大団円を目指して



第3話 「絶望」







何を言っているのだろう。

言っている事が分からない。

分かりたくない。

そんな表情(かお)を、三人はしていた。


「士郎、なに言って………」


その時、凛は気が付いた。

士郎の自分を見る目が、単なる知り合いに向けるものだった事を。



あれ………おかしいな、 何でこんな目で見られるんだろ、 この頃の士郎は わたしに憧れてたんじゃなかったっけ、 いやそうじゃなくて、 そりゃ士郎は桜の恋人だけど わたしとだって恋人な訳だし、 だからそうじゃなくて、 そもそも知らないって何よ、 士郎の癖に生意気よ、 ってだからそうじゃなくて、 まさか無いわけ記憶が無いわけ、 士郎の癖に記憶が無いわけ、 何で無いのよ士郎だけ無いのよ、 こいつはホントになに言ってんだか、 嗚呼つまらないくだらない、 この冗談は全くもって笑えない………



遠坂凛は、混乱していた。



そして、士郎も困惑していた。


この娘は、誰なのだろうと。

桜まで、どうしたのだろうと。

何故、遠坂までいるのだろうと。

しかも、三人はびしょ濡れで、桜など寝間着姿である。

そもそも、女の子が出歩く時間ではないのだ。


いくつもの疑問が、士郎の頭をよぎる。

しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。

このままでは、三人とも風邪を引いてしまう。


「とにかく、三人とも上がれ。びしょ濡れじゃないか」


だから、まずは家に上がって貰う事にした。

事情は分からないが、話は後で聞けば良い。


え〜と、取り敢えずは家に上げて、タオル持ってきて、それから風呂を沸かして入らして、あとは………

あ、藤ねえが居たっけ。

今日は、珍しく泊まっていったんだった。

よし、あのトラも起こそう。何かの役には立つだろうしな、うん。


頭をブンと一振りし、目に焼き付いてしまった今の桜の格好を無理やり頭から追い出すと、

士郎はそんな段取りを組み立てた。


直後、悲鳴の様な声が上がった。


「シロウ、なに言ってるの! わたしッ! イリヤッ!!」

「そうです、先輩ッ! 冗談は止めて下さいッ!!」


士郎に(すが)り付きながら、躍起に(わめ)くイリヤと桜。

二人は、既に涙目であった。


「えっと………」


当惑しながらも、返事をする士郎。


「………イリヤか?」

「そう! わたし、イリヤッ!」


イリヤの瞳が、希望に輝く。


「………もしかして、桜の知り合いだったか?」


イリヤの瞳が、失望に染まる。


そして、分かった。

分かってしまった。

士郎に、記憶が無い事を。


士郎と出会ってからの日々が、走馬灯の様にイリヤの頭を走り抜ける。


シロウを殺そうとした時の事。

見逃した時の事。

遊んだ時の事。

殺し合った時の事。

助けられた時の事。

そして、家族になった時の事。


途中で死んだ時もあれば、自分の全てを掛けて助けた時もある。

確かな事は、シロウを愛していて、シロウに愛されていた事。

例えそれが家族としてのものだとしても、それは確かなものだった。


それらの物が。

やっとの事で手に入れた大切なものが。

泡の如く、幻の如く、いま全てが消え去った。


イリヤは絶望した。


だから、たまらず逃げ出した。

逃げる事しか、出来なかった。


「イリヤさんッ!!」


逃げたイリヤを、桜が追いかける。


「おい、待て二人共………!

