾウケンを今すぐ殺す事。

サクラに逆らってでも、ゾウケンを完膚無きまで殺す事。


無論、サーヴァントがマスターに逆らう事など許されない。

しかし、サクラは私を家族と言った。

こんな私を、家族と言ってくれたのだ。

ならば、私は家族として。

サーヴァントではなく、家族の一人としてサクラの過ちを正さねばならない。

士郎の様に。


しかし、出来ない。

逆らえない。

例え間違っていると分かっていても、サクラに逆らう事など自分には出来そうも無かった。


所詮、私はサーヴァントに過ぎないのだろう。


つまりは、何もかもがこれで終わりだ。

サクラは、またあの道を歩むのだろう。

そして私は、それを見ている事しか出来ないのだろう。

私では、サクラを救えないのでしょうか………士郎。





ライダーは、絶望した。





「――――――分かりました。サクラの言うとおりにします」

「分かってくれたのね、ライダー!」

「いえ、分かりません。分かる事などあり得ませんが、それでもサクラに従いましょう。

 例え―――」


―――サクラ。

貴女と士郎は、こんな私を家族と呼んでくれた。

それが、私にとってどれ程の喜びだったか。

貴女達には、分かって貰えるだろうか。


「………その前に、サクラ。私は、貴女に言わなければならない事がある」


最初は、何も感じなかった。

私は、あくまでサクラのサーヴァント。

家族と呼ばれようと、私にとっては呼ばれ方の違いでしかない。

二人が私を家族と呼ぶ事で満足するなら、それで良いと思った。

私にも家族はいたが、全ては昔の事なのだから。


「一つだけ、貴女に隠していた事があるのです」


だが、二人と共に生活し時を積み重ねる内、それは何物にも代えがたい物となった。

二人の家族である事が、何よりも誇らしい物となった。

特に、何かがあった訳ではない。

何時の間にか………

そう、気付けば私はサクラの……そして、士郎の家族となっていたのだ。

しかし………


「一生、口にするつもりはありませんでした」


………しかし、家族なら諌めなければならない。

サクラが道を踏み外そうとした時、叱らなければならない。

それは、士郎が教えてくれた事。

命を懸けて、教えてくれた事。

それが出来ない今、私は家族失格だ。

ならば、私は―――


「しかし、敢えて言いましょう」


―――単なるサーヴァントに、戻ろう。

だから、私は。





「私は―――――――――シロウを愛している」





隠しに隠していた、己の禁忌とも言える秘密を言った。

この事を言えば、サクラは決して私を許さない。

サクラの、士郎に対する女としての独占欲は、並大抵の物ではないからだ。

それは、リンに対して既に(・・)証明されている。

あの姉妹喧嘩は、私ですら恐れるに足る物だったから………


いずれにせよ、これで私は只のサーヴァントに戻った。

サクラの命を愚直に聞くだけの、単なるサーヴァントに―――










「うん、知ってるけど」










「―――は?」










ライダーは、暫し茫然とした。


桜は、きょとんとした顔をしている。

今更、何を言っているのだろう。

そんな顔であった。



強烈な脱力感が、ライダーの全身を覆う。


―――わ、私は、何の為に、この胸の内を、さらけ出したんだろう……

血を吐く想いで……全てを投げ打つ覚悟で言ったのに………


激しい眩暈を感じ、ライダーは膝から崩れ落ちそうになった。



「えっと、どうかしたの、ライダー?」

「………いえ、何でもありません。ええ、何でもありませんとも。私は貴女に従います、サクラ。

 例え――――――










 ――――――士郎であろうと、殺しましょう」










「………………え?」










「サクラが殺せと言うなら、殺しましょう………士郎と言えど」

「……な………なに、いってるの、らいだぁ?」


震える声で、桜は問うた。

しかし、ライダーは答えない。


「ねえ……本当に、何言ってるの?

