祝! 一周年記念SS!!

機動戦艦ナデシコ










草壁は捕えられ、北辰も死んだ。

復讐人の乗る船は、静かに火星を去ろうとしている。

愛する人、守るべき人、心許した人、全てを置き去りにして………


「………アキト、これカラどうするノ?」


薄桃色の長い髪をした少女が、己の全てである者に問う。

その金色の眼を、不安に染めながら。


「………ジャンプの用意だ、ラピス」

「………分かッタ」


黒き衣を(まと)った男は、万感の想いを込め、答えた。



愛する人を救う為に、あるいはただ己の復讐の為だけに………


幽霊と、呼ばれた男。

殺戮者とも、呼ばれた男。

罪無き人を含め万を越す人間を殺した、史上最大のテロリスト。

恐怖。

憎悪。

そして、畏敬の念を込められ『闇の王子』と呼ばれる復讐人。










彼の者の名は、テンカワ・アキト

復讐は、未だ終わらない………















足掻く者



前編






「あれから、六ヶ月か………」


エリナ・キンジョウ・ウォンは、誰に言うでも無く(つぶや)いた。

ここは、ネルガル月面ドッグにある特級機密ハンガー。

エリナの目の前には、白亜の戦艦ユーチャリスが静かに(たたず)んでいる。


「あれから六ヶ月、か………」


エリナは、もう一度同じ言葉を呟いた。


「アキト君は、いつ楽になれるのかしらね」


火星での戦いから、六ヶ月。

あれからアキトは、『火星の後継者』の残党をひたすら狩っていた。

その指導者であった草壁春樹は、既に収監されている。

北辰も、アキト自身の手で殺した。


しかし、アキトの復讐は終わらない。

最後の一人を殺すまで、終わらない。



空気の圧搾音と共に、ユーチャリスのハッチが開く。

もうすぐ、最愛の男に会える。

エリナの胸は、高鳴っていた。

どんなに忙しくとも、どんな用事があろうとも、この役目だけは譲れない。

他の誰にも、譲れない。

愛する男を笑顔で迎える、この役目だけは………


「お帰りなさい、アキト君。ラピスも、お帰り」


エリナは、鏡の前で何度も練習をした自分に出来る最高の笑顔で、アキト達を出迎えた。


「………ああ」

「………」


―――ただいまとは、言ってくれないのね……ま、分かってはいた事だけど。


エリナは、少しだけ悲しくなった。


―――でも、返事もしてくれないラピスよりは、マシよね。


そう考え、気を取り直す。


「あ、そうそう。イネスが医療室まで来て欲しいって。アキト君の体の調子を見たいそうよ」

「分かった」


短い返事を残し、黒き衣を纏った男は歩き出す。

ラピスと呼ばれた幼き少女も、黙って後をついて行く。


「ラピスは、ついて行っちゃ駄目よ。イネスは、アキト君一人に来て欲しいみたいだから」


悪戯っぽく笑いながら、エリナは言った。


「イヤ」


ラピスは、即答した。


―――こ、この娘は……


「あのねェ、ラピス。

 ラピスが、アキト君と一緒にいたいのは分かるけど、これもアキト君の為なのよ。分かった?」

「ワタシは、アキトの目………アキトの耳………アキトの手………アキトの足………

 アキトの………アキトの………」

「はいはい。『ワタシとアキトは、二人で一人』でしょ? 耳にタコが出来る位、聞かされたわよ」


ラピスの、決め台詞らしい。


「でもね、アキト君には、これからお仕事があるの。

 ラピスにも、分かるでしょ? このお仕事が、どれだけ大切なのか」

「イヤ」


再び、即答であった。

中々の性格である。


「こ、この………」

「ラピス」

「ナニ?」

「エリナと、待っているんだ」

「………分かッタ」


―――アキト君の言う事だけは、よく聞くんだから……ホンット良い性格してるわよね、ラピスって。


「後は、頼む」

「え、ええ。分かったわ」


そう言い残し、アキトは去った。


「………」

「………」


無言で、アキトの背中を見送る二人。

その表情は、浮かない。


トテトテトテ


「あ、ラピス! 何処行くのよ!?」

「アキトのトコロ」

「邪魔しないって、アキト君と約束したでしょ!?」

「ジャマしなイ。ヘヤの外で、待ってル」


そう言い残して、ラピスはトテトテと行ってしまった。


「全く………あの娘のああいう所、羨ましいわね」


エリナは、苦笑した。

そして、思う。

自分も、出来ればアキトの後を追いかけたいと。

アキトの傍にいたい。

アキトの心配をしたい。

アキトの事だけを考えたい。

それは、何と甘美な誘惑であろう。


―――でも、ね……


それでも、自分にはやらなければならない事がある。


「さて、私は私の仕事をするとしますか」


自分にしか出来ない、大切な事が。


「お待たせ! 作業にかかって頂戴!」


未練を断ち切る様に、離れた場所で待機をしていた整備員達に、声を掛ける。

無言で、作業にかかる整備員達。

ユーチャリスの補給作業を見ながら、エリナは思う。

自分は、アキトの前では笑っていなければならないと。

道化の役目を演じる自分が、少しだけ悲しかった。

それでも、演じ続けねばならない。

最後の戦いに赴くアキトへ、笑い掛ける事の出来なかった自分への、これは罰………







「お疲れ様、アキト君。もう良いわよ」


無言で服を着始める、アキト。

それをどこか辛い目で見つめる、イネス・フレサンジュ。

医療室には、アキトとイネス、二人のみ。

彼女は、決してアキトの検査に他人を立ち合わせない。

静寂の中、衣擦(きぬず)れの音とアキトの装備品の触れ合う音だけが、部屋の中に静かに響く。


「もう………そんな、間男がイソイソと服を着る様な真似、しないで欲しいわね」


静寂を破る様に、イネスが軽口を叩く。


「………何の事だ?」

「別に。ただ何となく、そう思っただけ」

「そうか」

「そうよ、フフッ………」

「………イネス」

「何、アキト君?」

「無理は、するな」

「え………?」


瞬間、イネスの顔が強張る。

が、すぐに仮面をかぶり直す。


「ああ、別に無理してないわよ? 気にしないで良いわ、アキト君の為なんだしY


道化の仮面をかぶりながら、冗談めかす様にイネスは言った。


「………スマン」

「あ、謝らないでよ。好きでやってる事なんだから………」


―――無理位させてよ、お兄ちゃん!


