史記 武帝紀

北方謙三 著
角川春樹事務所(全7巻)


 このところ、北方さんは中国ものの大作『三国志』(全13巻)、『水滸伝』(全19巻)、『楊令伝』(全15巻)を書かれていますが、今回は更に時代を遡って『史記』を題材にされました。『水滸伝』はもともと殆どフィクションだし、『楊令伝』はほぼ完全フィクションなのでべつに気になりませんが、『三国志』の元ネタ『三国演義』は7割くらいのノンフィクションを北方『三国志』ではさらにフィクション性を強化されていました。ということで、この全体ノンフィクションの『史記』をどう料理されるのか興味津々です。
 ついに第七巻で完結しました。これまでの超長編から考えると、ちょっと予想より短かったです。でも、北方節全開で、戦あり、漢(おこと)あり、理不尽な運命ありで楽しませていただきました。
 これまで、本書の章名には難しい漢字を使ってこられましたが、この最終巻はピカ一で、ほとんど意味がわかりません。ご存知の方がおられましたら、こっそり教えて下さい。(笑)


 ついに武帝は薨じます。天子は決して死なないものだと思ったり、死に対する恐怖を覚えていたときもありましたが、最後は吹っ切れて死ぬとは単にいなくなることだと思うようになりました。最後には自分の後継者を冷静に決めたり、臣の中で国に害を為すものを見極めて宮廷から追放したりと賢明さを取り戻したようです。
 武帝は後継を誰にするか、誰にも言っていませんが、長い間仕えてきた桑弘羊にはわかっています。その武帝が後継と思い定めている幼い弗陵(ふつりょう)との会話です。
「国とは、なんだと思う、弗陵」
 庭を歩きながら劉徹は問いかけた。
「わかりません」
「俺も、わからなかった。いま、少しだけ見えてきたものがある。それだけ、おまえに伝えておこう
 立ち止まった。弗陵が、劉徹を見上げてくる。
「国とは、民だ。帝がいくら帝だと言ったところで、民がいなければ、馬鹿げたことに過ぎぬ。俺は長く帝であったが、そこのところがわかっていなかった、という気がする」
「民なのですか、国は」
「俺はいまそう思いはじめているが、おまえはおまえで、長い時をかけて、考えてみればよい。大事なのは、答ではなくて、つねにそれを考えるということだろう」
 本書の中で、後半輝いていたのは匈奴でも住むことができないと言われていた北の地に一人で住んでいた蘇武です。彼が一緒に暮らしている狼(徹)との会話ですが、北方さんの思いを蘇武に言わせておられるのでしょうね。
「俺たちは、幸福だぞ、徹。長安で、こんなに豊かに暮らしている人間はいない。無駄な贅沢しか知らない人ばかりだ。考えてみろ。ここに無駄なものなど、なにひとつないのだからな」
 徹は耳を伏せている。
 徹に話しかけるようになってから、いつの間にか独り言の癖は消えていた。返事が来なくても、話しかける相手がいるのは、素晴らしいことだった。
 時には、木の上に作った見張り台に上って昼寝をする。その間、徹は守るように木の根のところに寝そべっていた。すべてが静かで、平穏だった。
 自分がどういう人間なのか、ふと考えることがあった。
 父は軍人であり、衛青に従って、代郡の太守になった。蘇武が長安を出るときは存命だったが、もう生きてはいないだろう。不満の多い人生だった、と蘇武には見えた。
 衛青が大将軍だったので、自分も長安で出世して然るべきだ、と考えていたのだろう。蘇武が青年時代に持った夢は、とにかくその父を越えることだった。
 いまは、それが夢とは言えないものだ、ということがよくわかる。夢とは多分、実際には想像できないようなことなのだ。
 いまの暮らしは、夢と言えるものなのだろうか。確かに、以前は想像したこともない。それでも、夢ではなかった。
 自分のような人間は、夢を持つことに不向きだと考えるしかない。日々の暮らしを、愉しむ。そのために、どんな苦労も、苦労などとは思わない。
 考えてみれば、生きやすい人生ではないのか。しかもひとりきりだから、煩わしいことはなにもない。天を、大地を畏怖して、人に気を遣わずに済むのだ。
 自分を頑強だと思ったことはなかったが、実は強靱な躰を持っていたのかもしれない。この地へ来て、病らしい病に襲われたことは一度もなかった。
 これは夢ではなく、そこそこの幸福というものだ。そして、その程度の幸福でいい、と思っている自分がいる。
第7巻読了 (2012/5/5 記)