 わ、わたしが先輩を……そんな風にしろだなんて………言う訳無いじゃない!」


震えた声で、桜は叫んだ。

しかし、ライダーは答えない。


「ライダーッ!」


ライダーは、答えない。


「答えて、ライダァーッ!!」

「………ゾウケンに従うとは、そういう事です」

「嘘よッ!!」


桜は、全力で否定する。


「嘘ではありません」

「嘘よ、絶対に嘘ッ! お爺さまは、そんな事言わないものッ! そうですよね、お爺さまッ!!」

「言わんよ」

「それこそ、嘘ですね」

「ライダー!」

「良い良い、桜。これも自業自得じゃて」

「………お爺さま」

「ライダーよ」


ライダーは、答えない。


「もう、嘘は吐かん」

「フン」


ライダーは、鼻で笑った。


「少なくとも、桜に嘘は吐かん………まあ、信じる必要など無いがのう」

「それ以前の問題です」

「ライダーッ!」

「構わんて。これも致し方無しよ。しかし、これは本当じゃ。

 嘘は、必ず嘘を呼ぶ。

 ワシが理想を取り戻すのに、二百年かかった。嘘一つでこれでは、割りが合わんという物よ」

「ね、分かったでしょ、ライダー。お爺さまは………」

「そもそも、ワシの邪魔をせなんだら、殺す必要もあるまいて」


邪魔という単語に、桜がビクッと肩を震わせ反応した。


「だって、士郎なのよ? 戦争やってりゃ、勝手に首突っ込んでくるわよ。何しろ、士郎なんだから」


凛の言葉を思い出し、


「要するに、嫌でもかかわり合うって事」


桜の顔が、見る見る内に青褪める。


「………お、お爺さま?」

「何じゃ、桜よ?」

「先輩が……も、もし、この戦争に関わる事があったら、お爺さまは………先輩を、その………」

「殺さねばならんのう」


当然の様に、臓硯が言った。


「その時は、殺さねばなるまいて。ワシの理想を阻む者は、全て敵じゃ」


桜の顔は、既に蒼白である。

漸く気付いたのだ。

先程知った臓硯の理想が、魔術師(・・・)としての理想だった事を。


理想の為には、どれ程の犠牲もためらわない。

理想の為なら、どのような犠牲も厭わない。

魔術師とは、そういう人種である。

そして、そんな犠牲を士郎が認める筈も無い。

魔術師としての理想が、士郎と並び立つ筈は無いのだ。

つまりは、士郎が必ず立ち塞がるという事。

その時、士郎は殺されるだろう。

臓硯に。


今更ながらにその事に気付き、桜は呆然とした。


「………桜よ」


立ち竦み俯く桜へ、臓硯が柔らかに声を掛ける。


「心配するでない。おぬしが関わらせねば良いだけの話じゃて」


優しげな声音であった。


「ワシも、彼奴を殺したい訳ではない」


桜は、俯いたままである。


「分かるか、桜よ」


その表情は、前髪に隠れ分からない。


「桜」


返事をしない桜に、少々苛立つ臓硯。

すると、桜が俯いたまま返事をした。


「………分かりました」


意外と冷静な声音であった。


「お爺さま」

「………何じゃ?」

「先輩は、私が守ります」

「おお! そうか、そうじゃのう! 惚れた男よ! おぬしが守ってみせい!」

「はい」


俯いていた桜が、ゆっくりと顔を上げる。

その表情は、笑顔。

晴れ晴れとした笑顔を、桜は浮かべていた。


「ご指導、ありがとう御座いました、お爺さま」


深々と頭を下げ、桜が臓硯に礼を言う。


「何、分かれば良いて」

「私が、先輩を守ります」

「うむ、そうするが良い」

「ですから、お爺さま」

「どうした、桜?」










「死んで下さい」










ずぶりと音がした。










ずぶり、ずぶずぶ。










そうして、ずるりと。

桜は自らの心臓に指を入れ、神経深く食い込んでいた、一匹の虫を引きずり出した。










「……何故………?」


臓硯は問う。


「やはり、ワシを許せなんだか?」


恐怖するで無く、


「ワシらは、解りおうたのではなかったのか?」


混乱するで無く、


「信じ合えた………」


その恐るべき光景を目の当たりにしながら、


「そう、思っておったにのう」


狂乱する事も無く、臓硯は静かに問うた。


「何故じゃ、桜」


まるで、この事を予想していたかの様に。


「関係ありませんから」


臓硯の問いを、笑顔で切って捨てる桜。

その笑顔には、一点の曇りも無い。


「関係無い、じゃと?」

「はい、関係無いです」

「何を言うておる?」

「先輩に死んで欲しくないだけですから」

「何………?」

「他の事は、どうでも良いんです」


笑顔のまま、ハッキリと桜は答えた。

その答えに、唖然とする臓硯。

訪れる、沈黙。