仮面の裏で、イネスは悲鳴を上げていた。

それでも歯を食いしばり、懸命に笑顔を保つ。

泣き出す訳には、いかなかった。

誰より辛いのは、アキトなのだから。


「………さて、今回も異常無し! 問題無いわ」

「イネス」

「な〜に、アキト君?」

「俺はまだ、生きられるのか?」

「なッ………!?」


イネスの顔が、驚愕の色に染まる。


「自分の体の事だ。自分が………」

「そんな事、言わないでッ!」


限界だった。

これ以上、笑ってはいられなかった。

イネスの仮面が、剥がれ落ちる。


「お兄ちゃんは、死なせない!
 絶対に死なせないッ!!
 だから、ワタシは頑張ってる!
 頑張ってるのッ!!」


「………」


「お願いだから………

 お願いだから、
 二度とそんな事言わないでッ!!」


「………スマン」


アキトに駆け寄り、彼女は力の限り彼を抱きしめる。

荒れ狂う感情を、懸命におさえながら。


「……大丈夫だよ、お兄ちゃん。データさえあれば大丈夫。

 投薬されたデータが………ナノマシンのデータさえあれば、大丈夫だから」

「そうか」

「お兄ちゃん………お兄ちゃんは、生きていけるの。ううん、生きていかなきゃ駄目なの。忘れないで」

「分かった」

「お兄ちゃん………ホント?」

「………本当だ、アイちゃん」

「お兄ちゃん………」


潤んだ瞳で、アキトを見つめるイネス。


「頑張ったね、アイちゃん」

「うん……アイ、頑張ったの………」


甘えるイネスに、手馴れた様子で口付けるアキト。


「ん……んん………おにぃ……ちゃん………」


アキトは、イネスを医療用ベッドに優しく押し倒した。







アキトが医療室を出ると、そこには膝を抱えたラピスが座っていた。


「どうした、ラピス?」

「………イネスを、抱いてたノ?」

「………ああ」

「ワタシも、抱いて欲しイ」


幼き少女は、自分の願いをためらいもなく口にする。


「………駄目だ」

「何デ?」

「駄目だ」

「どうしテ?」

「その気が無いからだ」

「ワタシ、イタイの平気だヨ?」

「駄目なものは、駄目だ」

「ワタシは、抱いて欲しイ」

「駄目だ」

「何デ?」

「………」

「アキト君を困らせちゃ駄目よ、ラピス」


ユーチャリスの補修作業が一段落つき、アキトに会いに来たエリナが、横から助け舟を出した。


「エリナ、うるさイ」

「はいはい。全く、子供なんだから」

「ワタシ、子供じゃナイ」

「子供は、何時でもそう言うものよ?」

「………子供じゃナイ」


その時、電子音と共にコミュニケのウインドウが開く。


「アキト、報告があります」


そこには、(くるぶし)まで届く程の長く艶やかな薄桃色の髪をした、非人間的なまでの美さを持つ女性の姿があった。


「何だ」

「どうしたの、アイス?」


ユーチャリスに搭載された、後期オモイカネ発展型AI、アイス。

アイスランドモスという苔の名前を由来に持つ彼女の姿は、ラピスの成長した姿をモデルとしている。

その瞳の色は、ラピスと同じ金色。

只、美しい。


「アカツキが、会いたいそうです」

「分かった」

「ちょっと、アイス!」

「どうしました、エリナ?」

「………どうでも良いけど『さん』付け位、しなさい」

「今更ですが」

「ワタシの事は良いのよ、ホントに今更だもの。

 でもねェ! いくら極楽トンボとは言え、あいつは曲がりなりにもネルガル会長なのよッ!」

「知っていますが、それが何か?」

「だからァ! 『様』を付けろとは言わないけど、せめて『さん』付け位しなさい! これは命令よッ!」


エリナが、ぷんすかとアイスに言い放った。


「私のマスターは、アキトだけです」

「知ってるわよ、そんな事ッ!」

「アキトは、どう思います?」

「必要無い」

「クッ………」

「アキトが、必要無いと言っていますから」

「……AIの癖に………」

「申し訳ありません」

「もう良いわよ! フンッ!」


エリナは、とてもご立腹の様だ。

その時、医療室のドアが開き、気だるい顔をしたイネスが現れた。

その頬は、微かに上気していた。


「騒がしいわねェ………どうかしたの?」

「何でも無いわよ!」

「あらあら、ご機嫌斜めだこと? またアイスにからかわれたの?」

「そんなんじゃ無いわよッ!」

「アイス、駄目でしょ? エリナをからかっちゃ」

「それは誤解ですよ、イネス。それより、アキト」

「ああ。後は頼む」

「分かったわ」

「行ってらっしゃい、アキト君」

「ワタシも、行ク」


ラピスが、自己主張をする。


「ラピス、少し休め」

「アキトと、一緒にいル」

「ラピス、ワタシ達とお茶しない? 美味しいケーキもあるわよ?」


