長安異神伝 将神の火焔陣

井上祐美子 著
中公文庫


 本書は先日読んだ『長安異神伝』シリーズの第3作です。中国を舞台にしたファンタジー小説として面白かったので、本書にも手を出してしまいました。<天長篇><地久篇>という2巻構成となっていまして、井上さんの想像力がまた一段とパワーアップした感じです。
裏表紙の紹介文にはこう書かれています。

(天長篇)
太宗李世民の御代、繁栄を極める都・長安の上空に、唐王朝の滅亡を示す不吉な星があらわれた。天文学者から異変を告げられた重臣は帰路、左道を操る一団につけ狙われる。重臣の危機を救った青年は、首領格の男が人ならぬ力を備えているのに気づいた。この青年こそは顕聖二郎神君。神神を治する玉皇大帝の甥でありながら、人間界を愛し地上に降りた半神半人の英雄だった。王朝転覆の陰謀に邪神の存在を感じとった二郎は――。

(地久篇)
火徳の神・炎帝が数千年の眠りから覚めた――。中国に統一王朝ができて以来、不遇をかこってきた焦氏の一族が、術をあやつり唐の都に古の神を復活させたのだ。炎帝は人間界を炎に包むことで、神々の皇帝を倒す力を得ようと、長安に火を放つ。 炎帝を阻止できるのは、人界に通じた武将神・二郎真君のみ。しかし、その二郎真君が天宮に反旗を翻し、炎帝のもとへ馳せ参じたという・・・・・。
 この「長安異神伝」シリーズ、主人公は玄穹高玉皇大帝(天帝)の甥であり天軍の総帥である顕聖二郎神君(二郎)です。本作品には前回登場していた魏徴や東方朔、翠心といった人びとも出てきます。歴史に実存した人物がどんなかたちで登場するのか、ということはこのシリーズを読む上で一つの楽しみのようです。本作品にもそのような人びとがたくさん登場しています。
本作品に登場する人びとを「漢字源」より引用して紹介しましょう。
【李靖】
リセイ〈人名〉571〜649 唐初の名将。京兆(ケイチョウ)・三原(サンゲン)(陝西(センセイ)省)の人。字(アザナ)は薬師。突厥(トッケツ)・吐谷渾(トヨクコン)等の討伐で活躍。

 彼は唐の重鎮衛国公として登場します。魏徴が裏では天帝に仕える人間なのに対して、李靖はなんと裏では西方の仏に仕える人間だったのです。地上で中国を治めるのが唐の皇帝なのに対して天を治めるのが天帝で、天の西方を治めているのが仏だというのです。そして、天のそのもっと西方にはアラーの神やキリストの神がいるという・・・。
 このあたり、いかにも八百万の神を持つ日本人的な発想でしょうか。(笑)
 老子は天帝の相談役として、天上では「老君」と呼ばれる神だったりします。二郎もこの老君の前では妙に神妙なのがおかしいです。
【老子】
ロウシ〈人名〉戦国時代の思想家。姓は李、名は耳(ジ)、字(アザナ)は伯陽。人為が仮相であるとし、自我をすて無為自然であることを尊んだ。後世、道家の祖としてあがめられた。唐代、王朝の姓が同じ李であることから、始祖として尊び、玄元皇帝とも呼んだ。
 もう一人、炎帝と呼ばれる神が登場します。彼はかつて玉皇大帝と争って敗れて冥府にいましたが、復活して玉皇大帝を滅ぼし、再び自分が天を支配しようとするのです。それは地上にある長安を炎で満たし、その炎により天まで焼き尽くそうというものでした。
【神農】
シンノウ〈人名〉古代、伝説上の帝王。三皇のひとり。はじめて人民に農業を教え、医薬をつくり、卦(カ)の六四爻(コウ)をつくったという。五行の火の徳により王であったことから、炎帝とも、烈山氏・大庭・田祖とも。
 今回は東方朔が大活躍します。炎帝一味は地下で眠っている歴代帝王の亡霊を生き返らせ、不死を約して長安を焼き尽くそうとしていました。炎の中に東方朔はかつて仕えていた漢の武帝の亡霊を見つけ、必死でそのたくらみに加わらないように説得し、ついに思いとどまらせることに成功します。「長安異神伝」では道化役だった彼のイメージを変えてしまいました。
 もとはといえば、唐の太宗・李世民が貞観の治といわれる明君ぶりから堕落してしまったことが今回の騒動の原因でした。天帝はもともと300年と定めていた唐王朝の天命を数十年にしてしまったのです。神でありながら半分は人間である二郎真君は地上の世界が気に入っていました。王朝の天命が縮まれば、再び乱世となり多くの人命が失われることになります。それに乗じたのが炎帝一味でした。
 最初に読んだ『長安異神伝』と比べて、かなり作品の厚みが増したような気がしました。武侠小説ばりの闘いシーンはより迫力を増したようで、その上登場人物の人間的描写も深くなっているような気がします。炎帝に苦戦して絶体絶命の二郎真君がとったのはあっといわせるような奇策でした。(これは読んでからのお楽しみ)
 結局、天帝が定めた唐王朝の天命短縮は実行されることになります。則天武后により唐は廃され、周が建国されるのですが、すぐに唐が再興されるという史実をもとにしているのですね。天帝により人間界の運命は決められているとか、いかにも東洋的なところは好みが分かれるかもしれません。

 将神の火焔陣<天長篇>  将神の火焔陣<地久篇>

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