「本当に、臓硯は死んだのね?」


真剣な顔で、凛が問う。





「リン」


真剣な顔で、ライダーは答えた。










「おでこが、すりむけています」



「うるさい!」










大団円を目指して



第7話 「言峰綺礼」







凛は、さりげなくおでこを手で隠しながら、改めてライダーに問うた。


「………とにかく、臓硯は死んだのね?」

「ええ、間違い無く」

「で、ついでに蟲も殺したと」

「ええ、全て」


ここは、遠坂邸の客室である。


「………本気で凄いわね、桜の魔力の量は」

「さすがに、限界の様ですが」


二人が目を向ける先には、ベッドですやすやと眠る桜の寝顔があった。

今、桜が眠るこの部屋にいるのは凛とライダーだけであり、

セイバーとイリヤは席を外している。


「そりゃ限界でしょう。ライダーを召喚して、しかも自分の心臓まで抉ったんだから」

「そのうえ心霊手術ですからね。だからこそ、ここまで私が抱いて来たのですが」

「桜にも困ったものだわ。何も今すぐじゃなくたって良いじゃない」


ねえ、とライダーに同意を求める凛。

しかし、ライダーは首を振る。


「いえ、無理ないと言えるのではないでしょうか。

 あんな蟲が身体にいる事など、普通耐えられるものではありません」

「………そうね」


でも、それにずっと耐えてきたのよね、桜は。

凛は、重い表情で桜を見つめる。


たった今、凛は桜から全ての刻印虫を摘出し終えたところだった。

大部分の刻印虫は臓硯と共に死滅したが、神経と同化したモノは、未だ存在していたのである。

本来は、言峰が桜に心霊手術を施した時摘出されていたものだったが、この世界では無論行われていない。


故に、桜に強く請われた凛が、十一年に渡る膿を神経ごと取り除いたのだ。

神経の四割を生きたまま引き抜く事になったが、問題は無かった。

今の凛は、あくまで時計塔門下での事ではあるが『魔法使いに最も近き魔術師』であり、魔力さえあれば大抵の事はどうとでもなる。

引き剥がした神経を偽造して代用し、その間に無数の神経をまるまる修復するといった

時計塔に一発合格レベル程度の魔術など、造作も無かったのだ。

そして、その魔力は桜が受け持った。

いざとなったら、例の宝石を使おうと思っていた凛だが、その必要も無かった。

恐るべきは、桜の無尽蔵たる魔力である。


「しっかし、まさか繋がっていたとはねェ。まあ、今更驚く事じゃ無いけど」


もう何でもありよね、と凛が言った。

それこそ今更でしょう、とライダーが応じた。

これだけの魔力を使っても、門の向こう側と繋がっている桜なら、おそらく一晩寝れば回復するのだろう。


―――いや、ホント凄いわ。


凛は、そんな事を思った。


「そう言えば、結局どうやって蟲を消したの? 一匹一匹をシラミ潰しに………って事は無さそうだけど」

「屋敷全体に『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』をかけました。

 本来は人間相手のものですが、生物に対してなら問題ありません。

 使用後に地下室を確認しましたが、文字通り虫の子一匹残ってはいませんでした」

「………宝具まで、使ったんだ」


本気でシャレにならない。

今の桜なら、サーヴァントの二人や三人、苦も無く使役出来るんじゃないかしら。

それにしても、あのえげつない血の結界を、地下室だけじゃなく屋敷全体にかけた訳ね。

そりゃあ、根絶やしにもなるってモンよ。


「って、あの宝具って、そんなにすぐに使える物だったっけ?」


確か学校に仕掛けられていた時は、発動に必要な魔力を貯めるのにも一週間位は必要だった筈だ。

その辺りの事をライダーに訊くが、ライダーは


「………フッ」


と、無言で口元に笑みを浮かべるだけだった。


あ〜、そうよね。

ヘタレの慎二がマスターだった時とじゃ、比べる方が間違ってるってモンよね。

うん、ごめん。


「ところで、慎二も一緒に消した訳?」


聞き捨てならない内容を、ついでの事の様に凛が訊いた。


「いえ、シンジの不在は確認していましたから………残念ですが」


ライダーが、本当に残念そうに答えた。


「あっそ。まあ、慎二の事は後で良いわ。キッチリ片は付けるけどね」


凛に、慎二を見逃すつもりなど全く無い。

無論、許す事など絶対に出来ない。

慎二が桜にしてきた事を考えれば、当然である。

しかし、殺せば良いというものでも無い。

桜がそれを望む事は、まず無いからだ。

その辺りのサジ加減が、難しいのである。


「リン、そろそろ貴女は休んで下さい。サクラは、私が看ていますので」

「ん………そうね、そうさせて貰うわ」


凛とて桜に付いていたいのは山々だったが、