地下室は、暫しの間静寂に包まれた。

その静寂を破ったのは、臓硯の吐いた溜め息である。


「………女子(おなご)とは」


臓硯が、嘆息しながら言った。


女子(おなご)とは、度し難いモノよ………」

「そうですね」


コロコロと響く、日だまりの声。


「………にしても、まさか繋がっておったとはのう」

「はい」

「まずは魂在りき、か。何時、気付いた?」

「今です」



根源の渦に至る門。

その門の向こう側と、桜の魂は今も繋がっていた。

気付いたキッカケは、己の身体に痛みが無い事である。


普段こそ活動していないものの、現在(いま)の身体には自分の魔力を貪り尽くす刻印虫が神経に根付いており、

一度(ひとたび)活動を始めれば、耐え難い痛みを己に与える筈だった。

あの時。

凛達と別れ、士郎を自分が助けると桜が決意した時、確かに心臓が(うごめ)いたのだ。

だから、彼女は痛みに(さいな)まれていなければならない筈だった。

その苦痛(快楽)が、無かった。

更には、ライダーを召喚した今でも痛みは無い。

初めて召喚した時の魔力の消費量を考えれば、あり得ない事だった。

それは即ち今でも繋がっているという事であり、無限とも言える魔力が供給されているからこそであろう。


記憶、脳、魔術回路、全ては魂にこそ在る。

つまりは、そういう事だ。


「お爺さま」

「………」

「桜は、お爺さまを恨んだりなんかしていません」

「………」

「お爺さまのお陰で、桜は先輩と巡り会えたのですから」


でも、死んで下さい。

先輩の為に。

どんな理想も、先輩がいなければ意味が無い。

比べる事すら意味が無い。


―――全ては、先輩の為に。





「さようなら、お爺さま。今までお疲れ様でした」





そして桜は笑顔と共に、

ぐちゅりと、

臓硯の本体を握り潰した。





崩れ始める、臓硯の身体。

その時、何かが地下室に響く。

それは、臓硯の笑い声。

カカカと響き渡る、臓硯の笑い声。

臓硯は、笑う。

赤黒い肉の集まりとなりながら、狂った様に臓硯が笑う。


「愚かな!」

「………」

「何と、愚かな事よ!」

「………」

「我が理想が、男の為に終わるとは!」

「………」

「我らが理想が、男如きの為に潰えるとはッ!」

「………」

「下らん! 実に下らん!!」

「先輩は、下らなくなんかありません」


臓硯の魂の叫びを、桜がムッとした顔で遮った。

その顔を見て、臓硯は思う。


―――事ここに至って、未だに考えるのは男の事だけか。


崩れ行く身体を抱えながらも、そんな事を思う。


「―――女子(おなご)とは」


その余りに情けない思いが、思わず口からこぼれ出た。





女子(おなご)とは、ほんに度し難いモノよのう――――――」





そうして臓硯の肉塊は、グズグズと崩れ、溶けおち、消え去った。





それらの光景を、傍から見ていたライダー。

改めて、ライダーは桜の怖さを思い知っていた。


先程までのやり取りは、一体何だったのだろう。

ゾウケンの理想とやらに、涙まで流していたというのに………

サクラ、貴女は本当に怖い(ヒト)だ。


血塗れとなった桜の姿を見ながら、ライダーはそんな事を思った。


「ライダー」

「はい」

「宝具の用意を」







遠坂邸の居間では、凛がセイバーに今までの状況を説明していた。

その話を聞いているのかいないのか、イリヤは一人興味無さげにソファーで自分の髪の毛を弄っている。


「そうですか。シロウには記憶が………」

「そういう事。だから、わたしがマスターなの。納得した?」

「………」

「だから、士郎はセイバーの事を覚えて………

 って言うか、知らないの! だから、呼び出す事は出来ないの!

 だから、わたしが呼び出したの! だから、わたしがマスターなの!! 納得しなさいッ!!」

「………クッ」

「何それッ! そんなにわたしがマスターじゃ嫌な訳ッ!!?」

「いえ、決してその様な事は!

 ……ただ、やはり私を召喚するのはシロウかと………」

「だから、士郎には記憶が無いって言ってるじゃない! いい加減、納得しなさい!!

 つーか、しろッ!!!」


ビシッと指を突きつけながら、凛がセイバーに言い放った。

その指を前に、セイバーは苦悶の表情を浮かべている。

悩む、セイバー。

窮する、セイバー。

そして、がっくりと肩を落とすセイバー。

彼女は今、自らの敗北を認めたのであった。


「………納得は出来ませんが、理解はしました」


負け惜しみである。


「ところで、いつシロウとは合流するのですか?」

「あのねェ………士郎には、記憶が無いって言ったでしょ?

