曹操

陳舜臣 著
中央公論社(全2巻)


 曹操といえば、『三国志演義』ではとんでもない悪役として描かれていますが、実際にはどうだったのでしょう。私も吉川英治さんの『三国志』を最初に読んだときはそういうイメージを植え付けられてしまいました。しかし、いろいろな書に当たっていくうちにそういうイメージが違っているという確信を持つに至りました。やはり、三国時代を駆け抜けた英雄であり、一般受けすることを狙った『三国志演義』というものが劉備を悲劇のヒーローに、曹操を悪役に仕立てたのでしょう。
 曹操は若い頃、人相見の許劭<(きょしょう)>に「清平(平和時)の姦賊、乱世の英雄」と評されました。これは『後漢書』の本文にあるそうですが、三国志の註には「治世の能臣、乱世の姦雄」と書かれており、『三国志演義』にもこちらが採用されているために一般的には後者の方が有名かもしれません。平和時の意味が全く逆になっているのが面白いですね。曹操は文武両方にすぐれており、多くの詩を残しています。『三国志』に「短歌行」という詩の一部をご紹介していますのでこちらもどうぞ。しかし、曹操といえば『孫子』の註釈をしたことで有名です。曹操の註釈した『孫子』しか残っていなくて、現物が存在しないために曹操が捏造したという説もあったそうですが、1972年に山東省臨沂<(りんぎ)>で『孫子』の竹簡が発見されて曹操の疑惑は晴れました。
 この作品は「魏の曹一族」というタイトルで季刊誌に連載をはじめたものだそうですが、それが休刊することになり月刊の『中央公論』に連載したのだそうです。勿論、曹操が主人公なのですが『三国志』などには登場しない曹操の家庭人としての姿を書きたかったのだそうです。

 『三国志』を読まれた方にとっては、本書はそれほど目新しいところはありません。ただ、上にも書いたように家庭人としての曹操も描かれているので、その点は多少変っています。こういう小説の常道として、主人公の回りに怪しげな人物達が登場します。曹操の従妹<(いとこ)>の紅珠という女性です。彼女を通して作者の書きたかった曹操の一面が描かれています。また、当時は浮図<(ふと)>(仏教)の影響があったとしています(これは『諸葛孔明』とも同じ手法です)。また、ソグド人の奇術師などが登場して伝書鳩を使って通信したりします。
 ということで、本書の紹介を終わってしまうのもなんなので、曹操の詩を一編ご紹介しましょう。この詩と「短歌行」が有名なものです。

 「歩みて夏門<(かもん)>を出ずる<(うた)>
神亀雖寿  神のごとき亀は寿<(いのちながし)><(いえど)>
猶有竟時  なお<(おわ)>る時有り
騰蛇乗霧  <(のぼ)>る蛇は霧に乗れど
終為土灰  <(つい)>には土灰と為る
驥老伏櫪  老いたる<(うま)>(名馬)は<(うまや)>に伏すとも
志在千里  <(こころざし)>は千里に在り
烈士暮年  烈士<(れっし)>は暮年にも
壮心不已  壮心<(とどめ)>あえず
盈縮之期  <(なが)>きと<(みじか)>きの期<(さだめ)>
不但在天  <()>だ天のみにあらず
養怡之福  <(よろこび)>を養い福に<()>けば
可得永年  永き年を<()>べきなり
幸甚至哉  幸は<(はなは)>だしく至れる<(かな)>
歌以詠志  歌いて<(もっ)>て志を<()>まん



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