大団円を目指して



第5話 「理想」







サーヴァントを召喚すると決めた時、アーチャーの事を考えなかったと言ったら嘘になる。

あいつは、確かにわたしのサーヴァントだったのだから。


思えば、あれはわたしの初恋だったのかもしれない。


あの、激しくも充実した嵐の様な二週間。

今も、鮮明に思い出せる。

あの、熱き日々を。


しかし、嵐だろうと何だろうと、詰まる所は二週間に過ぎない。

わたしは、それから何百倍、何千倍もの時を過ごしたのだ。

士郎と、そしてセイバーと。

積み重なる年月の重みに比べれば、二週間等どんなに密度が濃かろうと比するまでも無い。


しかも、わたしはハッピーだった。

これ以上無いって位、最高に幸せだった。

士郎がいて、セイバーがいて。

夢を手に入れ、愛を手に入れ、士郎に愛され、士郎を愛………



って、違う違うッ!!



………

あ〜、危ないトコだった。

これは、わたしの記憶じゃ無いってェの。

いや、わたしの記憶なんだけど、違う世界のわたしの記憶というか、何というか、その………


あくまで、士郎の恋人だったわたしの記憶であって、初恋云々(うんぬん)の話を含め、本来のわたしの記憶では、無い。

無いったら、無い。

筈なんだけど………


いや、参った。

強烈過ぎだわ、これ。

ライダーに聞いてた話とは、随分違うわね。


昔、魔術師としての興味でライダーに聞いた事があるのだが、

召喚された時の記憶というのは、英霊の座にいる本体とも言うべき自分にとっては記憶とは言えず、

敢えて言うなら記録となるそうだ。

今一つ分かりにくいが、ライダーが言うには、知識があろうと

体験やそれに伴う感情が付随しなければ、実感など涌かないとの事。


そりゃ、そうだ。

要するに他人(ひと)の日記を読む様なもので、

どれだけ事細かに書かれていようと、とても自分の事とは思えないだろう。

当然である。


なのに何なのかしらね、このリアリティは。

まるで自分自身が経験したかの様に、妙にリアルに思い出せる。

至福に満ちた、あの時代(とき)を。


士郎がいて、セイバーがいて。

ついでに、あのエセ金ピカもいて。

わたしの傍に、士郎がいた。

わたしの隣に、士郎がいる。

桜の恋人じゃない士郎が。

わたしの恋人である士郎が、いる。

思い出す。

士郎の息遣い、そしてぬくもりを………



って、だから
違うっつーのッ!!!



………

変な事、思い出しちゃった。

顔、真っ赤かもしんない………………


エヘッY


まあ、何だ。

実感があるのは、腐っても奇蹟って事で。

とにかく、今はこの戦争の事を。目の前にいる、この娘の事を考えなきゃね。



金砂の髪に、聖緑の瞳。

無骨な甲冑(ドレス)を纏う、少女。

わたしのサーヴァント(セイバー)が、召喚陣の中にはいた。


―――ま、当然ね。


ポケットの中の宝石を、無意識に弄る。

これは、別にアーチャーを呼び出す為に、持って来た訳では無い。

ただ何となく、というのがもっとも正確だが、敢えて理由を付けるなら確認の為だろう。


わたしとセイバーとの、絆の確認。

確証は無くとも、何故か確信していた。

例え宝石(これ)があろうと、わたしの呼び出すサーヴァントが、セイバーである事を。

平行世界のわたしとセイバーの絆は、今のわたしとセイバーの絆でもある事を。


………あれ?

という事は、士郎とだって………





「問おう―――」





凛とした声が、地下室に響く。


―――嗚呼、セイバーだ。


目の前の少女がセイバーである事を、改めて実感した。

確信していたが確証は無かった、わたし達の絆。

しかし、たった今、それは証明されたのだ。

再び出会えた事によって。


例え彼女がわたしを知らずとも、会えないよりは遥かにマシ。

もう一度、始めからやり直せば良いだけの話。

嬉しくて、涙が出そうになった。


感動の再会である。










だというのに、










「何故、貴女が私のマスターなのだ――――――凛!!」










その最初の台詞が、これとはね。

違う意味で、涙が出そうになった。


「って、何よセイバー! まさか、アンタにも記憶がある訳ッ!?」

「そんな事は、どうでも良い! シロウッ!? シロウは何処ですッ!!?」

「士郎士郎、うるさいわよッ!! いいから、わたしの質問に答えなさいッ!!」

「うるさいのは凛、貴女の方だ! シロウッ! 出て来て下さい、シロウッ!!」

「何よッ! わたしがマスターで、文句でもあんのッ!!?」

「そのような事は言っていない!

