史記を語る

宮崎市定 著
岩波文庫


 中国にはまって以来、『史記 列伝』、『史記 世家』、『史記 本紀』と『史記』ものを読んできました。で、たまたまアマゾンにアクセスすると、「おすすめ」として本書を紹介されまして(苦笑)、しっかりとそれに乗ってしまったというわけです。(笑)
 本書の表紙には、解説の吉川さんが「格好の入門書」と書かれていますが、私みたいな古代中国フリークにも結構楽しめるものでした。目次を見るとわかりますが、史記の内容を網羅しているのでよくある「紹介本」かと思いきや、結構著者の好みとか解釈とかが盛り込まれていておもしろかったです。

司馬遷の著した中国最初の正史『史記』は、古代中国の社会と人間を生き生きと描きだし、日本でも広く親しまれてきた。 中国史研究に多大な業績をのこした著者が、六十年にわたる『史記』研究にもとづき、『史記』の成り立ちと構造の全容の解明を試みた名著。
『史記』の世界への格好の入門書。
「『史記』の中の女性」を併収。

1 『史記』読法―『史記』はどう読まれてきたか
2 正史の祖―紀伝体の創始
3 本紀―中国の弁証法
4 世家―政権割拠の力学
5 年表―どこまで歴史は遡れるか
6 列伝―古代市民社会の人々
著者『史記』関係論文一覧
『史記』略年表
『史記』の中の女性

司馬遷の著した中国最初の正史『史記』は,古代中国の社会と人間を生きいきと描きだし,日本でも広く親しまれてきた.中国史研究に多大な業績をのこした著者が60年にわたる『史記』研究にもとづき,『史記』の成り立ちと構造の全容の解明を試みた名著.『史記』の世界への格好の入門書.「『史記』の中の女性」を併収.(解説=吉川忠夫)
 史記に書かれていることを単に解説するのではなく、独自の解釈で書かれているのがおもしろい。史記を著した司馬遷は歴史をを書くのに、自由人としての価値観を重んじたといっておられます。列伝の最初に「伯夷列伝第一」を置いているのはその表れだそうです。
 また、史記を書く際に漢文の作法である「起・承・転・結」のリズムを取り入れているともおっしゃっています。例えば物語としておもしろい「伍子胥列伝第六」では、
『史記』列伝には物語的な要素が甚だ多いが、中でも物語色の強いのはどれかといえば、それはおそらく伍子胥列伝第六であり、この右に出るものは、後世の史書にもあまり見当たらないであろう。伍子胥が楚国で父を殺されて呉に亡命し、呉王を助けて楚を攻め、その都を陥れた所までの事実は『春秋左伝』にも見えるが、『左伝』の記事はある程度物語的に潤色されながら、まだ話の筋書きがやっと辿れるだけの簡潔な書法である。それが伍子胥列伝になると、俄然精彩が加わり、起承転結の各場面を加えた一篇の大戯曲となっている。
 第一、起の段。楚国の大臣、伍奢は先祖以来の名家である。
  (中略)
 第二、承の段。揚子江は辛うじて渡ったものの、二人は旅費がないので乞食をしながら呉の都に入り、そこで公子光の客となった。
  (中略)
 第三、転の段。やがて機会は到来した。まず楚将公子嚢瓦[のうが]が呉に攻撃しかけてきたが、凡庸な上に貪欲であったため、楚に動員された唐、蔡の二国が離叛した。
  (中略)
 第四、結の段。呉王闔廬[こうりょ]は錢塘江の東岸なる越王句践[こうせん]と闘い、指に傷を受けたのがもとで死に、子夫差が王位に即いた。
  (後略)
 といった具合。他にも名文といわれている「魏公子列伝第十七」、これまた人気のある「刺客列伝第二十六」などもこの起承転結に分けて紹介されています。

 本書には、新聞に書かれた「『史記』の中の女性」というコラムが掲載されていますが、その最後に以下のような文を書かれています。このようなことを大昔に聞いたような気がするのですが、残念ながら思い出せませんが、デジャブ感がありました。
 当時の婦人の多くがまだ儒教の礼法に束縛されず、自由放埒に振る舞ったことは事実であろうが、それをいかにも特権らしく、悪意をこめた筆先であしらっている司馬遷の心理状態も、実は少しおかしい。あるいは司馬遷が宮刑(五刑罰の一つ去勢)に処せられてから人生観に変調を来し、女性に対して嫌悪、憎悪の感情を抱くようになったのではないかとも想像されるのであるが、この点に関して専門の科学者の意見を伺いたいと思っている。

 

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