私の好きなことば (18)

この部屋では、私が出会ったことばや好きなことば、思い出のことばなどを紹介しています


【中国】 (2000.06.24)

 小学校・低学年の頃はいろいろな本を読むのが好きで、「トショカン」というあだ名を頂戴していました。そういう私に親も期待してくれたのか、ナントカ文学全集(子供向け)などをたくさん買ってくれました。今はと言うと・・・(^^;
今でも印象に残っている小説というか、お話も結構あるのですが、その中でも何回も読み直したのは「西遊記」とか「宝島」などでした。むかしからこういう冒険ものが好きだったのでしょう。

中学生になると結構大人ぶったりしたい年頃で、わかりもしないのに難しい本を読んで・・・いや眺めて満足していました。当時漢文なんてちんぷんかんぷんでしたが、和訳してある本を何冊か見つけました。「中国の思想」というシリーズものだったのですが、「孟子」「戦国策」「韓非子」などを買って読みました。漢文が上半分、下に訳が書いてあって、あまり良くわからないなりに何千年もの昔、日本ではまだ弥生時代(?)の頃中国にはこんなすごい人たちがいっぱいいたんだという感動を受けたのをよく覚えています。

 高校に入ると、世界史や日本史など学校で歴史の授業がはじまりました。カタカナことばが何となく苦手で、地理とか世界史のうち西洋史などは全然ダメだったのですが、中国史は何となく親近感があって好きでした。
 日本の歴史の中でも戦国時代とか幕末とか騒がしい時代が好きで、本を読んだりテレビを見たりするのが好きです。これはNHKの大河ドラマのテーマを見ると、私だけでなく一般的に人気があるのでしょうね。古代中国でも同様に春秋戦国時代とか三国時代とかに興味があります。
 パソコンのゲームでも「信長の野望」「天下統一」「三國志」などにハマったことがあります。こういうシミュレーションゲームは一旦最終段階まで行ってしまうと終わりなのですが、思い出したように時々やってみたくなるものです。この手のゲームにはまってしまうと、何日間かの連休をこのゲームに費やしてしまい、家族からはブーイングやらレッドカードやら浴びせられるし、自分としても肩の凝りやら目の疲れにガックリとしてしまう事もありました。
 金岡さんが開いておられる世界史講義録というサイトには高校の世界史の授業で話された内容が公開されており、時々読ませてもらっています。インターネットにはホントに宝がつまっていますね。

ということで、中国関連の本をご紹介します。(ちょっと強引?)

三国志
 「三国志」というのは、もともと中国の歴史書二十四史のひとつで魏・呉・蜀三国の史書(全65巻)のことです。これを書いたのは晋の役人、陳寿と言う人ですから、どちらかというとやはり晋を中心としたもののようです。しかし、これが有名になったのは、羅貫中と言う人が三国志に基づいて演義した「三国志演義」が一般に広まったからのようです。「演義」というのは日本でいうところの浪花節みたいなものだと思っていましたが、そうではなくて、口語体で書いた一般向けの小説らしいです。羅貫中の書いた「三国志演義」に対して、正式な歴史書と言う意味で陳寿の書を「正史三国志」と呼ぶようです。
 以下は「三国志演義」のことを単に三国志と呼ぶことにします。
 三国志は黄巾の乱のさなか、おなじみ劉備(玄徳)が桃園で関羽・張飛と兄弟の契りを結ぶところから始まり、呉の孫皓が降伏して天下が一に帰するまでの事跡を書いた、超長編小説です。日本でほとんどの子供が知っている「桃太郎」のお話と同じように、中国の子供はほとんど三国志のお話を当たり前のように知っているそうです。登場する人々のうちでも関羽は今でも人気があるようで、横浜の中華街にも関羽廟があって、関羽が祀られています。

 三国志は大きく2つのパートに分けることができます。
 漢王朝が滅び、劉備(りゅうび)玄徳を中心に魏・呉・蜀の3国が成立するまでが前半です。漢を引き継いだ蜀の皇帝となるのは劉備です。呉では志半ばで死んだ孫堅(そんけん)の遺志を引き継ぎ、赤壁の戦いで曹操を破った孫権が皇帝となります。魏を建てた曹操(そうそう)はかなり謀略を巡らしてちょっと憎たらしいですが、なんと言ってもこの時代一番の英雄でしょう。しかも、武だけでなく文の人でもあり、息子の曹丕や曹植も含めてたくさんの詩を残しています。有名なものを一つ紹介しましょう。

短歌行 曹操
 酒に対わば当に歌え
 人生幾何やある
 譬えば朝露にも如たり
 去日苦も多きことよ
 慨らば当にもって慷け
 憂思忘れ難し
 何に以てか憂を解さん
 唯杜康有るのみ
……
 山 高きを厭わず
 海 深きを厭わず
 周公哺を吐きたれば
 天下心帰せたりとかや