 作品の題は『史記』ですが、その史記を著した司馬遷がその中に登場して史記を書いています。それを武帝・劉徹や桑弘羊が読んで・・・と話がややこしくなってきました。
 匈奴の将軍として漢の軍を打ち破るようになった李陵が北の地で生きているかつての友、蘇武のもとを訪れます。蘇武はすでに数年間冬の寒さを乗り越えています。
 いまは、漢も匈奴も、どうでもいいものになっている。しかしそれを、言葉で李陵に説明するのは難しかった。
 国がどうあろうと、寒さを凌げるわけではない。言えば、それだけのことになってしまう。
「飲むか、李陵?」
「ああ、この酒には、馬乳酒とはまた違う趣がある。俺は、嫌いではない」
「もっとうまい酒が造れそうな気がする。それで酔えれば、俺はそれだけでいい」
「冬を、何度も越した男の言葉だな」
「俺は、生きていた。そして、これからも生きる。そう思っている」
「生きるとは、なんなのだ。俺は族滅を受けた時に、ほんとうは死んだのだろうか?」
「人は、何度でも死ぬのだ、李陵。この世が生きるに値しないと感じたら、たやすく死んでしまう。死んでもまだ、何かが続いている。そう考えると、死ぬことも生きることだと思う」
「難しいもの言いをする。昔からそうだったかな?」
第6巻読了 (2012/2/8 記)

 本書は、これまでの北方さんの中国もの時代小説とはちょっと違う気がしてきました。得意の戦闘シーンは少し控えめにして、心理描写に力を入れておられるようで、匈奴の将軍頭屠、李陵、蘇武、司馬遷らの伝を連ねたと言う構成になっています。もちろん、武帝劉徹も登場はしますが、ちょっと影が薄い・・・(笑)
 一部をご紹介しましょう。蘇武が自分の節を守るため、匈奴に降らず北の地に流されてそこで生きているところです。
いま死は、考えるより、ただ寄り添っている影のようなものだった。
「誰だって、いつかは死ぬ。帝であろうが、単于であろうが、死ぬときは死ぬ。」
 ならば、いまの幸福感を、率直に喜んでもいいのではないのか。俘虜としてここにいるが、屈服せず、ひとりで生き抜いている。
 長安に残した家族のことを考えれば、胸が張り裂けそうになる。使節の使命も、忘れてはいない。それもこれも、冬の寒さは凍らせてしまうのだ。空が割れた時に襲ってくる、あの生きもののような寒さは、蘇武のすべての情念を凍らせた。
「生き延びる。俺は、なんとしてもでも生き延びる。生き延びることが、いま俺がやるべきことなのだ。」
 寄り添っている死にむかって言うように、蘇武は大声で言い放った。
第5巻読了 (2011/10/22 記)

 第2巻から第4巻を続けて読みました。
 北方さんの書く中国もの時代小説はおもしろいし、読みやすいのだけれども・・・。
 こういっては失礼だと思いますが、ちょっとマンネリ?
 あるいは、読む側の読み方がマンネリになってしまっているのかもしれませんが・・・。
第4巻読了 (2011/9/17 記)

 とりあえず第1巻を読みましたが、「三国志や水滸伝、楊令伝と似ているなぁ」というのが第一印象でした。
 武帝は漢第7代皇帝、漢王朝の絶頂期を極める人で、泰山で封禅の儀を行い、南征を行い、晩年には不老長寿の秘薬を求めるなど秦の始皇帝と似ているというイメージがあります(もしかしたら後を追っていたのかも)。若い頃は颯爽とした君主で国を治めますが、歳を取ってからの行動は「何をやってるんだろうか」という感じ。小説の題材としてはおもしろいような気がします。
 本書の題名は『史記』、副題が『武帝紀』となっているところを見ると、もしかしたらこのあとには本紀や列伝が控えているのだろうか。そうしたら全何巻になるか、想像もつきません。(笑)
第1巻読了 (2011/8/14 記)

武帝紀(1)
第1章 臥竜<(がりゅう)>   第2章 遠き地平<( )>    第3章 落暉<(らっき)>    第4章 鐘鼓<(しょうこ)>   第5章 征戍<(せいじゅ)>  
匈奴の侵攻に脅かされた時代。
若き武帝・劉徹は、状況を打開するため、張騫を西域に派遣した。
奴僕として生きてきた一人の漢。
彼は、類稀なる武才を揮い、劉徹の前に突如その姿を現した。
漢の名は、衛青―。
刮目せよ、英傑たちの物語を。
慟哭せよ、天道を求めし漢たち。
心せよ、北方「史記」ここに刊行!中国史上最大の史書を壮大なスケールで描く、待望の第一巻。