 って、桜! おまえ、足怪我してるじゃないか!」

「待ちなさい、士郎ッ!」


追いかけようとする士郎の前に、凛が両手をあげて立ち塞がった。


「何だよ、遠坂!? 今はそれ所じゃ………!」

「いいから、待ちなさいッ!!」


一喝する、凛。

士郎は、思わず動きを止める。


「遠坂………?」

「士郎、一つだけ教えなさい」

「あ、ああ」


静かながらも峻烈な物言いに、戸惑う士郎。

その様子を見て、凛は思う。

士郎に平行世界の記憶が無いのは、明白だと。

それでも、信じたくは無かった。

それでも、信じたかった。

自分たちに起こった奇蹟を、最後まで。


凛は、最後の賭けに出た。


「士郎」

「何だよ」










「――――――セイバーって………知ってる?」










「なにさ、それ?」










凛は、天を仰いだ。

その答えで、全てが分かったから。

自分は、賭けに敗れたのだ。





「………………ううん、何でもないの。桜はわたしが追うから、心配しないで。

 夜分遅くに悪かったわね、謝罪するわ――――――衛宮君」





言い終えるやいなや、凛は走り出す。


「おい待て、遠坂ッ!」


背中から士郎の声が聞こえるが、凛は走るのを止めない。

いま走るのを止めたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。

だから、走った。

力の限り。


凛は、士郎から逃げ出した。




















故に、気付かなかった。

路地を彷徨(さまよ)っていたモノの事を。







衛宮邸からそう離れてはいない、小さな公園。

そんな所に、二人はいた。


雨に打たれるまま、力無くベンチに座っているイリヤ。

その傍では、痛ましさに何も言えない桜が、オロオロとしながらウロウロしていた。


―――無理ないわね。


凛は、そう思った。

実際、無理もない。

たった今、士郎とイリヤは、赤の他人となったのだから。


自分ですら、あれだけのショックを受けたのだ。

イリヤなら、尚更であろう。

凛にも、イリヤに掛ける言葉は持たなかった。


しかし、このままでいる訳にもいかない。

意を決した凛が、イリヤに近付き声を掛ける。


「イリヤ………」

「良かったじゃない、サクラ」


イリヤが、それを遮る様に言った。


「はい………?」

「サクラは、変わらなくて」

「あの………何がですか?」

「サクラは、前からシロウと家族だったんでしょ?

 だったら、何も変わらないじゃない。ホント、羨ましいわ」

「………」



桜は、何も言えない。


三人の中で、聖杯戦争の始まる前から士郎と親しかったのは、桜だけである。

また桜自身、イリヤのショックは自分以上だろうと考えている。

無論桜も、士郎の記憶が無い事に激しいショックを受けてはいたが、

少なくともイリヤの様に他人となった訳では無い。

そもそも、士郎と無関係になるなど、桜には想像すらつかない。


桜は、何も言えなかった。



「………イリヤ」

「何よ?」

「そういう言い方は、止めなさい」


凛が、イリヤを嗜める。


「………何でよ」

「イリヤ」


「だって、そうでしょッ!?」


イリヤが、叫ぶ。


「なんで、
 サクラばっかりッ!!」


喉も()れよと、イリヤは叫ぶ。


「わたしには、
 シロウしか
 いないのにッ!!!」



イリヤ、魂の叫びであった。





シロウに出会うまでのわたしは、たぶん不幸だったのだろう。

不幸とは思わなかったが。

幸せを知らなければ不幸と思う筈も無く、あるいはそれは幸せな事であったのかもしれない。

けれど、シロウと出会い家族となり、わたしは幸せというものを知った。

知ってしまえば、後戻りは出来ない。



「もう、独りは嫌なのよ………」



知らずに、涙がこぼれていた。




















「良いじゃない、士郎に記憶が無くったって」










何でもない事の様に、凛は言った。










「………え?」
「………え?」


(しば)し、二人は呆然とした。


「ね、姉さん……今、なんて………?」

「だから、別に構わないでしょ? 士郎に記憶が無い事くらい」

「そッ、そんな訳無いじゃないですかッ!!」


血相を変えた桜が、詰め寄る。

しかし、凛はいささかも慌てない。


「良いから聞きなさい。士郎は………」

「リン」


言葉の途中、イリヤがポツリと言った。


「何よ?」

「………あなた、死にたいの?」


氷点下の如き、声音であった。


「あのねェ………」


しかし、凛は一歩も引かない。

例えバーサーカーを出されたとしても、ここで引く訳にはいかなかった。


「アンタ、ホントにあのイリヤ?」

「………」


空気は、凍り付いている。


「アンタは、本当にあのイリヤかって聞いてんだけど?」

「………何の話よ?」


僅かに、温度が上がった。


「全く………アンタは本当に、あの時自分を犠牲にしてまで士郎を助けた、あのイリヤかって聞いてんのよ!」

「………え?」


(ひび)が入る。


「アンタは、士郎の為に死ねるんでしょ!?

 でも、士郎は生きている。士郎は今、生きてるのッ!