イネスが、優しく声を掛ける。


「いらなイ」


ラピスの返事は、つれなかった。


「………ラピス」

「………分かッタ」


ラピスは、不承不承という顔をしながら頷いた。

ラピス・ラズリ。

この幼き少女が感情らしき物を見せ始めたのは、ここ一年の間である。

それ以前の彼女は、生きる人形であった。


「………待ってル」

「ラピス」


アキトは、ゆっくりとしゃがみこんだ。

そうしてラピスに視線を合わせると、ラピスの頭を優しく撫で始めた。

子供をあやす、父親かのように。

アキトの無骨な指が、ラピスの細く柔らかな髪を、優しく(くしけず)る。

ただ優しく……そして静かに………

バイザーに隠されたアキトの表情は、柔らかであった。


「話が終わったら、一緒にいる。約束だ」

「ホント?」

「本当だ」


ラピスは、少しだけ嬉しそうな顔をした。

この表情が、ラピスにとって満面の笑みに値する事を知っている者は、ここにいる者達だけである。


「ほら、ラピス。こういう時は、何て言うの?」


柔和な表情のエリナが、優しくラピスに声をかける。


「………行ってらっしゃイ」

「ああ、行ってくる」


立ち去る、アキト。

その後を追う、アイスの映ったコミュニケのウインドウ。

アキトの後姿を、三人の目が追っている。

アキトの姿が見えなくなるまで、追っている。


「………さて、と。二人共お茶にしましょうか?」


気持ちを切り替える様に、イネスが言った。


「そうね。一息いれましょう」

「ラピスもケーキ、食べるでしょ?」

「食べル」


二つ返事で答えると、ラピスはさっさと医療室の中に入って行った。

実は、ケーキが好物の様だ。


「全く、現金なんだから」

「良いじゃない。昔に比べれば、全然マシよ」

「本当ね………ホント、人間らしくなったわ、ラピスも」

「アイスもね」


イネスの言葉を聞いた途端、エリナはとても嫌そうな顔をした。


「止めてよ、からかわれたばっかりなんだから」

「あら、やっぱりからかわれてたの?」

「そうよッ!  ………変な所で人間臭いのよね、アイスったら」

「そりゃ、アキト君と直接繋がっているんだもの」


『当然でしょ?』とでも言いたげに、イネスが言った。


「………ダイレクト・リンク、か」

「そう。アイスは、アキト君と直接繋がっている。

 つまりは、あのアキト君の記憶と感情が、全てアイスに流れ込んだのよ。

 言わば、アキト君の人生その物をアイスは知った。

 いいえ、体験したと言えるわね。

 そして、アイスは元々、オモイカネ後期の発展型AI。

 ああいう性格になるとは思わなかったけど、自我が芽生える事位は、十分に予測出来ていたわ」
 

―――『芽生える』なんて、可愛いモンじゃ無いわよッ!


エリナは心からそう思ったが、口に出すのは止めておいた。


「………ねえ、今更だけど本当にそれしか方法は無かったの?」

「本当に、今更ねェ」


ヤレヤレといった感じで、イネスはため息を()いた。


「良い? 説明するけど………」

「簡潔にお願いッ!!」


説明を始めるイネスを(さえぎ)る様に、エリナがキッパリと言った。

イネスと付き合う上で、これは必要不可欠な技術(テク)である。


「………じゃあ、簡潔に言うけど、それしか方法は無かったわ。

 アキト君は、五感を失った。

 それを補う為には、マシン・チャイルドであるラピスとリンクさせるしか無い。

 しかし、ダイレクト・リンクは、アキト君の記憶や、思った事、考えた事、

 その時の全ての感情が流れ込むという事。

 ラピスには、とても耐えられない。

 よって、アキト君からアイス。アイスからラピス。

 要するに、アイスを中継点、フィルターとして、二人をリンクさせたのね。

 何度も言ったけど、これしか方法は無かったわ」


イネスは、簡潔に説明した。

珍しくも本当に。


「……ごめん。信用してない訳じゃないんだけど、それでも、ね………」

「気持ちは分かるわ。アイスもイイ性格してるもの」

「本当にね………どうしてアキト君は、アイスを人間扱いするのかしら」

「アキト君だからよ」

「………そう言われると、何か納得しちゃうわね」

「でしょ?」


二人は、同時に笑いあった。


「それはそうと、貴女よくアイスなんて名前、付けられたわね?」

「何よ、突然?」

「前から、思っていた事よ」

「別に、おかしくは無いでしょ?

 まあ、確かにオモイカネやサルタヒコみたいな名前を付けても良かったんだけど………

 ウチ絡みってバレるのもマズイしね。花言葉が気に入ったのよ」

「………………………本気?」


イネスは、真剣な表情でエリナに問うた。

その視線は、冷たい。


「な……何よ、いきなり?

