三国志逍遙

中村<(すなお)>/著 安野光雅/画
山川出版社


 本書を知ったのは新聞の下の方にある広告を目にしたからです。そこには、三国志ファンだったらたまらなく読みたくなるような文が載っていました。

陳寿の著した『魏書』『蜀書』『呉書』の原書に立ち戻り、曹操・劉備・諸葛亮の真の姿を映しだす。
訳文は読みやすい総ふり仮名付き。
安野光雅の画と中村愿の文が創り出す「三國志」の境地。
 本書を読んだ感想は、「う〜ん、この人は思いこみがちょっと強いんじゃないかなぁ・・・(生意気言ってごめんなさい)」というものでした。曰く、曹操英雄論と劉備小人論、それに諸葛亮山師論という感じでしょうか。最初の2つは納得しますが、最後のものは・・・

 中村さんは、現在残っている『三国志』に本文以上に書き込まれている裴松之の注が気に食わず、これを削除して読んだのだそうです。裴松之の注には陳寿が棄てたであろうようなものを引用していて、それが後世に誤ったイメージを残すことになった原因だというのです。裴松之が引用したもので、本書でメチャクチャに言われているのが、范曄の書いた『後漢書』。献帝が曹操を誅殺せよという密詔を書いて董承に渡したという「密詔」事件の記述を例にして以下のように書かれています。興味のある方は本書を読んでいただくとして、ちょっとだけさわりだけを引用します。
 これらを虚心に読めば、事件は董承と劉備がたくらんだものであり、陳寿は献帝が密詔をくだしたと断定していないことがはっきりしよう。
(中略)
 ところで、中国でもそうだが、日本の「三国志」研究者のあいだには「建安4年冬頃、献帝は舅の車騎将軍董承に密詔を与え、曹操を誅殺しようとした。しかしこの陰謀は発覚し、建安5年春正月に董承等は曹操によって殺されてしまった。」(美川修一「『三国志』−荀ケの死−」というように、献帝が密詔をくだしたと断定しているものが少なくない。
 これはどうしてだろうか。
 その理由は『後漢書』の記述を、鵜呑みにしていることにあるようである。
(中略)
 しかし、陳寿以上の新史料を示すことなく「密詔を受け」と明記しており、しかもこの記述に真実性を持たせるべく、献帝の第一夫人だった伏皇后の伝において大胆な脚色をほどこしているのである。
(中略)
 范曄の脚色(曲筆と言っていい)がうかがわれる。
(中略)
 范曄はとくに曹操にたいしては好意をもたず、以上に見てきたような筆法によって読者に悪感情をもたせるような表現は『後漢書』の随所(「孔融伝」「荀ケ伝」「皇后紀」など)で目につく。
 確かに、『三国演義』が世の中には広まっていて、曹操は悪人、劉備は善人というようなイメージがあるのはわかりますが、本書の指摘はちょっと行き過ぎのような・・・

 本書では諸葛亮(孔明)もバッサリと切り捨てられています。
 蜀漢に記録文書が殆ど残っていないのは、諸葛亮が意図的に都合の悪い文書を残さなかったのだと主張されています。また、諸葛亮の本質は、後世言われているような忠臣ではなく、『出師の表』についても以下のように書かれています。
一読して解ることは「出師の表」が劉禅と臣下ら(及び反諸葛亮派)に対して成都を留守にしている間の後事を指示した、事務的性格の強い文書だということである。
 それも強制と脅しを内に秘めた、死人に口なしの「先帝」の威厳を最大限に利用して、自己の功績と権威を控えめに強調し、さらに実力とは遠くかけ離れた妄想に近い軍事行動を、有無を言わさず承認させるための──。
(中略)
 「出師の表」が、先帝の威光を笠に着て、おのれの作った筋書き通りの忠臣を装う扇動家の文書にすぎないことは、もはや明白ではないだろうか。この敗戦によって七十余人の武将と1千人余りの兵士を失っても(諸葛亮自身による記述。「後出師の表」参照)、諸葛亮の心は痛まなかった。「出師の表」に蜀を支えつづけている民衆や兵士らへの思い遣りなど、欠片も探し出すことはできない。
 いやぁ、ここまで書かれると気持ちいいくらいです。
 ただ、本書に書かれていることが、参照されたと書かれている史料すべてなのかわかりませんので、ただ驚いているだけです。このような解釈もあるのかと。

 本書のうたい文句に「訳文は読みやすい総ふり仮名付き」とありますが、これをご紹介しましょう。
 この中で、原文を引用するときは[私訳@]の訳し方で書かれています。漢字のイメージを残し、日本語の意味をうまく追加されたような書き方でうまいと思いました。
 ただ、漢字とは直接関係ないようなルビにちょっと違和感を感じました(上の例で言うと「太祖」のルビに「そうそう」と書いているなど)。でも、これは好みの問題でしょうか。私としては、読んでいちにルビを読むのが段々煩わしくなってきて、このようなルビを付けるよりうしろに解説を付けてくれた方がいいかな、と思った次第です。

 あと、安野光雅さんの絵がたくさん載っており、これは筆者と一緒に行かれた「三国志の旅」で描かれたものだそうですが、これはおすすめです。本書の表紙もその絵のなかの一枚で、長江を描いた「劉備東征」という作品です。かなり細かいところまで印刷されているのですが、いかんせん、老眼の私にはメガネがないとよく見えないのでした・・・(笑)

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