 ついでに、イリヤも生きている! それ以上、何を望むって言うのよッ!!」

「―――ッ!!?」



凍り付いた空気が、砕け散った。



そうだ。

そうだった。

わたしはあの時、自分の命の事なんか考えず、シロウを助けた。


死にたかった訳じゃ無い。

大聖杯になりたかった訳でも無い。

只、シロウに生きて欲しかった。

それだけの事だった。


シロウが生きてさえいてくれれば、それだけでわたしは良かったんだ……………………でも。


「でも、独りは嫌だモン………」


イリヤの本音であった。


シロウに出会う前とは、違う。

もう、独りには耐えられない。


シロウの為なら、耐えられる。

何だって、出来る。

でも、シロウがいない。

シロウの中に、わたしがいない。


耐えられる筈が、無かった。


「水くさい事、言ってんじゃないの」


その言葉に、俯いていたイリヤが顔を上げる。


「アンタには、わたしがいるでしょうが」


えっへんと、胸を張りながら。

誇らしげに、凛は言い切った。










「別にいらない」










イリヤの本音であった。










かもしれない。










「あ、アンタねェ………」





顔の引き攣る、凛であった。





「大丈夫ですよ」

「サクラ………?」

「大丈夫。また、家族になれます。だって、先輩なんですから」


桜が、にこりと笑って言った。


そう、大丈夫。

だって、先輩なんだから。

だから、絶対大丈夫。


桜は、己と対話する。


例え、先輩に記憶が無くても。

例え、先輩に愛された事実が、無かった事になったとしても。

例え、先輩と結ばれたあの思い出が、先輩の中から消え去ったとしても。


わたしは、大丈夫。

ね、笑えているでしょ?


だって、先輩は生きているんだもの!



凛の言葉は、桜をも救っていた。



「………もう一度、家族になれるかな?」


ちょっぴり不安な感じの、イリヤ。


「当たり前じゃない」


至極当然といった、凛。


「何しろ、先輩ですから」


説得力ある言葉の、桜。


「………そっか」

「そうよ」

「そうです」

「………そっか!」

「そうよ!」

「そうです!」



心からの笑顔で、三人は笑い合った。







三人は、間桐邸へ向かって談笑しながらぷらぷらと歩いていた。

ちなみに桜の足の裏の怪我は、凛によって治療済みである。


「大体、イリヤは士郎の事、甘く見てんのよ」

「甘くですか、姉さん?」

「そうよ! イリヤは、士郎と無関係になるのが怖かったんだろうけど、あり得ないって。

 だって、士郎なのよ? 戦争やってりゃ、勝手に首突っ込んでくるわよ。何しろ、士郎なんだから」

「あ、それは言えるわね」

「………」


桜の表情が、少しだけ曇った。


「要するに、嫌でもかかわり合うって事。

 その時、助けるなり、苛めるなり、イビるなり、してやりゃ良いのよ」


その時の事を想像したのか、凛がきししと笑う。


「あら、リンはシロウの事を苛めるのね?

 なら、わたしはシロウを助けてあげなきゃ」


だってお姉ちゃんだモン、とイリヤはとってもご機嫌である。


「なに、一人で美味しいトコ持って行こうとしてんのよ」

「はいはい。凛は、好きなだけシロウを苛めなさい。わたしは、優しく慰めるから」

「そういうのは、桜の役目に決まってるの! ほら、桜もなんか言ってやんなさい!」

「は、はい!?」

「大体、イリヤは………!」


きゃいきゃいと騒ぐ、凛とイリヤ。

そんな二人を見て、俯く桜。

彼女は、思う。





本当に、先輩をこの戦争に巻き込んで良いのだろうか、と。





桜が二人に視線を戻すと、凛とイリヤは未だにぎゃあぎゃあと騒いでいる。

しかし、さすがにそのような場合では無いと気付いたのか、凛がオホンと咳払いをして、


「とにかく、わたし達もサーヴァントを呼び出さなきゃね」


と、これからの指針を結論付けた。

結局、何をするにもサーヴァントがいなければ、話にならないという事だろう。

事実、バーサーカーに出会った時、凛は正直死ぬかと思った。

二度と、ごめんである。


「そうね、さっさと召喚した方が良いわよ。

 この時期なら、まだ好きなサーヴァントを呼び出せると思うし、殺されそうになっても安心でしょ?」

「何よ、それ?」

「だって、さっきはうっかりリンを殺しそうになっちゃったし」

「………それ、マジでしょ」

「勿論、マジよ。あれだけ非道い事言われたんだもの。つい、こう………」


イリヤが、指で挟んだ何かを潰す動作をする。


「プチッと」

「冗談じゃ無いってェの!!