 今の士郎は、聖杯戦争の事だって知らない単なる一般人みたいなものなんだから………」

「凛」

「何よ?」

「自分でも信じていない事は、言わない方が良い」

「………」

「それとも、凛はシロウがこの戦いに関わる事は無いと、本気で考えているのですか?」

「………どうせ、勝手に首突っ込んでくるでしょうね」

「その通りです。ならば、今すぐにでもシロウと合流すべきだ」

「セイバー」

「何でしょう、凛?」

「アンタ、士郎に会いたいだけでしょ」

「それは、心外。私は、この戦争に勝ち抜く事しか考えていない、我がマスターよ」

「その言い方が、既にわざとらしいってェの。

 とにかく士郎の事は、桜とライダーが合流してからの話よ。分かったわね?」

「桜とライダー………もしや、二人にも記憶があるのですか!?」

「そうよ。ライダーは確認してないけど、セイバーに記憶があるなら、まず間違いないんじゃない?」

「何故、私に記憶があると間違いないのでしょうか?」

「イリヤが、そう言ってんのよ」


二人がイリヤに視線を向けると、彼女は枝毛を探していた。

相変わらず、どうでも良さげな様子である。


「イリヤスフィールが………?

 まさか、これはイリヤスフィールの仕業なのですか!?」

「仕業って………わたしが悪い事したみたいに、言わないで欲しいわね」


いかにも心外といった感じで、答えるイリヤ。


「それより、セイバーの意見に賛成よ。今すぐシロウの家に行くべきね」

「その意見を支持します」


すかさず、セイバーが答えた。


「………やっぱ、シロウに会いたいだけでしょ」

「それは異な事を。私は………」

「そうよ。当然じゃない」


キッパリ、スッパリ、ハッキリと、イリヤが言った。


「それとも、リンは会いたく無いの? あ、そうなんだ。会いたく無いんだ。

 セイバーもシロウに会いたい訳じゃ無かったわね。

 分かった、シロウの事はわたしに任せて。必ず幸せに………」

「誰もそんな事、言って無いでしょうがッ!」

「冗談よ。シロウの事は本気だけど。いずれにせよ、サクラ達を待って、全員揃ったら行きましょう」

「……理由ってモンが、必要でしょう。桜はまだしも、わたし達がいきなり行っても………」

「大丈夫よ。シロウ、馬鹿だし」

「イリヤスフィール。その発言は、シロウを愚弄している」


重々しい口調で、セイバーが咎めた。


「何よ。まさか、シロウが賢いとでも言いたいの?」

「………」


セイバーは、何も言えなかった。


「別に、シロウを馬鹿にしてる訳じゃないわ。

 リンと違って、わたしはシロウを馬鹿にしたりしないの。愛してるから」


事も無げに、愛という言葉を使うイリヤ。

セイバーは、何気に面白くない。

だから、話題を変えた。


「ところで、イリヤスフィール。何故私に記憶があると、ライダーにも記憶があるのでしょうか?」


その言葉を聞き、イリヤは実に苦い顔をした。

凛に、先程けちょんけちょんにされた事を、思い出したのかもしれない。


「………セイバーにも、平行世界の記憶は全部あるのよね?

 なら、わたしが大聖杯になった事も知ってるでしょ?」

「いえ、知りませんが」

「あれ………?