 そりゃアイスランドモスは花じゃなくて苔だけど、

 よく花を飾る土台に使われたりするから、アキト君をサポートする為のAIには相応しい名前と思ったのよ。

 花言葉は『母性愛』だし、アキト君やラピスには丁度良いと思って………」


気圧された様に、エリナの言葉は尻すぼみとなる。


「………呆れた。エリナ、知らないのね? もう一つの花言葉を」

「だから、何よッ!?」










「………………………………『健康』よ」







アキトは、無人の廊下を歩いている。

その後を、アイスの映ったコミュニケのウインドウが、ふらふらとついて来ていた。

細かい芸である。


「ところで、アキト」

「何だ?」










「何故、ラピスとSEXをしないのですか?」










「ゴホッ! ゴホッゴホッ!!」

アキトは、ムセた。


「大丈夫ですか?」

「ゴホン………突然何だ、アイス」

「前から、疑問に思っていた事です」

「………答えるつもりは無い」

「何故ですか? ラピスも、もう13歳です。初潮も来ました。問題ありません」

「………本気か?」

「はい」

「………問題ある」










「処女が、嫌いなんですか?」










「ゲホッ!
 ゲホッゴホッゲホッ!!!」

アキトは、再びムセた。

そりゃもう、盛大に。


「ああ、それは無いですね。エリナもイネスも、処女だった訳ですし」

「アイスッ!!」

「冗談です」


アイスは、平然と言った。


「………」

「面白くありませんでしたか?」

「………つまらん」

「そうですか………『冗談』というのも、難しいモノですね」

「………」

「どうかしましたか? アキト」

「………聞いて良いか?」

「『冗談』を言う理由ですか?」

「ああ」

「勿論です。マスターであるアキトに隠す事など、私には何一つありません」

「………そうか」


アキトは、何となく自分が馬鹿にされた様な気がした。


「で、何故なんだ?」

「私は、現時点では太陽系最高のAIです。

 しかし、この先もそうでいられる保障はありません。その為の『冗談』です」

「………何故だ?」

「人の感情を、学ぶ為です。AIの究極の目的は、人の脳に近付く事ですから。

 感情を理解せずには、それは不可能です」


『十分人間くさいぞ、お前は』なんて事を思いつつも、アキトは何も言わなかった。


「喜怒哀楽を理解する。それは、感情を学ぶ為には必要不可欠な事です」

「………止めておけ」

「何故ですか?」

「お前に、『冗談』の才能は無い」






「ガァ―――ン!!!」






「冗談だ」

「私も、冗談です」

「………フッ」

「………フッ」


ニヤリと笑う、二人であった。







ネルガル月面ドッグ、執務室。

限られた者しか入室を許されないこの場所で、二人の男が再会を果たしていた。

オマケもいるが。


「いや〜、久しぶりだね、テンカワ君」

「ああ」

「今回も、無事に帰ってこれて良かったね。また会えて嬉しいよ」

「ああ」


軽く言われてはいるが、この言葉は重い。


「ところで、アイス。君は、席を外してくれないかい?」

「嫌です」


オマケのアイスは、即答した。


「あ、あのね………ボク、これでも会長だよ?」

「訂正が必要ですね。正しくは『落ち目の会長』です」

「キ………キツイね、君」

「冗談です」


ネルガル会長、アカツキ・ナガレの顔は引きつった。


「………ハッハッハッ!

 いや〜、さすがだね! 宇宙最高のAIなだけの事はあるよ、ハッハッハッハッハッ!」


とても空しい笑いであった。


「と言う訳で、席を外してくれるかい?」

「嫌です」


アイスは、再び即答した。


「………アイス」

「分かりました。それでは、失礼します」


アキトが声を掛けると、アイスは素直に従った。


「あ、ついでにココ、盗聴出来ない様にしちゃってくれる?

 大丈夫な筈だけど、念の為にね」

「分かりました。これよりこの部屋を、全てにおいて隔離します」

「君も、聞いてちゃ駄目だよ?」

「嫌です」


アイスは、 三度(みたび) 即答した。

繰り返しは冗談の基本と、分かっているのかもしれない。


「………テンカワく〜ん」

「………だ、そうだ」

「しかし、アキトに何かあった時………!」

「君は、テンカワ君と直接リンクしているんだろ?