 桜ッ! もうこうなったら、今すぐサーヴァントを呼び出すからねッ! 行くわよッ!!」


そう言い捨てると、凛はズンズンと間桐邸へ向かって歩き出した。


「あ、待って下さい、姉さん!」


桜が、凛を追いかける。


「全く、リンはレディとしてなってないわ」


やれやれと、イリヤも二人を追って歩き出す。


―――ま、どれもわたしのバーサーカーの敵じゃないけどね。


そんな事を考えながら。







間桐邸に向かい、夜道を歩く三人。

気付けば、会話は止まっていた。

黙々と歩く、三人。

その中で、桜は一人、戸惑っている。

間桐邸へ近付くにつれ、凛の表情が厳しく険しい物へと変わっていくからである。


「………あの、姉さん?」

「何?」

「どうしたんですか? 難しい顔していますけど」

「………アンタ、分かって無いでしょ」


緊張感の無い桜の様子に、凛は思わず足を止める。


「何がですか?」


桜は、不思議そうな顔をしている。


「………まあ、良いわ」


凛は、再び歩き出す。


「桜。とにかくサーヴァントを呼び出したら、すぐに遠坂邸(うち)に来なさい」

「分かりました」

「それと………」

「はい」

「………」

「………姉さん?」

「サクラは、一人で呼び出せるのかしら?」


イリヤが、軽く言った。


「え………あッ!!?」


桜は、忘れていた。

臓硯の存在を。

臓硯(それ)が、己の心臓に巣食っているという事を。


何故、忘れていたのだろう。

何故、忘れる事が出来たのだろう。


桜は、自分が不思議であった。


例え、士郎の事で頭が一杯だったとしても、十一年にも渡る辛酸の日々を、普通忘れる筈も無い。

現に、今も神経に根付いた刻印虫が自分の魔力を貪り、耐え難い………



――――――あれ?