 それより、シロウだッ! シロウは何処です!! 何処にいるのですッ!!」





時代を超え、平行世界をすら超えた、硬い絆を持つ二人の出会い。

それは正に感無量。感涙の再会である。

その奇跡の再会を果たした、見目麗しい二人の処女(おとめ)が(心は非処女)、

見苦しい程はしたなく、ぎゃあぎゃあと喚き散らしている。










もう、台無しであった。







目の前には、彼女がいた。

召喚陣の中に悠然と立つその姿は美しく、そして何よりも懐かしく、わたしは涙をこらえるのが精一杯だった。


「問いましょう―――」


彼女の声が、聞こえた。

もう、駄目だ。

我慢出来ない。

目から、熱いものが流れ出す。


嬉しい筈なのに、何故か涙が止まりません。

わたしは、また泣き虫に戻ってしまったのでしょうか。

さっきも、泣いちゃったし。


でも、良い。

それでも、良い。


「貴女が私のマスターですね――――――サクラ」


ライダーと、再び出会えたのだから。


「ライダァ―――ッ!!」


わたしは、感極まってライダーの胸に跳び込んだ。

ライダーは、優しく抱き止めてくれた。


「サクラ………貴女にまた会えて、とても嬉しい」

「ライダー、ライダー、ライダァ………」


嬉しかった。

わたしの事を覚えていようといまいと、関係無い。

只、嬉しかった。

だから、わたしは馬鹿みたいにライダーの名前を繰り返す事しか出来なかった。










「感動じゃのう」










お爺さまの事も、忘れて。










「ゾウケンッ!!?」


いきなり大声を出したライダーが、お爺さまからわたしを庇う。

………なんで?


「はて、何をそんなに殺気立っておるのだ、ライダーよ?」

「………サクラに気を取られていたとは言え、迂闊でした」


ライダーが、何処からともなく、大きな釘の様な武器を取り出す。

………どうして?


「ふむ、困ったのう」

「………」


じゃらり、と音がした。

………何をする気だろう?


「ワシも、嫌われたものじゃて」

「………」


ライダーは、無言のままだ。

………どうして何も言わないのだろう?


