NHK人間講座 三国志の英傑たち

講師 北方謙三
日本放送出版協会


 北方謙三さんの『三国志』はこれまで読んできた「三国志」からはそのイメージを一新するほどの出来、というか私にとってはお気に入りの作品でした。その作者である北方さんがNHK教育テレビの「人間講座」でその熱い思いを語ってくれましたが、本書はそのテキストです。

 講座は全9回で、各25分間の番組です。

第1回 『演義』と『正史』のあいだに

 北方さんが『三国志』を書き始めるまでのエピソードを紹介されています。
 それまで『武王の門』に始まる「南北朝」を題材にした作品をはじめ、日本を舞台にした作品で書ききれなかったものが胸のつかえのように残っていたそうです。しかし、三国志を題材にすることで、書ききれなかったこともリアリティのあるダイナミックな作品として書けると確信されたそうです。
第2回 男と男が出会うとき
 『三国志』を書き始めるときにまず考えていたことは、「男と男の出会い」を書くということしかなかったそうです。
 それは、有名な「桃園の契り」のようなものだけでなく、たとえば、劉備と曹操、呂布との間の苛烈な殺し合いですら、出会いというものの一つの形と考えて書こうと。義兄弟となるにしても、殺し合いをする敵同士となるか、いずれにしてもこの「出会い」をどれだけ激しく深く描けるかが最大のテーマになると考えたそうです。
第3回 戦わずして負けた諸君に訣別す
 『三国志演義』では善玉である劉備に対する最大の悪役として描かれている曹操への思いです。
 北方さんは
  孤高の戦人(いくさびと)、曹操
 といわれ、彼こそ「三国志」という物語の中で戦い続けることに最も純粋な戦人だったのではないかといわれています。そして、群雄居並ぶ三国時代で最も英雄らしい英雄は曹操であると。
 この意見は私の思いと同じなのでうれしくなってきました。
第4回 無敵の騎馬将軍
 『三国志演義』では親殺しの汚名をかぶった、単にいくさの強いやつで野望もなく、知略にも計画性にも欠けた武将として描かれている呂布のことを語られます。
 北方『三国志』を最初に読んだときに、ガーンとショックを受けるのは呂布のことでした。北方さんの話を聞いて、やっと納得しました。北方さんは呂布のことを考え、彼の性情を空想するうちに心を惹かれてしまったのです。
第5回 江南に結ぶ夢
 「三国志」の中で劉備(蜀)・曹操(魏)と並ぶもう一国(呉)の主役、孫堅・孫策・孫権の親子について語られます。
 孫堅、孫策ともに道半ばで倒れてしまいます。孫堅は陰険な野心家だったといわれていますが、彼らはまさに戦人だったのだろうと考えておられます。孫策は流れ矢に当たって非業の死を遂げた父親孫堅の遺志を受け継ぎ、江南の地を平定してこれから・・・というところで謎の死を遂げます。孫策の思いを受け継いだのは友人であった周瑜と弟であった孫権でした。
第6回 長江燃ゆ
 有力なライバルたちを次々とうち破り、曹操は全土を平定する一歩前、あと残った有力なライバルは呉の孫権のみでした。曹操は大軍勢を率いて乗り込んできましたが、その結果は曹操側の数千艘の船が燃え、砦が燃え、その炎が長江の対岸を赤く染めました。曹操が最大の敗北を喫した「赤壁の戦い」について語られます。
第7回 天下三分の計
 天下統一を目の前にしていた曹操が赤壁で大敗北を喫し、勝利した呉の時代が訪れるかと思われましたが、「天下二分」をめざしていた周瑜が急死してしまいました。その一瞬の隙を衝いて急成長したのが劉備陣営でした。劉備は現実的な「天下三分」を目指しましたが、その立役者は劉備の軍師諸葛亮でした。
 北方さんは諸葛亮のことを「三国時代の主人公たりうる最後のカリスマ」といわれています。
第8回 合戦から詩歌まで
 周瑜・関羽・曹操・張飛・劉備・・・と主要人物のほとんどが死んでしまったところで、ちょっと目線を変えて、軍学や陣構えといった戦のための方法論、宗教、医学、文芸といった乱世の中で花開いた文化・風俗について眺め、社会のありようを語られます。
第9回 滅びの物語としての「三国志」
 滅びの物語『三国志』を書くにあたって、北方さんの思いをまとめておられます。
 いずれ人間は生まれたときから死に向かうしかない。それならば、精一杯生き、鮮烈に死にたいではないか。鮮烈に死ぬためには、鮮烈に生きることが必要だ。それができた人物だけが、死んでもなお人の心の中で生きつづけることができる。
 これを実行しようとしたり、現実の世界に持ち込もうとすれば困難も多い。それならば、せめて小説の中くらいは、死んでもなお心の中で生きつづけるような人物を描きたいと、ぼくは思う。小説を読まなくても死にはしないが、人には小説を読んでよかったなと思える瞬間が必ずある。人が生きる、そのことの意味をきちんと捉え、描写した小説との出会いというのも、その瞬間の一つではないだろうか。ぼくは『三国志』を書きながら、精一杯生きた人物をきちんと描く、そのことばかり考えていた。

 

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