Trick of UMI

 流れ星が一つ大きな弧を描いて夜空を駆けていった。宝石をちりばめたような星空に願い事が一つ投げられた。
 "いたずらか、お菓子か" ハロウィンでお化けに扮した子供たちが唱えて歩く呪文。あの日の夜もそんな声があちこちから聞こえてきていた。

 私の家のチャイムが鳴った。私は来た来たと用意しておいたお菓子を後ろ手に隠してドアを開けた。けれどもそこにいたのは小さなお化けたちではなかった。
 その女は潤いのある唇をゆっくり動かして私に問いかけた。
「Trick or Treat?」
てっきり小さなお化けたちが来ると思っていた私は、目の前のその色香のある唇に全神経を奪われ何も応えることが出来なかった。
 ただ立ち尽くす私に向かって女はもう一度訊いてきた。私は必死に頭を回転させ状況についていこうとする。

「いたずらか、癒やしか」

癒やし? お菓子ではないのか? いや、私の聞き間違いかも知れない。結局突然の唇に対処しきれない私はつまらない反応をしてしまった。
「え、あ、はい、お菓子どうぞ」と後ろに回していた左腕を身体の前に動かして手に持っていたお菓子を差し出した。

「ふふっ」女は小さく笑うと私の目をじっと見つめたまま、差し出したお菓子の包みを右手の親指と人差し指の二本でつまみ上げ、それからゆっくりと私に背を向けて夜の闇に消えていった。私の脳裏にはその女の唇と瞳が焼き付いた。

 この夜を境に私はその唇と瞳に翻弄されることになろうとは。誰が予想し得たであろうか。(つづく)