「しかしな、ライダーよ。ワシと桜は………」


お爺さまの言葉を最後まで聞かず、ライダーが無造作に動いた。










次の瞬間、お爺さまの首が跳んだ。










お爺さまの首が宙を舞い、ごつんと地に落ち、ごろごろと転がった。










何が起こっているのか、よく分からなかった。










「………やれやれ、年寄りに非道い事をする」


お爺さまの身体が、首の無いまま歩き出し、


「どうにも、首が無いと落ち着かぬわい」


自分で自分の首を拾い、


「ふむ、これで良い」


自分で元に戻した。


「………やはり、この程度では死にませんか」


そんな事を呟くと、ライダーは自らの顔に手をかける。

それは、封印解除を意味していた。

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

ライダーは、魔眼を使う気なのだろう。


この時になって、ようやくわたしは何が起こっているかを理解した。


ライダーは、お爺さまを殺す気なのだ。










やっと分かり合えた(・・・・・・)、お爺さまを。










「止めてェ―――ッ!!!」










わたしの令呪が、発動した。










「――――――馬鹿な」


動きを止めたライダーが、信じられないといった表情を浮かべている。


「………何故、止めるのですか?」


お爺さまから視線を離さず、問うライダー。

もしかしたら、怒っているのかもしれない。


「お、お爺さまは、分かってくれたの!」


喚く様に言った。


「お爺さまは、分かってくれたのッ!!」


子供の様に、同じ言葉を繰り返す。


必死だった。

とにかく何かを言わなければと、わたしは必死だった。

そもそも、何をボーッとしていたのだろう。

お爺さまが、死ぬところだったというのに。

いえ、いま一度お爺さまはライダーに殺されたのだ。

次は、本当に殺されてしまうかもしれない。


そんなのは、嫌だ。

やっと、分かり合えたのに。

十一年もかかって、やっとお爺さまと分かり合えたのに。

なのに、わたしの大切なライダーが、そのお爺さまと争うなんて。

そんなのは、絶対に嫌だ。


「………サクラ、説明を」


わたしの心が届いたのか、ライダーは話を聞く気になってくれた。


説得しなければ。


わたしは、たどたどしくも言葉を尽くして説明する。

きちんと話せば、きっとライダーは解ってくれる。

だって、お爺さまは謝ってくれたもの。

こんなわたしに、心から謝ってくれたもの。


わたしは、一生懸命に説明をした。

わたし達に、何があったのかを。

お爺さまが、どれだけ真摯にわたしに謝ってくれたかを。



そして何より、お爺さまの持つ素晴らしい理想の事を。







どれ程の時間が、流れたのだろう。

長い時間だったのかもしれない。

あるいは、意外と短い時間だったのかもしれない。


確かな事は、桜の目の前で臓硯が土下座をしている事。

その光景を、桜の全てが否定した事。

故に、桜の時間が止まった事である。


しかし、時の流れは決して止まらない。

今、漸く桜の時間が動き出した。


「止めて下さい!」


桜が、臓硯に向かい叫んだ。

しかし、臓硯は土下座をしたまま動かない。


「止めて下さい!!」


桜が、臓硯に向かい再び叫んだ。

臓硯が、自分如きに頭を下げる。

それは、桜の中ではあり得ない事。

あってはいけない事だった。


「止めて下さい、お爺さまッ!!」


半ばパニックを起こしながら、(しゃ)二無二(にむに)臓硯の頭を上げさせようとする桜。

しかし、臓硯は土下座をしたまま動かない。


「お願いですから、止めて下さいッ!!!」





「―――ワシには、詫びる事しか出来ぬ」





額を地面に付けたまま、臓硯が言った。


「詫びる位なら、始めからせねば良い」

「分かりましたからッ!」

「詫びるのならば、死んで詫びるべきじゃ」

「分かりましたからッ!!」

「しかし、いまは死ねん。いま死ぬ訳には、いかんのだ!」


臓硯が、ゆっくりと頭を上げる。


「許すが良い、桜。ワシには、こんな事しか出来んのじゃよ」


臓硯が、自嘲するように言った。


「お願いだから、止めてェ―――ッ!!!」


何時しか、桜は泣いていた。

何故泣いているのか、それは桜にも分からない。

ただ言える事は、桜が涙を流しながら臓硯の土下座を止めさせようとしている事。

それだけであった。


「お願い、ですから……どうして………」

「思い出しただけじゃて」


地に膝を付けたまま、


「情けないがのう」


苦笑を交え、


「五百余年―――瞬きほどの事ではあったが………」


静かに目を閉じ、


「理想を忘れるには、十分過ぎる年月であった」


ゆっくりと、臓硯は語り出した。

己の事を。

そう。最初は、ただ崇高な目的があった事を。







万物をこの手に。

あらゆる真理を知り、

誰も届かない地点に行く。

肉体という有限を超え、魂という無限に至る。




それは、魔術師としての臓硯の理想。



人間という種。

あらかじめ限界を定められ、脳髄という螺旋の中で回り続けるモノを、外へ。

あらゆる憎悪、あらゆる苦しみを、全て癒し消し去る為に。




臓硯は、語る。

楽園など無いと知った時の悲嘆を。



この世に無いのならば、肉の身では作る事さえ許されぬのなら、

許される場所へ旅立とうと奮い立った。

新しい世界を作るのではなく、自身を、人という命を新しいものに変えるのだと。




それは、臓硯の果てしなき夢。



見上げるばかりの(ソラ)へ、その果てへ、新しく生まれ変わり、何人(なんびと)も想像できない地平、

我々では思い描けない理想郷に到達する。




全ては、その為に。



その為に聖杯を求めた。

人の手に余る奇蹟を求めた。

至るまで消える訳にはいかなかった。

幾たび打ちのめされ、何度この身では届かないと悟りながらも、

生きている限りは諦められなかった。






そう、ユメみたモノはただ一つ。





―――この世、全ての悪の廃絶。





「我らは、叶わぬ理想に生命(いのち)を賭したのじゃよ………」


だから、残ったと。

あらゆる仇敵たちが去った後も。

無意味と知りながらも。

ただ求め続けた。

だから、生き続けたのだと。



臓硯は、語った。







桜は、泣いた。

泣き続けてた。

目から涙が止まらなかった。

しかし、その涙は先程までのものとは意味が違っていた。

己を卑下している故の卑屈な涙では無く、それは感動の涙である。


初めて知った、臓硯の理想。

魔術師(・・・)としての、臓硯の理想。


その果てしなき理想に、桜の心は打ち震え、涙を流していたのだった。











続く


2005/3/25


By いんちょ



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