大団円を目指して



第4話 「召喚」







「全く……何で、わたしがこんな事………」

「ハイ、そこッ!  口を動かす前に、手を動かす!」


凛とイリヤは、遠坂邸の地下室で埃まみれになりながら、何かをゴソゴソと探していた。

探している物は、遠坂家の家宝とも大師父が伝えていた宝石とも思われる、あの百年物の宝石である。


「ねえ〜? ホントにこの部屋ァ〜?」

「ホラ、そこッ!!  愚痴言ってないで、ちゃっちゃと探すッ!!」

「う〜」


凛は、一人でハイテンションだった。


「……大体、魔術師が他の魔術師を家に迎え入れるなんて、間違ってるわよ………」


なんだかんだと手を動かしながら、イリヤがブツブツと愚痴をこぼす。

その言葉を聞いて、凛は呆れてしまった。


「アンタ………生きてた頃はさんざんっぱら家に来といて、よくそう言う事が言えるわねェ」


別の世界では、工房にすらイリヤは入り込んでいた。

その上、自分の研究までしていた。

あまつさえ、疲れちゃったと昼寝までかましてくれた。

本当に、よく言えたものである。


「うるさいわねェ、愚痴くらい言わせなさいよ!

 ………まあ、サクラの為だから仕方ないけど」


ブチブチと言いながら、イリヤは探し物を続ける。


「悪いわね。士郎に記憶が無いんじゃ、あの手は使えないのよ」

「ああ、キャスターの宝具ね」

「そ。あれが使えれば、話は早かったんだけど」

「そりゃあ、あの状態のサクラとアンリ・マユとの契約を破戒する位だもの。

 しかも、サクラには傷一つ付けずに、契約だけ。

 寄生しているにすぎないゾウケンなんか、一発でしょ」

「ええ、一発よ。とは言うものの、その手は使えないんだけどね」


軽い口調で、凛は言葉を続ける。


「ま、無いなら無いで、他の手を考えるのが魔術師ってモンよ」

「で、シロウを助けた宝石とやらを使うんだ」

「そういう事。あれさえあれば、心臓の一つや二つ、何とでもなるわ」

「二つは無理じゃない?」


顔を見合わせた二人から、苦笑が漏れる。


そう。

現在(いま)の桜の心臓には臓硯が寄生しており、そこから心臓を傷付けず臓硯のみを抜き出す事は不可能。

ならば、どうすれば良いのか。

答えは、簡単。


心臓ごと、ぶっこ抜けば良いのだ。


何せ今の凛は、時計塔に一発合格程度のレベルではない。

主席合格レベルでもない。

主席卒業レベルですらない。

紛う事無き、大魔術師なのだ。


破損した臓器や引き剥がした神経を偽造して代用し、

その間に心臓一つと無数の神経をまるまる修復するのも、お茶の子さいさいなのだ。

尋常ならざる量の魔力さえあれば、蘇生は無理でも瀕死程度なら、へのかっぱなのだ。


更に言うなら、今は聖杯戦争の始まる前であり、桜はまだサーヴァントを一人も取り込んでいない。

桜が聖杯となってはいない、この時期なら。

アンリ・マユとの繋がりが無い、この時期なら。

臓硯のみを、何とかすれば問題ないのだ。



―――うん、問題ない。










(はず)であった。







間桐邸の地下室。

それは、磨耗しきった空間である。

間桐(マキリ)の血脈の執念の果て。

地上に(とむら)われる事のなかったモノたちの墓標。

長い年月の末に、摩滅した空間。

それが、この地下室だった。


その腐臭に満ちた闇の中に、桜はいた。

目の前には、臓硯。

サーヴァント(ライダー)を召喚する為この地下室に来たは良いが、召喚陣を描いた後

何をするでもなく桜に背を向け、無言でそれを見つめている。


―――お爺さまは、わたしをどうする気なんだろう。


桜は独り、懸命に恐怖と戦っていた。

先程の、臓硯の言葉。

あの言葉が、桜の頭から離れない。

あれは、あの言葉の意味する所は、臓硯が自分達と同じ………


「………桜よ」

「は、はい……お爺さま………」


桜は、震える身体を己の両手で抱きしめる。

ここは、間桐(マキリ)の修練場。

否が応でも、思い出す。

思い出してしまう、あの日々を。


それでも、桜は独り、耐える。

今にも崩れ落ちそうな身体を、叱咤して耐える。


―――わたしが、先輩を………助ける!!


桜を支えているのは、決意。

士郎を助けると誓った、決意。

その決意が、桜を自分の足で立たせていた。


臓硯が、振り向く。


ゴクリと、喉が鳴った。

思わず鳴った、喉の音。

臓硯が何を言い出すのか見当すら付かず、桜の緊張感は頂点に達しようとしていた。

しかし、桜は耐え忍ぶ。

士郎の為に。


「桜よ………」

「………はい」










「――――――今まで、すまんかったのう」










桜の思考が、止まった。










――――――今、このヒトは、ナンと言った?