 今はちょっとだけテンカワ君にリンクを閉じて貰って一方通行な繋がりになるけど、切る訳じゃないんだ。問題無いさ」

「………アキト」


アイスが、目をうるうるさせながらお願いポーズで(すが)る様に、アキトの名を呼ぶ。


「席を外せ、アイス」


しかし、アキトの答えは無情であった。

案外、アイスのこの手には慣れているのかもしれない。


「………分かりました。何かあったらすぐに呼んで下さい、アキト。それでは失礼します」


アイスが一礼して、コミュニケのウインドウが閉じられた。


「いや〜、凄いねアレ?」


アカツキが、思わずといった感じで声を出す。


「声を荒げるは、縋った様な顔をするは、ホント人間そっくり………」

「その言い方は、よせ」


アキトは、アカツキの言葉を途中で遮った。


「ああ、失敬失敬。でも、ホント凄いよ、彼女」

「………アイスは、信用出来る。それだけの話だ」

「でもさ、マスターに逆らうAIなんて、始めてじゃないかな?」

「あいつは、俺の足りない所を(おぎな)っている。それだけの事だ」

「それが、十分凄いんだって。素直じゃ無いねェ? 感謝してるんだろ、
彼女に」

「………」


―――ホント、素直じゃ無いねェ……それにしても『あいつ』か。

   自分では意識してないんだろうけど………やっぱり君は凄いよ、テンカワ君。


どう見ても、単なるマスターとAIとの関係には見えなかった。

素直に、凄いと思う。

テンカワ・アキトという人間が。


変わってしまった、アキト。

それでも自分を含め、回りの信頼を受けているアキト。

アカツキは、アキトを尊敬していた。


しかし、アカツキ自身意識してはいないが、今のアキトに気安く話しかけられるのは、彼だけである。

エリナやイネスが言えない事も、アカツキは容易く口に出す。

人は、自分の事には気が付かない。


「で、これからどうするんだい?」

「俺に、出来る事をする」

「そうかい………

 分かった。ボクも出来るだけの事はするよ。ま、たかが知れてるけどね」

「………スマン」

「ヤボは、言いっこ無し。ボクらは戦友だろ?」

「フン………そうだな」


アキトの表情が、少しだけ崩れた。


「さっさとやる事やっちゃってさ、テンカワ君を家に帰してあげないとね」


崩れた表情が、再び厳しい物に変わる。


「アカツキ」

「………駄目なのかい? まだ」

「用件は、何だ」

「(全く………ま、しょうがないか)

 ああ、そうそう。大事な話があったんだ」

「………」

「分かったよ、テンカワ君」

「何がだ?」

「ヤマサキの、居場所さ」







医療室。

そこは、またの名を『イネスの秘密の研究室』と言った。

全然、秘密では無いが。

その秘密でない研究室で、イネスとエリナがアイスと会話を交わしていた。

ラピスは、医療用ベッドでスヤスヤと眠っている。

やはり、疲れていたのだろう。


「で、どうだったの?」

「はい。アキトが冗談を言って、笑いました」

「嘘ッ!? それ本当、アイスッ!!?」

「私は、嘘を吐けません」

「………それも、そっか」

「あなたに『冗談』の概念を教えたのは、正解だったようね」

「ホント、アキト君が冗談を言って笑うなんて………何でも、やってみるものだわ」

「全くよ………それじゃ、アイス。その時の会話を、再生して頂戴」

「分かりました」


その時の会話が、コミュニケのウインドウに再生される。


「………」

「………」


再生が終わった後、二人の顔は真っ赤であった。


「どうしました、二人共?」

「あ、あなたねェ………」

「何で私が初めてだったって、
 知ってんのよォ――――――ッ!!?」

「見ていましたから」

「み……見ていたって………」

「言葉通りの意味です」

「………」

「………」


二人の顔は、真っ赤っ赤であった。


「冗談です」






「「あなたねェ―ッ!!」」






太陽系内で最高の性能を誇る、後期オモイカネ発展型AI、アイス。

彼女の太陽系一の座は、これからも安泰であろう。







「とまあ、そういう訳で、なんと彼は地球に居た訳さ」

「そうか」


アキトは、おもむろに席を立ち上がった。


「行くのかい?」

「ああ」

「ボクは反対。まだ船の補給も終わっていないしね」

「かまわん」

「ラピスも疲れているよ、きっと」

「俺一人で、行けば良い」

「そんな事を、ラピスがさせると思うかい? 絶対ついて行くさ。決まってるだろ?」

「………黙って行けば、良い」

「アイスが、バラすと思うけど? まさか、アイスが黙って行かせるなんて、思ってないよね?」

「………」


アキトは、言葉に詰まった。

アカツキは、楽しそうに言葉を続ける。


「頼むよ、テンカワ君。ここで君を行かせたら、ボクがエリナ君に殺されちゃうよ」

「………」

「イネス君に、改造されるかもしれないなァ、ボク」

「………フン」


アキトは、腰を下ろした。


「ありがとう。分かってくれて、嬉しいよ。さてと………アレ?