自分自身の魔力も回復させねばならないので、この場はライダーに任せる事にした。

戦争は、既に始まっているのだから。


「問題無いとは思うけど、何かあったらすぐに呼びなさい」

「了解しました。ではお休みなさい、リン」

「ええ、お休み」


部屋を出る際、凛がもう一度桜に視線を向ける。

ベッドで、すうすうと眠る桜。

その寝顔は、安らかであった。


「お休み、桜」


そう言って凛は、静かに扉をぱたんと閉めた。







部屋の外では、セイバーとイリヤが凛を待っていた。

桜に心霊手術を行う際、二人は凛から席を外すように言われていたのである。


「凛、桜は大丈夫なのですか?」

「大丈夫、無事終わったわ。何も問題無し」

「そうですか、それは良かった」

「だから、言ったじゃない。サクラは大丈夫だって」


イリヤが、肩をすくめながら言った。


「ふぁ〜あ、わたし寝るわね。何時もの部屋、借りるから。じゃ、お休み」


一つ欠伸をすると、勝手知ったるイリヤはぺたぺたと歩き去った。

その欠伸は、いささかわざとらしかったりする。


「ああは言っていますが、イリヤスフィールも随分と心配をしていました」

「でしょうねェ。相変わらず素直じゃ無いんだから」


二人には、お見通しだったりもする。

苦笑、交わしてるし。


「さて、凛ももう休んで下さい。私が見張りをしていますので」

「そうね。悪いけど、お願いするわ」

「かまいません。元より、魔力の充実している今の私に、休息の必要は無い。

 既に流れは変わっているのですから、例え本来は

 今が聖杯戦争の始まる前だったとしても、警戒するに越した事はないでしょう」

「その通りよ。じゃあ頼むわね、セイバー」

「承知しました。凛こそ、ゆっくりと休んで欲しい。かなりの魔力を消費したでしょうから」

「それが全然。桜の魔力だけで、何とかなったわ」

「何と、それは凄い!」

「ホント、凄いのよ。お陰でこれ、使わなくて済んだわ」


凛が、ポケットから宝石を取り出した。


「まあ、使わずに済むに越した事はないんだけどね」


これで、この宝石を切り札として使える。

思えば、これを戦いに使った事など一度も無かったのだ。

ふと、凛はこの宝石を父親から教えられた時の事を、思い出す。


―――成人するまでは協会に貸しを作っておけって、言ってたのよね。


お父さまの事を思い出すのも、本当に久しぶりだ。

確かその時に、家宝の宝石の事とか、大師父が伝えていた宝石の事とか、

地下室の管理の仕方とかを教えて貰ったんだっけ。

………って、あれ?


「では、私は見張りを………どうしたのですか、凛?」


まじまじと宝石を見つめたまま動かなくなった凛に、セイバーが声を掛ける。

しかし聞こえていないのか、凛は宝石を凝視したまま考え込んでいる。

と思いきや、いきなり顔を上げ、おもむろに歩き出した。


「凛、何処に行くのですか!?」

「ん〜………ちょっと、地下室にね」







翌日である。

居間では、凛にイリヤ、桜とライダーが、セイバーの淹れた食後の紅茶を優雅に嗜んでいた。

尚、凛と桜の合作である手料理を皆で食べた時、セイバーがつい『シロウの料理が食べたい』などと呟き

一騒ぎあった事は、全くの余談である。


「ふむ、中々ですね」

「ええ、凛に鍛えられましたから」

「では、次の食後のお茶は私が淹れましょう。私は、士郎に鍛えられましたが」

「む………何が言いたいのです、ライダー」

「それは邪推という物です、セイバー。私は事実を述べたに過ぎません」

「………」

「………」

「止めなさいって」


ちょっぴりアレな二人であった。


時刻は、既に夕方近い。

桜も凛も完全に回復しており、五人は昼食兼夕食の食事を済ませ、

互いの持つ情報の交換をしながら、食後のお茶を皆で楽しんでいた所である。

ちなみに、バーサーカーは霊体化したまま。

ハッキリ言って、ハブである。


「えっと、学校サボッちゃいましたね、姉さん」


雰囲気を変えるべく、桜が凛に話し掛けた。


「そうね。でも良いんじゃない、別に。やるべき事をさっさとやって、スッキリしたいもの」

「ふ〜ん………で、これからどうするのよ、リン」


イリヤが凛に、今後の指針を尋ねた。

途端、場の空気が引き締まり、全員が凛に注目する。


そんな中、


「みんなは、どうしたいのかしら?」


凛は一人、不敵な表情を浮かべながら、逆に全員に問うた。


「そうですね」

「ゾウケンは、死んだのよね」

「では、あの神父ですか?」

「私としては、ギルガメッシュかキャスターを」


てんでバラバラな意見だが、それらの意見に凛はチッチと指を振る。


「駄目駄目。

 そんな面倒くさい事、いちいちやってらんないでしょ?