「本当に、すまんかった」


深々と、臓硯が頭を下げる。


桜は、動けない。

動く事が、出来ない。

頭が、理解を拒んでいるから。


そんな桜の様子を見て、臓硯が言葉を続ける。


「いや………これはワシが悪かった。心より謝る時は、作法とも言うべき物があったでな」


そう言うと、臓硯は膝を地面に付き、小さな体を折り曲げ、額を地面に付ける。


「本当に、今まですまなかった、桜」





臓硯は、土下座した。





目が、脳が、神経が、桜の全てが、目の前の光景を否定する。

もう、何も考えられなかった。







遠坂邸の地下室では、凛とイリヤが黙々と宝石を探し続けていた。

未だに、見付からない様だ。


「………ねえ、イリヤ?」

「………何よ?」


黙っているのに飽きたのか、手は休めずに凛がイリヤへ話し掛けた。


「結局、何が起こったと思う?」


凛は、この世界で目覚めてからずっと頭にあった疑問を口にする。


既に、二人は互いの事情を把握していた。

自分達が、平行世界の記憶全てを持っている事。

自分達が、時を(さかのぼ)った事。


「で、今が聖杯戦争の始まる少し前って訳なんだけど………」

「何がって?」

「だからァ!

 何で、わたし達は時間を逆行したのかって事。

 しかも、平行世界の記憶全てを持ってよ?

 普通………って言うかあり得ないでしょ、これって」


そのあり得ない事が起こり、わたし達は再び士郎に出会えた。

やり直せる、機会を得た。

その事自体は、素直に嬉しい。

でも、納得は出来ない。

出来てたまるか、と言いたい。

こんな事が起こって『あら奇蹟が起こったのね』なんて済ませられる性格なら、魔術師なんぞやってないのだ。


「ホント、何が何だか………」

「ああ。それ、わたし」










「………………………………………はい?」










凛の口が、ポカンと開いた。










「だから、わたし」

「………………………ごめん、もう一回」

「だから、わたしがやったんだってば!」


イリヤが、腰に手を当てプンプンと言った。


………………はて?

どういう意味だろう。

"やった"とは"奇蹟を起こした"という意味だろうか。

という事は………










「嘘ォッ!!!?」










凛は、ぶっ魂消(たまげ)た。










「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタ、なに言ってるか分かってんのッ!!?」

「何よ、もう耳が遠くなったの?」


やれやれだわ、とアメリカ人みたいな実にムカつくジェスチャーをする、イリヤ。


ドイツ人だが。

人でも無いが。


「う、嘘でしょ………」

「嘘言ってどうするのよ。まあ、信じられないのは無理ないけど―――」


口にひとさし指を当て、こちらを横目で見ながら、


「―――でも、これって現実なのよねェ」


と、ちびっこあくまは言ったのであった。


「は、ははは………」


違う世界に旅立ちそうな、凛。

その時、ころん、と間の抜けた音がした。


「へ………? あ、あった! あったわッ! これよ! これだわッ!!」



凛は苦節の末、ついに目的の宝石を見付けた。










実に、間抜けな光景だった。







「あ〜、さっぱりした」


イリヤが、シャワーを浴びて居間に戻って来た時、

先にシャワーを浴びていた凛は、ソファーの上でブツブツと何かを言っていた。


「呆れた。まだ、悩んでるの?」

「………当然でしょ」


凛は、やっと見付けた宝石を手の中で遊ばせながら、不機嫌に答えた。

未だに、納得のいかない様子である。


「納得いかないのは分かるけど、別に良いじゃない。不都合があった訳じゃないんだから」

「それで納得は出来る位なら、魔術師なんてやってないわよ」


イリヤだって魔術師でしょうに、と凛が言った。

わたし聖杯だも〜ん、とイリヤがあっけらかんと答えた。

真面目に答えなさいよ、と凛が怒った。


「はいはい。じゃあ、真面目に答えるけど………」

「ええ」

「これは………」

「これは?」

「言わば………」

「言わば?」

「――――――愛の奇蹟?」

「何で、疑問系なのよッ!?」


凛は、たまらずツッコんだ。

ツッコむ所が、違う気もするが。


「全く、レディたる者、そうカリカリしないの。お肌のシワが増えるわよ?」

「無いわよ、そんなモンッ!!」

「なに言ってるのよ。肉体年齢はともかく、精神年齢はもういい年なんでしょ?

