正史三国志 群雄銘銘伝

坂口和澄 著
光人社


 日本人は「三国志」を昔から好きとみえて、三国志の解説本がたくさん出版されています。バブル時代のブームが過ぎてからは多少落ち着きましたが、まだ本書のような本が出版されるところを見るとやっぱりかなり根深いものがあるのでしょう。
 ちょっと前に読んだ『三国志 人物縦横談』といい、本書といい、かなり「重たい」本に会いました。この2冊は三国志に登場する人物を紹介しており、三国志以外の書からも引用しているところが似てはいますが、ちょっと色合いが異なっています。前者を書かれた高島さんは研究者という色合いに対して、本書を書かれた坂口さんは三国志ファンのライターという色合いでしょうか。
 『三国志』は「紀伝体」で書かれた史書で、「紀」や「伝」によるいろいろな人物の記述により歴史が書かれています。従って、同じ人物がいろいろな場面に登場し、時によっては全く逆のイメージで書かれていることもあります。本書(のような本)は、これらを人物毎に再構成して人物の姿を描こうとするものです。本書にはこのように書かれています・・・
 正史人物事典の決定版。全562人の生涯を読む! 中国の歴史小説の傑作「三国志演義」。その1000年前に書かれた原典・正史「三国志」から三国時代の官制解説、地名一覧まで網羅した、小説と歴史をつなげる一冊。
 本書の題名には「正史」と書かれていて記述も正史に基づくものをベースにしたものをメインにしているのですが、上記にも書かれているように内容には『三国志演義』の影がかなり濃く差していて、正史の内容を書いたあとに「演義では〜」というふうに記述されているのが多く見られます。それならそうで、「演義」に関することの分量をもう少し増やした方が良いと思いました。どっちつかずで、ちょっと中途半端な感じを受けましたが、これを読むような人は「正史」も「演義」もある程度知っている人、という前提を置かれているのかもしれません。
 本書の特長として前書きに以下のように書かれています。
  1. 全体の構成 全登場人物562人を単純に五十音順に排列することを避け、魏・蜀・呉・後漢に分けた。(以下略)
  2. 読み始めはどこからでも 冒頭から通読しないで、まず興味ある人物から始めていただければ、それでいい。(以下略)
  3. 主観的な記述を避けない 史書に客観的歴史があろうはずはなく、既に第一次史料選択の段階で著者の主観が入り込んでいる。
    「客観性」を求めるあまり、血が通っていない評伝を、私たちは数多く見てきた。本書では著者の好悪の感情も直截に記した。
  4. ビジネス書的記述を避けた 悪しき風潮の一つに、歴史書をビジネスに搦めて論じる例があり、『三国志』もこの例に漏れない。が、ここでは一切触れない。(以下略)
  5. 子孫について略述 (以下略)
  6. 人名は原典通りの正字で 歴史上の人名は、「当用漢字字体表」に拠らず、原典通りの表記に従った。たとえば「カンウ」(クワンウ)は関羽とせず關うとする。古人の著作に敬意を表するとともに、人の名を勝手に改める不遜を畏れたからである。
     なお、人名ではないが假(カ・かり)・缺(ケツ・かく)・辯と辨(ベン)・豫(ヨ)・藝(ゲイ)・等は正字を用い、仮・欠・弁・予・芸をを用いていない。
    (以下略)
 というこだわりようで、私の好みとかなり一致しています。ただ、上記(6)のこだわりには「ちょっとねぇ」という感じ(もちろん各人のこだわりなので、良し悪しということではありません)。漢字の使い方にこだわるのは好きですが、字体にまでこだわるのはどうかなぁと思っています。まぁ、これは好みの問題ですから、ここまでこだわって書かれたということには敬意を表していますが・・・
 ただ、重箱の隅をつつくようでちょっと申し訳ないのですが、いろいろと「あれ?」と感じたことがありました。例えば、人名に「郭圖」と書いておられるのはいいのですが、すぐあとに「再起を図った」とか使い方にちょっと一貫していないところがあります。あと、「遊俠の徒」などとかかれていますが、こだわるのなら「游俠」でしょう。他にもいろいろありましたが、内容は忘れました。(笑)

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