 くさい臭いは、元から絶たなきゃ」


 いかにも持って回った言い方である。


「じゃあ、どうするんですか、姉さん?」

「決まってんじゃない」


ふふんと髪をかきあげながら、凛は朗々たる声で言い切った。





「大聖杯をぶっ壊すのよッ!!」







そして、所変わって柳洞寺の地下、大空洞。


「………姉さん」

「何も言わないで」

「………凛」

「だから、何も言わないで」

「リン………」

「お願いだから、黙ってて」

「リン」

「黙れ」

「黙ってても良いんだけど―――










 ――――――何処にあるの? 大聖杯」











「黙れっつってんでしょォ―――ッ!!!」











大空洞には、見事なくらい何も無かった。










「そりゃそうよね。まだサーヴァントは誰も死んでないもの」

「うるさいッ!」

「サーヴァントの魂を取り込まなきゃ、大聖杯が現れる訳無いのよね」

「うるさい、うるさいッ!!」

「さすがだわ、リン。こんな時にも、人生の潤いを忘れないなんて」


これも時計塔仕込みなのかしらと、感心した様にイリヤが言った。

言われた意味が分からず、訝しげな表情を浮かべる凛。

するとイリヤが、クスッと笑いながら言った。





「英国式のジョークなんでしょ、これ?」





「だから黙れと
 言ってんでしょうがァ―――ッ!!!」











遠坂凛。

うっかりスキルは、A+










「ふん! 大聖杯なんて、後よ後。

 要は、綺礼と金ピカをぶっ殺せば良いんだから、何も問題は無いわ」


ふわさと髪をかき上げながら、ぶっそうな事を艶やかに凛が言った。

無論、誰も誤魔化されはしなかった。


「そうですね」

「では、次の目標は教会ですか?」

「このまま、柳洞寺に攻め入るというのは」


が、ここはスルーと決めたらしい。

これ以上、ゴタゴタするのが嫌だったのだろう。


「全く、レディにあるまじき言動よね。呆れて物も言えないわ」


イリヤ以外は。




「何ですってェ!!
 このクソガキィッ!!!」




遠坂凛は、ぶちキレた。







「取り敢えず、ギルガメッシュとキャスターは確定でしょう」

「同感です」

「ランサーは、相手の出方次第でしょうか?」

「無理ですね。彼は戦う事その物に意義を見い出すタイプと見ました」

「成る程。では彼の相手はセイバー、貴女が」

「承知」

「ふむ、こんなところですか」

「ねえ………」

「ええ、大聖杯が出現するには十分でしょう」

「ちょっと………」

「他のサーヴァントとは、無理に戦う必要は無いと思うのですが」

「そうですね。相手の出方次第ですが、大聖杯を破壊してしまえば問題無いでしょう」

「ねえ、ライダーってば………」

「では、柳洞寺に」

「ええ、まずはキャスターを」

「ちょっと、セイバー………」

「これで構わないでしょうか、サクラ」

「え………? あ、えっと……うん、良いと思うけど」


「「良い訳無いでしょッ!」」


凛とイリヤが、ダブルで吼えた。


「「何か言いましたか?」」


ライダーとセイバーが、冷ややかに言った。


「「………別に」」


何も言えない、凛とイリヤ。

そのマスターたる二人は、サーヴァントの二人に説教くらって正座をさせられていた。

大ゲンカを始めた凛とイリヤを、セイバーとライダーが瞬時に取り押さえ、

反省を促す為、二人に正座をさせているのである。


ああ、マスター足る者がお説教とは情けない。


「あの、ライダーもセイバーさんも、そのくらいに………」

「桜は甘い」


ピシャリと、セイバーが言った。


「で、でも、こんな時に………」

「こんな時だからこそです、サクラ。今このような時にケンカを始めるなど、普通は考えられません」

「故に、二人には猛省して貰います」

「日本人が反省する時は、正座をすると聞き及んでいますので」

「でもね、ほら……姉さんもイリヤさんも、十分反省してると思うし………」

「わたし、日本人じゃ無いモン」

「………」


身も蓋も無いとは、この事である。


「………反省してるわよ、ホント」


頭をポリポリと掻きながら、凛が言った。


「確かに、ケンカなんかしてる場合じゃ無かったわね………ごめん」

「………ごめんなさい」


凛とイリヤは、素直に謝った。


「………分かって頂ければ良いのです」


セイバーが凛に、桜がイリヤに手を貸し、立ち上がらせる。

ちなみに、ライダーは手伝わなかった。


「あ、足、シビれちゃった………で、これからどうするのよ、リン?」

「あたた、久しぶりの正座はこたえるわね………

 って、よく考えたら土台の魔法陣をやっちゃえば良いんじゃない。

 セイバー、ライダー、宝具の用意をして。こんな事、さっさと終わらるわよ」


凛が、大聖杯の大本である巨大な魔法陣を破壊し全てを終わらせるべく、膝をさすりながら二人に指示を出す。

その横では、足がシビれたとイリヤが桜に向かって騒いでいる。



はなはだサマにならない光景であった。










「それは、困るな」










その時、あり得ない声が聞こえた。










虚を衝かれた全員が、声のした方向に振り向く。

そして、そこには―――










「いや、実に奇遇だな、凛」










ギルガメッシュとランサーを引き連れた、言峰綺礼がそこにいた。











続く


2005/6/13


By いんちょ



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