蠱惑(こわく)の隙間

 窓の隙間から覗く空は四角く小さい。けれど決して狭くはない。窓の向こう側に顔を出せば大きな空が広がっていることを誰しもが知っているからだ。

 もしその隙間を反対側から覗いたらどうだろう。

 そこには何が見えるのか、何があるのか。
 どんな世界が広がっているのだろうか。

 「◯◯の館」と銘打った看板のある店の入り口はいつも少しだけ開いていた。かなり古い店のようで、看板は朽ちかけていて、文字も退色とかすれで何と書いてあるのか読み取れなかった。だから◯◯の館なのだ。かろうじて"の館"が判読できるだけだった。
 少し開いた入り口から覗く店内は薄暗く、ちらと見ただけでは何もわからなかった。もっとじっくり覗いてみたい、どんな風になっているのか知りたい。怖いもの見たさかそんな衝動に駆られつつもいつもそれ以上の勇気が出なかった。

 ある日、その店の前に一人の女性がいた。三十路と呼ぶには失礼がありそうな程若々しいのだが、身にまとうその雰囲気はどう見ても20代の"女の子"ではない。その女性が店の前をほうきで掃いていた。
 落ち着いた、儚げ、しっとり、私はあまりない語彙力を駆使してそのあやしい雰囲気を言葉にしようと躍起になった。そうこう考えているとその女性は掃除を終え、店の中に入っていった。思わず後を追いかけて二歩足を進めたところでこんな考えが頭に浮かんで立ち止まった。

 此の世ならざる存在だったら?

 恐怖と好奇心がせめぎ合う心の中で、わずかばかりの若気の至りが勝った。私は静かに足を進め、少しだけ開いている入り口の隙間にそっと顔を近づけた。(つづく)