桜は、気付く。

己の身体に、苦痛(快楽)が無い事を。



―――どうして……



「桜」

「え………あ、はい!」

「いずれにせよ、何があろうと絶対にサーヴァントを呼び出して必ず家に来なさい。分かったわね」


そう静かに言い放つと、凛は背中を向けて歩き去った。

その背中は、桜独りで臓硯に立ち向かわなければならない事を、意味している。

サーヴァント(ライダー)を呼び出すまでは。


「姉さん………」

「ねえ、サクラ」


イリヤが、軽やかに言った。


「サーヴァントがいないと、シロウの役には立てないからね」

「え………?」

「シロウを助けたいなら、頑張りなさい」


そう言うと、イリヤはくるりと背を向け、踊る様に走り去った。


「あ、あの、イリヤ………!?」

「わたし一人でも、大丈夫だけどね〜!」


夜道に、イリヤの声が響いた。





「………先、輩」


桜は、一人取り残される。


「先輩を、助ける………」


しかし、その目に不安は無い。


「わたしが、助ける………」


静かに決意を固めていたから。


「わたしが、先輩を………………助ける!!」





今、桜は覚悟を決めた。










心臓がドクンと(うごめ)いた。







「サクラを一人にしちゃって、良かったの?」


凛に追い付いたイリヤが、何処か面白そうな様子で言った。


「理由は、分かっているんでしょ?」


不機嫌な様子で、凛は答えた。


「まあね。サクラが一人で呼び出せれば、問題無かったんだろうけど」

「そうよ」


苦々しい顔で、凛が言葉を続ける。


「召喚の儀式は、大がかりである必要は無いけれど、それぞれの系譜(いえ)によって違うわ。

 確かに桜は元遠坂だけど、今は間桐(マキリ)遠坂家(うち)のやり方で召喚しても、失敗する可能性があるの」

「少なくとも、狙ったサーヴァントは呼び出せないわね」

「ええ。桜は知らないから」


どんなに潜在能力(ちから)があろうとも、所詮桜は半人前。マキリの召喚儀式など、知る由も無い。


「この戦争に、サーヴァントは必須。だから、どうしても桜には、あそこに戻ってもらう必要があったのよ」


吐き捨てる様に、凛が言った。


自分とて、桜を独りにしたくはなかった。

だが、方法がなかった。

衛宮邸から間桐邸までの短い間で、他のやり方を見つける事など出来なかった。


「それならそうと、説明してあげれば良かったのに」

「………アンタ、分かって言ってるでしょ」


凛が、イリヤをジロリと睨む。


「はいはい、ゾウケンでしょ」

「そうよ! 桜は、言わば臓硯にモニターされてる状態なのよッ! 言える訳無いじゃないッ!!」

「今更じゃない? シロウの事は知られちゃったんだし」

「………士郎の事は、良いのよ。それこそ、今更だし」


本来あり得ない事が起こり、三人は必死になって士郎を求めた。

これはもう、どうしようもない。

臓硯に士郎の事を知られたのは、言わば不可抗力と凛は考える。

事に、いま決めた。

今更だし。


とは言うものの。


「モニターしてても、思考まで読める訳じゃないしね」


何故、わたし達が士郎を追い求めたのか。

疑問には思っても、理由までは分からないだろう。

ならば、今すぐ士郎がどうこうされる事は無い。


凛は、そう結論付けた。

あくまでも、可能性だが。


「要するに、まずはゾウケンね」

「そういう事」


詰まる所、さっさと臓硯をぶち殺せば良いのだ。

うん、問題無い。

その為にも、早くサーヴァントを召喚せねば。


「三人揃えば、金ピカだろうと敵じゃ無いわ! 出し惜しみ無しで、一気に臓硯をぶっ殺す!!」


握り拳を天に突き上げ、凛は声高らかに宣言した。







「ただいま帰りました」


明かりが付いていながらも何処か薄暗い間桐邸の玄関で、凛とイリヤに送られた桜が、帰宅の言葉を告げた。

返事の来る筈も無いが、これは単なる習慣である。


いつもの通り、陰湿で、退廃で、粘質な自分の家。

桜の記憶では、返事があった事など、只の一度も無い。


しかし、今初めて、それに答える声があった。


「おお、桜か。よく帰ったのう」

「………え?」


間桐臓硯が、そこにいた。


「お、お爺さま!!」

「何をそんなに驚いておるのじゃ、桜? ワシがここにいても、別に不思議は無かろうて」


何しろワシの家じゃからのう、と臓硯は実に愉快そうであった。


「す、すみません………」


何もしていないのに、我知らず謝る桜。

その瞳は、萎縮している。

先程士郎を助ける決意をしたばかりではあるが、

十一年にも渡る年月で刷り込まれた恐怖は、一度や二度の決意では覆せない。


「それよりどうしたのじゃ、桜? そのような格好で出歩くとは」

「あ、こ、これは………」

「ふむ。察するに、衛宮の小倅にでも会いに行ったか」


―――視られていたッ!?


「愛しい男に会う為じゃ! 無理もない、無理もないて!!」


そう言って、臓硯はひとしきり笑った。

臓硯は、いかにも上機嫌である。


「………お爺さま?」


その様子に、桜は非常な違和感を感じた。

有頂天とも言って良い、臓硯の態度。

ここまで機嫌の良い臓硯など、桜は今まで見た事が無い。


「それはそうと、桜。

 早速ですまんが、メドゥーサを呼び出さねばならん。付いて来るが良い」

「あ、はい―――――――――え?」










………今、この人は何と言った?










「何じゃ。メドゥーサ(ライダー)以外のサーヴァントを呼び出すつもりじゃったか?」

「お……お爺さま………」

厭々(いやいや)、その様な事などあるまい。おぬしらは、硬い絆で結ばれておるでのう」










桜の顔から、血の気が引いた。










「どうしたのじゃ、桜? 顔が真っ青になっておるぞ?」





―――まさか、この人は。





「さて、面妖な」





――――――まさか、この人も。










「怖い夢でも、見たのかのう」










呵々(カカ)と、臓硯が笑った。











続く


2005/1/15


By いんちょ



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