 あ、そうか。テンカワ君、アイスに言ってくれないかな。もう、良いって」

「ああ」


―――アイス……


アキトは、頭の中でアイスに呼びかけた。


「(冗談です)」

「(あなたねェ――――ッ!!!)」

「(………どうした、アイス?)」

「(アキト! 何か、ありましたか!?)」

「(いや………この部屋の、隔離を解いてくれ)」

「(分かりました)」

「(それより、何かあったのか?)」

「(特には。イネスとエリナと、会話をしていただけです)」

「(ラピスは?)」

「(寝ています)」

「(そうか………俺が戻るまで、ラピスを頼む)」

「(問題ありません。エリナとイネスもいる事ですし)」

「(そうだな。隔離の解除、頼む)」

「(分かりました。では、アキト。また後程)」


「解除した」

「ありがとさん。そ〜れ、ポチッとな。お待たせ、入って来て良いよ」


机の上に設置してあるインターホンのボタンを押して、アカツキは呼び掛けた。

執務室のドアが開き、ドジョウ髭とも言うべき髭を生やした眼鏡の男が入ってくる。


「やあやあ、テンカワさん。お久しぶりですねェ〜?」


プロスペクターであった。


「ああ」

「本当は、月臣君やゴート君も呼びたかったんだけどねェ」

「仕方ありませんよ。さすがに、全員が本社を留守にする訳にもいきませんから」

「う〜ん………ま、しょうがないか。で、早速なんだけど、詳しい報告ヨロシクゥ!」

「はいはい、分かっております。ヤマサキの詳しい居場所でしたな。

 え〜、彼は現在地球におりまして、クリムゾン・グループの庇護を………」







「………とまあ、こんな所ですが、何か質問はありますかな?」

「無い」


聞くべき事を聞き終えたアキトは、席を立ち上がる。


「お疲れだったね、テンカワ君。今日はゆっくり休んだ方が良いよ?