武帝紀(2)
第6章 天蓬<(てんぽう)>あり 第7章 草棘<(そうきょく)>の果て 第8章 無窮<(むきゅう)> 第9章 柯條<(かじょう)>あれども 第10章 白塔朱樓<(はくとうしゅろう)>
若き武帝・劉徹は、匈奴の脅威に対し、侵攻することで活路を見出そうとしていた。
戦果を挙げ、その武才を揮う衛青は、騎馬隊を率いて匈奴を撃ち破り、念願の河南を奪還することに成功する。
一方、劉徹の命で西域を旅する張騫は、匈奴の血で囚われの身に―。
そして、激動の時代のなかで、若き二人の才が芽吹こうとしていた―。

武帝紀(3)
第11章 軍麾<(ぐんき)>の日 第12章 旄節<(ぼうせつ)> 第13章 九天<(きゅうてん)>の業 第14章 天籍<(てんせき)>は遠く 第15章 春蕉<(しゅんしょう)>
中国・前漢の時代。武帝・劉徹の下、衛青の活躍により匈奴から河南の地を奪還した漢軍は、さらに若き霍去病の猛攻で、匈奴に大打撃を与えるのだった。一方、虎視眈々と反攻の期を待つ、匈奴の頭屠。漢飛将軍と称えられながら、悲運に抗えきれぬ李広。
英傑去りしとき、新たな武才が現れる―。

武帝紀(4)
第16章 八裔<(はちえい)> 第17章 泰山封禅<(たいざんほうぜん)> 第18章 情緬<(じょうめん)>の日々 第19章 首丘<(しゅきゅう)> 第20章 霑赤<(てんせき)>の汗
中国・前漢の時代。
衛青と霍去病の活躍により、匈奴に奪われた河南を奪還した武帝・劉徹は、その勢力を西域へ伸ばそうとしていた。
だが、その矢先、霍去病が急死し、劉徹の心に深い影を落とすのだった―。
泰山封禅に参列できずに憤死した父の哀しみを背負い、その遺志を継ぐ司馬遷。
軍人を志し、衛青がその才を認めるほどの逞しい成長を見せる李陵。
そして、文官として勤しむ蘇武は、劉徹より賜りし短剣を胸に、匈奴の地へ向かう。

司馬遷、李陵、そして蘇武。
過酷な運命を背負った者が、出会い、時が動きはじめる。

武帝紀(5)
第21章 昧旦<(まいたん)> 第22章 離憂<(りゆう)> 第23章 哽咽<(こうえつ)>の地 第24章 坑殺<(こうさつ)>の時 第25章 孤負<(こふ)>の砂
時は、前漢時代の中国、漢の第七代皇帝・劉徹の治世。匈奴との戦いで、大きな戦果をあげてきた大将軍・衛青を喪った漢軍は、新たに単于を据えた匈奴の侵略を許すようになっていた。勢いに乗る匈奴は、将軍頭屠の活躍により、漢の主力部隊である李広利軍三万を、圧倒的な強さで敗走させるのだった――。
匈奴の精鋭部隊が待ち受ける地に、わずか五千の歩兵で進軍する李陵。信節を捧持しながら、匈奴の地で囚われの身となった蘇武。そして、司馬遷は、全てを喪ったその冷徹な筆で、時代に流されようとする運命をつづり続ける。壮大なスケールで描く、北方「史記」慟哭の第五弾!

武帝紀(6)
第26章 懐抱<(かいほう)>は淡く 第27章 それぞれの<( )> 第28章 <(ろつこつ)>の地 第29章 <( )>にありて 第30章 黄濁<( )>
信義は極寒の地に消え、絶望は刃となり故国を討つ。
李陵と蘇武、宿命の再会へ。
壮大なスケールで描く、北方「史記」佳境の第六巻。

武帝紀(7)
第31章 激楚<(げきそ)>流るる中 第32章 崎嶇<(きく)> 第33章 塊然<(かいぜん)>たり 第34章 雲漠<(うんばく)>の中 第35章 断蓬<(だんほう)>
中国前漢の時代。
武帝・劉徹は、自らに迫る老いを自覚し、漠然とした不安を抱いていた。
宮廷内では巫蠱の噂が蔓延り、疑惑をかけられた皇太子は、謀反の末、自死を遂げる。
さらに国内の混乱を払拭せんとするかのように、匈奴との最後の戦いが迫る。
敗北を続ける李広利は、その命を賭け、匈奴の将軍の首を執拗に狙う―。
故国への想いを断ち切るかのように、最後の戦に向う李陵。
亡き父の遺志を継ぎ、『太史公書』を書き上げる司馬遷。
そして、蘇武は、極寒の地で永遠の絆を紡ぐ。
壮大なスケールで描く、北方「史記」武帝紀・感涙の完結。

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