士は己を知る者のために死す

伴野朗 著
集英社


 中国の戦国時代(403BC〜221BC)は大小さまざまな国が争う弱肉強食の時代ですが、多くの英傑や諸子百家と呼ばれる天才達が活躍した歴史上とても興味ある時代でした。この前の春秋時代と合わせて「春秋戦国」と呼ばれ、才能・実力のある人々がとても生き生きと活躍した時代です。
 戦国時代には舌先三寸で諸国を巡る人々がいました。また、諸侯もこれらの才能ある人々を数多く抱え「食客」として遇するようになりました。その中でも本書に描かれた「戦国の四君」と呼ばれる4人は食客数千人ともいわれるほど多くの食客を抱えていました。これらの食客は主人に雇われているわけではなく、あくまでも自由な立場で世話になるという面白い関係でした。勿論、主人に何かあれば、義侠的に動くのです。
 本書はこの戦国の四君を巡り歩く竺夏<(じくか)>という人物鑑定の才能ある人物が主人公です。単に人物を描くのではなく、一人の人物の目を通して戦国の四君を描くというところが面白いところです。

斉・孟嘗君<(もうしょうくん)>
 孟嘗君は戦国の四君のなかでも、最も有名な人でしょう。斉の公子で姓は田、名は文といい、食客数千人といわれています。彼は多くの食客を抱えていたおかげで彼らの特殊才能で窮地を脱したときの「鶏鳴狗盗」という逸話が有名です。
 私の敬愛する宮城谷さんに孟嘗君を主人公とした大作がありますので、こちらを参照していただきましょう。(手抜きすいません・・・)

趙・平原君
 平原君は信と義の人ではあるが、目先の利に目がくらみ大局を見極めるという点で甘さのある人でした。
 平原君の妻妾(張燕)が足の悪い男の歩き方を見て笑いました。その男は平原君に「君は士を尊んで女色を軽んずる人と言われれています」といい、笑われた悔しさを晴してくれるように頼み込みます。平原君はその場では「その通りにしよう」と言いますが、食客の前で「こんなことで張燕の首をはねることは出来ないだろう」というのです。その日から食客達は一人、二人と彼の元を去っていきほとんどいなくなってしまいました。その理由がわからない平原君は残っていた食客に尋ねると、「その場限りの方便を言ったこと」だと言われます。士よりも女色を重んずると思われたのです。それを聞くと直ちに張燕の首をはねて男に詫びました。男は泣いて喜び、去っていった食客達は一人、二人と戻ってきました。
 司馬遷は『史記』「平原君虞卿列伝」でこう評しています。
 平原君は、飛鳥が翩々<(へんぺん)>として得がたいように、濁世に得がたい佳公子である。だが、治国の大体を見ることに暗い。俗諺に「利は智を<(くら)>くする」とある。平原君は、馮亭の邪説に心がくらみ、趙に長平で四十余万の犠牲を与え、邯鄲は危うく滅亡しようとした。

魏・信陵君
 司馬遷は信陵君を四君の中で最も高く評価しています。
 ―― 私は大梁の廃墟を訪ね、いわゆる夷門なるものを訪ねたところ、夷門は城の東門であった。
 天下の諸公子にも士を好むものはあるが、信陵君は、厳穴に隠遁する賢者に接し、微賤の者と交わるのを恥としなかった。当時、信陵君の名声が、諸侯随一であったのは当然で、決して虚名ではない。
 漢の高祖が大梁を過ぎるごとに、民に永く奉祀させたのもまた道理あることである。

 信陵君は義侠を重んじ、たとえ王を欺いても国のためには果敢に行動する人でした。また、相手が賤しい身分の人であってもその才を重んじ、分け隔てなく交際をするという人でした。まさに小説の題材としてはピッタリの人ですね。

楚・春申君
 春申君は他の3人とは違い、公子ではなく遊説の士から昇った人です。また、才能は抜群で一国の宰相を他にいないほど長く務めました。彼が宰相をしていた時代、荀子など才のある人を用いて大いに国力を高めました。
 しかし、彼の死後、楚は著しく衰えて数年後には秦に滅ぼされてしまいます。秦の始皇帝は天下統一を成し遂げ、戦国時代も終わりを告げるのです。

 司馬遷は『史記』「春申君列伝」でこう評しています。
 ―― 私は楚に行って春申君の古城・宮室を見たが、誠に壮大なものであった。初め春申君が秦の昭王を説得したことや、我が身を捨てて楚の太子を帰国させたことは、誠に明敏な知恵と言わなければならない。
 後に李園に死命を制せられたのは、耄碌したというべきであろう。古い諺に、「断ずべき時に断ぜざれば、かえってその乱を受く」とあるが、これは春申君が朱英の言を用いなかったことをいうものであろうか。

 初出誌:小説すばる
  斉・孟嘗君(「食客三千人−孟嘗君」改題) (1991年9月号)
  趙・平原君(「恵まれた男・平原君」改題) (1992年1月号)
  魏・信陵君(「義侠の男・信陵君」改題) (1992年6月号)
  楚・春申君(「女難の男・春申君」改題) (1992年12月号)




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