 これからも、調査は続けておくから」

「………頼む」


アキトは、短い言葉に万の感謝の気持ちを込めて、部屋を退出した。


「会長、お疲れ様でした」

「プロス君こそ、ご苦労さん〜! 次のボーナス、期待して良いよォ〜!」

「ハッハッハッ! エリナさんが、承知してくれますかねェ〜!?」

「ハッハッハッ! 耳が痛い事言うなァ、君も!」

「いやいやいや」

「何の何の何の」

「「ハッハッハッハッハッ!」」


二人は、ひとしきり笑い合った。


「では、会長。この件は、引き続き調査を行うと言う事で」

「ああ、頼むよ。ケリは、とっとと付けないとね」

「ケリ、ですか………」


プロスが、苦い表情を浮かべる。


「ユリカさんのリハビリは順調ですし、暴行された形跡もありませんでした。

 ルリさんを危険視していた軍も落ち着きましたし、ケリはついた様にも思えるのですが………」

「テンカワ君にとっては、ついていないんだよ。いや、つけるのを怖がっているのかな?」

「そうですねェ。全てが終わった後、彼はどうするのでしょうか………」


ふと、プロスは遠い目をした。


「………少なくとも、このままじゃ駄目だからね。前に進んでもらわないと」

「それがまた、不幸を呼ぶ事になりはしないかと、心配ですな」

「その時は、その時さ。さて、プライベートな時間は、これで終わり! お仕事、お仕事ォ!」

「さすがは、会長! ケジメを付けていらっしゃいますなァ〜!」

「落ち目だけどね………さて」


オチをつけた所で、アカツキは姿勢を正す。


「ところでルリ君の件だけど、アレッてやっぱりテンカワ君?」

「さて、アレとは何の事ですかな?」

「またまた、とぼけちゃってェ〜? カイオウ中将、暗殺の件に決まってるだろ?」

「はてさて、何の事やら? 私には、とんとサッパリですなァ〜」

「ルリ君排除の最右翼だったんだよ、彼。ちょっと苦しいんじゃない?」

「いやいや、本当に私は何も知りませんよ。只、テンカワさんのお耳にいれただけでして。

 ルリさんが、困った事になりましたなァ〜、と」


アカツキは、ニヤリと笑った。


「悪人だねェ、プロス君も。そんな事を言ったら、テンカワ君が黙っている訳ないだろ?」

「テンカワさんも、分かっていらっしゃいますよ。そこを敢えて乗ってくれた訳でして、ハイ」

「じゃあ、知ってる訳?」

「それはもう! 事を終えた後『一安心だな』と、おっしゃっていましたし」

「あらら、バレバレ。ま、いっか。これで我が社もテンカワ君の言う通り、一安心だね」

「さようですなァ。何しろ、彼は『アスカ・インダストリー』導入に、最も積極的でしたから」

「言ってる事は、分からなくもないんだけどね。ルリ君の事も含めてさ」


火星の後継者との戦いの後、軍には二つの動きがあった。

一つは、ルリ排除の動き。

もう一つが、軍からの『ネルガル』『クリムゾン』両者排除の動きである。


「で、実際の所、軍はルリ君をどうするつもりだったの? 排除と言っても、色々あるけど」

「え〜、なんでもルリさんをナデシコCから降ろし、地上勤務に回すとか」

「穏当だねェ」

「穏当ですなァ。監視は付く様ですが」

「その程度は、当たり前さ。だろ?」

「はい。そして………」

「そしてほとぼりが冷めた頃、人知れず消す、か。軍のやりそうな事だね」

「さようで。カイオウ・シンイチロウ中将という方は、清廉潔白・公正明大・品行方正・信賞必罰と、

 まさに軍人の鏡とも言うべき方ではあるのですが、また融通のきかない頑固な方でもありまして、ハイ」


倫理的にはともかく、軍の理屈としては正しい。

軍艦たった一隻での火星掌握など、正に超戦略級兵器と言えるのだから。

そして、何かと独断専行の多いホシノ・ルリ。

制御の効かない戦略兵器など、無用をこえて有害なだけである。

暴走した核兵器の様に。


「いやに褒めるね。もしかして、知り合い?