 あ、そっか。セイバーは………っと、知らないんだっけ」

「?」


セイバーの顔に、疑問の色が浮かぶ。

しかし、さすがのイリヤも口に出来なかった。

あの事は。

イリヤは、何とかその事に触れず説明しようと頭を捻るが、


「え〜っと……どう説明すれば、良いのかしら。

 う〜ん……う〜ん………う〜ん………………

 とにかく! わたしが、大聖杯になった世界があったのよ!!」


上手く説明出来なかったので、イリヤは力押しに話を進めようとする。

その時、セイバーが静かに言った。





「それは、私が士郎に殺された後の話でしょうか」





思わず、二人は息を呑む。

よもや、セイバーがその事を言い出すとは思わなかったのだ。

あれは、二人にとっても苦い記憶であり、セイバーなら尚更の筈である。

だというのに、まさかセイバーが口にするとは………


「二人とも、気にしないで頂きたい。あれは、私の望んだ事です」


セイバーは、笑顔すら浮かべていた。


「私は、シロウに殺されたかった。そして、シロウは私を殺してくれた。私の望みは、叶ったのです」


胸に手を当て目を瞑り、落ち着いた声でセイバーは話す。

その光景は、どこか荘厳な物を感じさせた。


「………そうね。セイバーの望みは、叶った。なら、わたし達がどうこう言う事じゃ無いわね」

「その通りです」

「………うん。なんか分かる気、するし」


押し黙る、三人。

彼女等の胸中は、如何なる物であったのか。

それは、想像する事しか出来ないだろう。


「でね! その後、死にそうになったシロウを

 大聖杯になったわたしが助けて、シロウはサクラと幸せになるのよ!」

「そうですか! それは良かった!」


気を取り直す様に大きな声で話すイリヤと、その内容を心から喜ぶセイバー。

そして、そんなセイバーの喜びようを見て、密かに胸を撫で下ろす凛。

実は、凛にはかすかな不安があったのだ。

セイバーが、桜を心良く思っていないのではないかと。


端的に言えば、憎んではいないかと。


セイバーに限ってとも思うが、セイバーが士郎に殺されたのは桜の所為と言えるのだから、無理ないと言えよう。

だが、セイバーの様子を見れば、それも懸念であった様だ。

凛は一人、息を吐く。

そんな凛をよそに、話は続いていた。


「でもね―――シロウが死んじゃった世界も、あるのよ」


イリヤは、説明する。

セイバーが死んでから今までに起こった、数々の出来事を。







「そうだったのですか………

 しかしイリヤスフィールよ、貴女の事情は分かった。だが、何故私にも記憶があるのだろうか?」


イリヤは、再び苦い顔をした。


「要するに、イリヤがあの場にいた全員を巻き込んで、こうなったらしいわよ〜?

 士郎以外だけど」


ニヤリと、凛が笑う。

ムムッと、イリヤが唸る。

セイバーは、凛の言葉の意味を噛み砕いている。


「あの場にいた者、ですか?

 ………あの場とは、まさか!?」

「そ、柳洞寺の地下」


その言葉を聞いた瞬間、セイバーの血相が変わった。


「馬鹿なッ!!」

「ええ、その気持ちはとっても良く分かるわ。でもね、あの時イリヤは大聖杯だったの。

 ついでにね、愛の奇蹟とやらもあったの。

 ププッ。

 だから、これ位の事は………」

「そうでは無いッ!!!」

「え………?」


セイバーのあまりの剣幕に、凛とイリヤは呆気に取られる。


「何故それが分かっていて、桜を行かせたのだッ!!」

「い、行かせたって、桜の家にって事? しょうがないじゃない。ライダーを呼び出す為には………」

「違うッ!!」


セイバーが、とある事実を突き付けた。





「何故、記憶を持つ(・・・・・)臓硯の元に、桜を独りで行かせたのだと聞いているッ!!!」





「ちょ、ちょっと待ってよ! 何で臓硯にまで………!」

「凛は今、あの場にいた全員(・・)と言った!! ならば臓硯(・・)言峰(・・)にも、記憶があって当然ではないかッ!!!」





凛は、己の顔から血の気が引く音を、ハッキリと聞いた。





――――――何て、間抜けッ!!!





すぐさま、凛が居間から飛び出す。

セイバーとイリヤも、後に続く。

全力で走りながら、凛は己を呪った。

どうして気が付かなかったのか。

イリヤは、言ったではないか。


たぶん、大空洞(あそこ)にいた全員(・・)がこうなったんじゃない?


これに気付かなかったのは、己の迂闊以外の何物でもない。



―――桜、どうか無事で………ッ!!



遠坂邸の門を抜け、間桐邸へ全力で向かう三人。


「セイバー、先に………ッ!!」


セイバーを先行させようとした、その時。

凛の視界にソレが映った。

一目で分かった。

ソレは、ライダー。

ライダーが、ゆっくりとこちらに向かって歩いている。


しかし、凛の意識を占めるモノはライダーでは無い。

それは、ライダーの腕の中にあるモノ。

この距離からでも、ハッキリと分かる。

ライダーが抱いているモノ。

ライダーがその腕の中、横抱きに抱いているモノ。


それは、桜。


桜の姿は、血に塗れていた。










「桜ァ―――ッ!!!」










「あ、姉さん」










桜が、ひょっこりと身体を起こした。










凛は、力いっぱい頭からアスファルトに突っ込んだ。










続く


2005/5/13


By いんちょ



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