桃源郷

陳舜臣 著
集英社


 書名となっている「桃源郷」とは陶淵明<(とうえんめい)>の『桃花源記』に書かれた理想郷のことです。広辞苑にこの書の説明が書かれていましたので、ちょいと引用しましょう(いつもの手抜き)。

とうかげんき【桃花源記】タウクワ‥
 東晋の陶淵明作。武陵の漁夫が道に迷って桃林の奥にある村里に入りこむ。そこは秦の乱を避けた者の子孫が世の変遷を知ることなく、平和で裕福な生を楽しんでいる仙境であった。歓待されて帰り、また尋ねようとしたが見つからなかったという内容。

 本書には「この作品を読むかたがたへ」という、かなり長い巻頭言が書かれています。この最後の部分に以下のように書かれています。
  :(前略)
 これほどつぶさに取材したことは、これまでなかった。アラムートの山を、騾馬の背にまたがって小説のことを思いながら登ってから、二十年たっている。ウマル・ハイヤームの詩に親しんでからなら五十年以上になる。この小説は青春時代の私の胸の中で醸し出され、壮年時代はさらにあたためられ、老いのまさに至らんとするいま、やっと生み出されたという気がする。
と書かれていて、かなりの思い入れがあるであろうことが伝わってきます。

 この作品は1120年頃、契丹族の建てた<(りょう)>(キタイ)が女真族(金)に滅ぼされた時代が背景となっています。この時代は宋(北宋)を滅ぼして南に追いやった遼が北に興った金に滅ぼされるという玉突き状態です。南に追いやられた宋(南宋)は水滸伝岳飛伝海嘯に描かれていますが、末期的状態ですし、金は女真族の人数が少なくて政権基盤が弱いという状態です。この頃、西から巨大な風(チンギスハーンのモンゴル帝国)が吹いてきて結局両方とも滅ぼされてしまいます。英雄・佞臣・権謀術数入り乱れて素人目にはおもしろい時代のようです。
 遼が亡んだ後、西へ行き西遼(カラキタイ)を建てた耶律大石<(やりつたいせき)>が本書の準主人公です。巻頭言によると、
 :(前略)
遼は自国の文書を隣接する地域に持ち出すのを禁じたし、遼末の戦乱で多くの史料が失われたので、一種の「歴史の空白の時代」といわれた。
 歴史に心をよせる人たちにとって、この時代は研究意欲をそそられてきたといえる。私も学問の周辺にいる人間として、この歴史の空白時代に、無関心でいるわけにはいかなかった。
 空白ということは、その期間になにがおこったか、空想するたのしみがあるということだった。どうやらこれは、小説の分野であろう。作者が自分の理念や理想を、空白の歴史のなかに投入してもよいのではないか、という思いが私のなかにあった。
 :(後略)
と書かれていますが、陳さんのいろいろな思いが思う存分投げ込まれているようです。

 詳しく書いてしまうと、これからお読みになる方の興味をそいでしまうと思われますので、さわりだけ書くことにします。この作品はいろいろな謎解きのおもしろさがありますので、勝手に命名すればSFならぬ「空想歴史小説」HFといったところでしょうか。
 本作品の主人公は燕京<(えんけい)>生まれの陶羽という漢人です。彼の家系は代々役人なのですが、実は裏の顔があって、「桃源郷」から外界の情勢を探るために各地に送り込まれた「探界史」だったのです。この探界史は跡継ぎがある年齢に達したときに初めて明かされるもので、陶羽が耶律大石の命で大食<(タージ)>(アラブ)への使者として旅に出るときにそれを聞かされます。同行する白中岳という人物も同じ探界史でした。
 この頃、マニ教の信者が反乱を起こして鎮圧されました。また、梁山泊に籠もった反乱軍が政府に帰順して、首謀者の宋江が将軍になっています。こういう時代背景を料理する陳さんの空想が冴えます。
 このお話の舞台は中国からヨーロッパまで及んでおり、カタカナ地名や人名が苦手な私は若干苦戦しました。でも、それを差し引いても充分楽しませていただきました。

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