 要するに、地球版『草壁 春樹』だろ? あ〜、やだやだ」

「そう言ってしまうと、見も蓋もありませんなァ〜」

「まあ、良いや。取り敢えず、我が社も一安心と」

「取り敢えずですが」

「キツイなァ、プロス君も。ボク等が軍から締め出されなかっただけでも、良かったじゃない」

「はい、それはもう!

 何しろ我が社とクリムゾンは、あの木連との戦争から関わり過ぎていますからねェ〜」

「軍としては、出直す為の良い機会だったんだろうけど」

「中将としては、我々と軍との癒着を切り離す意味もあったようですな。まあ、無理もありませんが」

「不正を正す、か。無理なんだよ、そんな事はね。大体コネを一から作り直すなんて、ごめんだよ。

 冗談じゃないね」

「いや、全く全く」

「そうそう」

「ですなァ」

「「ハッハッハッハッハッ!」」


ネルガル会長、アカツキ・ナガレ。

彼は、情だけの男では無かった。







―――記録、記録と……


アイスがこれ等の会話を、密かにせっせと記録していた。

万が一の時の為に。







エリナも仕事に戻り、そろそろ自分もとイネスが考えていた時、医療室のドアが開きアキトが現れた。


「あ、アキト君、お帰りなさい」

「ラピスは、どうした?」

「そこで寝ているわよ。それはもう、グッスリとね」

「そうか」


アキトは、優しくラピスを抱き上げた。


「エリナは?」

「お仕事よ」

「そうか………イネス」

「何、アキト君?」

「全てが終わった後、頼みがある」


何の気負いも無く、淡々と言うアキト。

しかしその言葉に、イネスの表情が一瞬にして強張る。


「………頼み?」

「ああ」

「………」

「………」


強張ったイネスの顔を見て、アキトは少しだけ笑った。


「大した事じゃない。そんなに、緊張するな」

「それを決めるのは、ワタシ。アキト君じゃないわ」

「フン………そうだな」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………ま、良いわ。話位は聞くから、後は内容次第ね」

「ああ」


そう言い残し、アキトは去った。

一人残ったイネスは、激情に肩を震わせている。

そして短くはない時間が過ぎた後、イネスは強い強い決意を込めて呟く。


「死なせないわよ、お兄ちゃん………………………絶対にね」














同時刻。



静寂に包まれた艦橋。

展開されたウインドウ・ボール。

高速に流れるデータの羅列。

そして、その中には女が一人。

瞬きもせず、一心不乱にデータを処理していた。

他には誰もいない艦橋で、女の呼吸音だけが静かに響く。


ふと、データの流れが止まる。

そして、女は反応する。



唇の両端が、ほんの少し上がった。










「見つけました、アキトさん」




















続かない





後書き


どーも、いんちょです。

ナデシコSS「足掻く者」は、いかがな物だったでしょうか。

FateのSSの続きも書かず、何やってんじゃい!

と思われた方もいるかもしれませんが、これは昔に書いた未発表のSSなのです。

そう、せっかくの一周年。何かやりたかったのです。

とは言うものの、SS以外に何かが出来る訳でも無かったので、昔のSSをアップしたのです。

決して「大団円を目指して」を書くのをサボッている訳ではありませんので、ご安心を。

いや、ホントに。


ってな訳で、このSSは続きません。

絶対書かないとは言いませんが、正直期待はしないで下さい。


ごめん。


何はともあれ、無事一周年。これからも、宜しくお願いします。

では。




2006/10/6

第1話を、前編に変更。




続く


2005/10/5


By いんちょ



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