(竹内実・吉田富夫編訳「志のうた」中公新書より)

 劉備(玄徳)は漢帝の血を引いていると言っていますが、案外これは嘘八百で単なるハッタリだったという説が有力のようです。それで血筋の良い諸葛亮を取り込む必要があり、そのために三顧の礼をはらって彼をスカウトした。・・・こんなことを言うと、劉備ファンには怒られそうですね。あと、呉建てる孫権も魅力的だし、最大の悪役と言えば呂布(りょふ)ですが、こうして上げていると本当にきりがありません。
 三国志の後半のパートは天才的な知謀を持つ諸葛亮(孔明)が主役です。劉備が亡くなる前、皇帝になって欲しいと頼まれますが、劉備の没後、孔明はあくまでも劉備の後裔劉禅(りゅうぜん)を助けて奮闘します。劉禅は暗愚な皇帝だけに、彼のひたむきな姿には感激させられます(小説の上のことでしょうけど)。彼の書いた出師表(すいしのひょう)を読むと、涙、涙です。

 三国志を本とか漫画とかで読んでからパソコンゲームにはまる人が多いのでしょうが、私の場合は逆でした。ゲームにはまってしまい、それの延長線で本を読み始めたのです。先にお話にはまってしまった人には、登場人物(すごい人数です)へのこだわりが非常に強いと思いますが、その点、比較的中立です。・・・な〜んて言いながら、結構好き嫌いもありますけど :-)
 なにしろ物語自体も長いですがそれに登場する人物もものすごい数です。個性豊かな武将が、なんでも1,000人以上登場するらしいです。世の中にはマニアの方がおられるもので、織風斎という方の三国志武将列伝というサイトでは武将一人ずつについて紹介するという壮大なチャレンジをしておられます。人数が人数だけに、完成はいつになることやら(^^)。でも、頑張って欲しいものですね。
 現在出版されているもので一番ポピュラーなのは吉川英治作の「三国志」(全8巻)と横山光輝作の「三国志」(劇画全60巻)でしょう。後者は読んだことありませんが、私が最近はまったのは前者の方です。全8巻なので、読むだけでも結構重たいのですが通算3回読みました。こんな回数では「三国志マニア」にはバカにされるかもしれませんが・・・。

韓非子
 中国の春秋戦国時代(紀元前2世紀まで)に輩出した数々の思想家を諸氏百家と呼びますが、その中でも韓非子という人には強く惹かれます。彼は「法家」といわれる、法令を国を治める基本にすべきという考え方です。彼は秦の商鞅(しょうおう)という人の説いた「法」と韓の申不害という人の説いた「術」を統合して「法術」理論を完成しました。法家のなかでもかなり急進派だったらしく、彼の考える「法術」理論が富国強兵へのただ一つの道であると言っています。
 彼は自分の祖国の韓の王族でありました。韓非子の書いた書物に感動した秦王政(後の始皇帝)がどうにかしてこれを書いた人物に会いたいと思い、韓を攻めました。すると、予想通り韓は韓非子を使者として和を乞うたのです。韓非子はドモリだったと言われています。でも、多分自分の説を必死で秦王に説いたのでしょう。一旦講和は成りましたが、秦王は本を読んだときの感動と実際に会って話を聞いたときの差が大きかったための落差が大きかったせいか、結局韓非子は秦で獄に入れられ、毒殺されてしまいました。
 結局、韓非子は自国では自分の唱える思想が受け入れられれず、やがて祖国を滅ぼす秦王政(後の始皇帝)に取り上げられるという皮肉な結果になりました。秦は韓非子の死んだ数年後には韓を滅ぼし、その数年後には全土を制覇することになります。始皇帝は文字の統一や度量衡の統一など革新的な政治を行っています。一方、「焚書坑儒」などという名高い悪政をやったりしていますが、その元となったのがこの韓非子の思想です。
 結局、群雄割拠していた中国を統一させたのは韓非子の法術理論だったといってもいいでしょう。諸子百家、勝手なことを言っていましたが、最終的にそれらをまとめて中国統一させたのが韓非子なのですね。インターネットでも私と同じく韓非子ファンのサイトが結構あるようです。その中でも韓非子見聞録にはかなりの情報があります。韓非子に興味を持たれた方は訪れてみてはいかがでしょうか。

宮城谷昌光さん
 私が現在ハマっているのは、宮城谷昌光さんの小説です。彼は古代中国を舞台にした小説をたくさん書かれており、私も大ファンです。これらを紹介しようと思いますが、膨大な量になりますので、別の部屋(宮城谷昌光さんの本)を設けることにします。よろしければお立ち寄り下さい。


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