刺客列伝

伴野朗 著
実業之日本社


 司馬遷は『史記』の中に「刺客列伝」を残していますが、昔から中国では(日本でも)自らを捨てて義を通すという英雄的な行為が好まれていたようです。日本の「忠臣蔵」はまさに同じものでしょう。「刺客列伝」という書については宮城谷さんの「史記の風景」で紹介されていたので知っていました。また、歴史小説の中にも挿入されることが多いので断片的には知っていましたが、本書にはまとめてあるので楽しむことができました。
 刺客とは暗殺者のことです。勿論、暗殺という行為は卑劣なものですが、物語としては面白いものです。暗殺する方にも、暗殺される方にもそれなりの事情があるのですが、「刺客」として描かれる人々は単にお金で雇われた人ではない。予譲が言ったように「士は己を知る者の為に死す」というのが彼らの美学なんですね。

魚腸剣<(ぎょちょうけん)>
 春秋時代、呉の伍子胥<(ごししょ)>と公子光のために専諸は呉王僚を暗殺します。宴会の魚料理の腹の中に剣を隠して、料理人に成り変わって呉王僚に近づき、刺し殺したところからこの剣は魚腸剣と呼ばれることになりました。
 その後、公子光は呉王闔廬<(こうりょ)>となり、伍子胥と孫武(孫子)の活躍により、楚を滅亡寸前まで追いつめますが、それは別の話。

勇士は還らず
 クーデターにより呉王となった闔廬を打つべく、公子慶忌は他国の援助を受け呉に進んでいました。慶忌は知力・体力・胆力のすべてを持つ英傑ですが、彼を暗殺するために伍子胥が差し向けたのは見かけは勇士とも思えない要離<(ようり)>でした。
 このお話では暗殺される慶忌がカッコいい。自分を刺した要離を部下が殺そうとすると、「この男を殺してはならぬ。殺せば一日に天下の勇士が二人も死ぬことになる。」なんてセリフを吐きます。

己を知る者のために
 春秋時代末期、予譲は自分を国士として遇してくれた智伯のために、智伯を討った趙襄子<(ちょうじょうし)>の暗殺を試みます。最初に失敗したとき、趙襄子は「この男は義士である」として赦します。二度目に失敗したときはさすがに赦すわけにはいかず、殺すことにしますが、予譲は趙襄子の服を借りてそれを斬ることで仇に報いたいといいます。それが赦されると趙襄子の服を三度引き裂いて自刎して果てるのです。
 趙襄子は予譲の遺体を義士として手厚く葬らさせ、こう言います。「予譲は智伯を生かすことを知らず、智伯もまた予譲を生かすことを知らなかった。智伯が予譲を殺し、予譲が智伯を殺した、ということか・・・」

義士、赴くところ
 聶政<(じょうせい)>は自分を勇士と認めてくれた厳仲子の仇を晴らすべく韓の宰相侠累を狙います。侠累の警備は厳しいのですが、ついに暗殺を成功させます。
 その後がすごい。暗殺を成し遂げた彼は、自分の親族や厳仲子に禍が及ぶのをおそれ、自分の顔の皮を剥ぎ、目玉をえぐり出し、腹から腸を引きずり出すのです。その後もあって、彼の行いを知った姉聶栄はこれを行ったのは自分の弟であることを言って、自分も胸を刺して死んでしまうのです。弟が義士であるのに、世に知られることなく死んでいったことが不憫だったのですね。

易水去りて
 秦の始皇帝を暗殺しようとした荊軻<(けいか)>は今一歩の所で失敗し、殺されてしまいます。荊軻と心を通じていた高漸離<(こうぜんり)>は荊軻の果たせなかったことを自分が果たそうとしますが、二度失敗して八つ裂きにされてしまいます。
 この物語は刺客列伝の中でも最も有名なものです。
 荊軻が作った「易水の別れ」という歌は涙なくては読めません。

 風瀟々として易水寒し
 壮士ひとたび去って、復び還らず

漢宮の秋
 漢の高祖劉邦の死後、皇后の呂后が帝位を簒奪します。呂后は高祖晩年の寵姫、戚夫人を憎み、高祖亡き後、両手両足を切断し、目玉をくり抜き、耳に焼き針を突き刺し、無理やり声を奪う薬を飲ませました。その上で便所に放り込むというなんとも残酷なことをやったのです。
 戚桃は戚夫人の妹で、呂后に復讐しようとしますが失敗してしまいます。

楼蘭<(ろうらん)>を滅ぼした男
 <()>介子<(かいし)>は鋭利な頭脳を持っていたが、肉体的条件は恵まれていませんでした。介子は野心的な少年で、なんとか列候になろうと立身出世の道を探っていました。
 介子は二人の壮士を従えて楼蘭王安帰を暗殺して念願の列候に封ぜられます。この話は他と違い、義のために刺客となるというものではないので、後味がよろしくありません。

 初出書誌:
  魚腸剣    (週刊小説 '90年12月16日号)
  勇士は還らず (週刊小説 '90年4月27日号)
  己を知る者のために (週刊小説 '91年2月15日号)
  義士、赴くところ (週刊小説 '91年5月24日号)
  易水去りて  ('89年7月集英社刊「孫策の死」より)
  漢宮の秋   (週刊小説 '91年10月25日号)
  楼蘭を滅ぼした男 (週刊小説 '92年1月31日号)

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