 身体は、否が応でも魂に引きずられるんだから、シワの十や二十あっても不思議じゃないと思うけど」

「中身もそんな年じゃないわよッ!!!」


凛は、怒鳴った。

もう、ぷりぷりである。

しかし、その時気が付いた。

さっきからの自分が、ものすんごくへっぽこである事を。

このままでは、非常にマズイ。

今や自分は、時計塔門下では『魔法使いに最も近き魔術師』とまで言われた、押しも押されぬ大魔術師だというのに。

なのに、こんなちびっこのいい様にされては、遠坂凛の名前がすたるという物だ。


言ってはおくが、わたしはまだまだ十分に若い。

身も心も。


それはともかくやり返さねばと、凛は頭を切り替える。


「あ〜〜〜、そう。

 ………そうよね、あの時イリヤは大聖杯になったんだものね。

 大聖杯とは、奇蹟その物。

 更に言うなら、門すら開いていた。

 ついでに言うなら、愛の奇蹟とやらもあった。

 うん、そうね。

 イリヤさえその気になれば、この位出来たって不思議じゃないわね。むしろ、当然?」


めっちゃ投げやりだが、これはジャブ。


「で、その奇蹟を起こしたイリヤに聞きたいんだけど」

「何よ?」

「イリヤはまだしも、何でわたしと桜までこうなった訳?」

「う〜ん………たぶん、大空洞(あそこ)にいた全員(・・)がこうなったんじゃない?」

「じゃあ、何で士郎にだけ記憶が無いのよ?」

「………知らないわよ、そんな事」


予想通りの内容を、イリヤがむくれながら言った。


「あっそ。まあ、それもそうよね………
愛の奇蹟も、その程度か」


ボソッと、言ってやった。

これぞ、ストレート。

イリヤの顔色が、瞬時に変わる。


「何ですってッ! わたしの愛を疑う気ッ!!」

「まっさかァ! イリヤの愛を疑う気なんて、これっぽっちも無いわよォ!!

 
………でも、その程度って事よね」


更に、言ってやった。

これぞ、幻の右。

目の前のイリヤは顔を真っ赤にしながら、うきーと言葉にならない言葉を喚いている。


ざまあみろ。


大体、このわたしをからかおうとするから、こんな目に合うのよ。

レディとやらが、聞いて呆れるわね。

あー、やだやだ。


さっきまでの自分が、ああだったかと思うと、更にやだ。


ともあれ、結局大聖杯(イリヤ)と言えど、意識して奇蹟を起こした訳では無いという事だろう。



要するに、分からない物は分からないという事だ。





「わたしの話を聞きなさいよォ―――ッ!!」







時計の針は、じき午前二時を指そうとしている。

そろそろ、か。


「イリヤ、悪いけどここで待っててくれる?」

「何よ? 家捜しまで手伝わせておいて、アーチャーを呼び出す所、見せてくれない訳?」


イリヤが、ブゥたれながら言った。

さっきの事を、まだ根に持っている様だ。

心の狭い奴め。


「………お願い」


しょうがないので、真摯にお願いをした。

上目遣いの、うるうるポーズで。

これなら、イリヤの機嫌も直るだろう。

昔は、よくこのポーズで士郎にお願いをしたものだ。

ちなみに、士郎なら一発でオチる。

けれどイリヤは、こちらをチロリと見てはハァと溜め息一つ吐き、


「………ま、いっけど」


と言うだけの、今ひとつな反応であった。

結果オーライだけど。


「それより、時間無いんでしょ? さっき、時報で時間を確認してたみたいだけど、間に合うの?」

「大丈夫よ。まだ、時間はあるから」


元々、召喚儀式の用意に、大して時間はかからないのだ。


「ふ〜ん………ドジ、踏まないでよね」


嫌味な奴である。


「踏む訳無いでしょ。この程度の事で」

「それもそっか。じゃ、待ってるからせいぜい頑張りなさい」

「任せなさいってェの」


そう、この程度の事である。

この程度の事で、ドジを踏む訳がない。


確かにわたしは肝心要の所で、ドジを踏む。

それはもう、遠坂の宿命と言って良い位に。

だが、逆に言うなら、その他の事で間抜けな事はしないのだ。


今のわたしに、最も大切な事。

それは、士郎を死なせない事。

士郎を、ハッピーにする事。

それに比べればサーヴァントを呼び出す位、何でもない。

故に、こんな所でつまづく筈が無いのだ。





ふと、宝石が目に入る。

わたしのサーヴァントは、決まっている。

ほんの少し考えた後、宝石をポケットに仕舞い、地下室に向かう。

わたしのサーヴァントは、只一人。

陣を刻む。

そう、一人だけ。

魔法陣を溶解した宝石で描く。

また会えるとは、思わなかった。

スイッチをオンにする。

柄にもなく、胸が高鳴っているのが分かる。

さて、と。

待ってなさいよ。

「―――――――――告げる」





今すぐ、呼び出してあげるから。





「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」



そしてわたしは、己の呼ぶべきサーヴァントの名を、微塵の迷いも無く告げた。










「来たれ、セイバァ―――ッ!!!」











続く


2005/2/19


By いんちょ



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