臨安水滸伝

井上祐美子 著
講談社文庫


 臨安とは南宋の都、杭州のことです。時代も近いし、前に読んだ『水滸伝』となにか関係があるのかと思いましたが、なにも関係ありませんでした。杭州といえば長江のほとり、そして胸のすくような英雄の活躍ということで作者は「水滸伝」という名を冠したのでしょう。
臨安で漕運(水運業)を営む夏家の二貴公子・風生と資生。
年は若いが思慮にとみ「少爺」と呼ばれる風生と、闊達で真直ぐな資生は、強い信頼で結ばれた従兄弟同士である。
名将・岳飛を陥れた巨魁・秦檜<(しんかい)>、風生を慕う臨安随一の妓女・王雲裳など魅力的な登場人物を配し、壮大にして繊細に描く武侠小説の傑作。
 ちょっと「武侠小説」というのには抵抗がありますが、なかなかおもしろかったです。作品全体の雰囲気はなんとなく江戸時代、しかも元禄の頃を彷彿させます。
 序章は猫の話で、ちょっと意表を衝かれました。
 臨安は刺激の強い街だった。白日賊といわれる詐欺や盗賊が常に横行して、扇情的な話題には事欠かなかった。
「猫を、外へ出すんじゃないよ。絶対に、出すんじゃないよ」
 その老人は、毎朝家を出る時に、かならず奥に向かってそう念をおした。
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 奥といっても、せいぜい二間あるかどうかの小屋である。杭州が臨安と呼ばれるようになってしばらくたつが、住宅事情は悪くなるばかりで、その日暮しの庶民が城内に一軒家を持つなど、夢のまた夢。その老人も数階建ての家の一階の一部を借り、妻とふたりで暮していた。
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 最初、同居人たちはその女を、老人の娘だと思っていた。それほど年齢が離れていたのだが、狭い家の内のこと、ふたりの会話は自然にはいってくる。女が北から避難してくる途中、家族と生き別れ、老人に救われて妻になったということまで、ひと月たたないうちに、その家の全員が知るようになった。
 といったあんばい。中国ものにちょっと抵抗のある人でも大丈夫です。(笑)

 南宋といえば、北方から興ってきた金に圧迫されるように南下してきた政権です。皇帝を二人までも北へ拉致されましたが、金と全面対決する力はありません。もともと、宋という国は趙匡胤が建てた中原の王朝ですが、創業からの文治主義による官僚国家であったため、軍が弱く外部からの侵入に苦しんでいました。そして、金の侵入に耐えきれず江南に逃れたのです。
 そのころ宋には有名な岳飛という強い将軍が現れ、金の侵入を食い止めていました。しかし、ときの宰相秦檜は金と講和し、講和に反対していた岳飛を獄死させてしまいました。この一件で秦檜は奸臣の典型という烙印を押されてしまうことになります。臨安にも秦檜を憎む人が大勢いました。

 風生と資生という水運業を営む夏家の二人の若者と風生を慕う臨安随一の妓女・王雲裳、憎まれ役の秦檜、そして秦檜暗殺を目的として北からやって来た謎の男。それのまわりに怪しげな宦官、張太監や夏家の商売敵崔家が繰りひろげる冒険活劇です。
 獄死した岳飛は莫大な軍資金を隠していると噂されていました。そして、いつか岳家軍を再興するのだと。岳飛を殺したと言われている秦檜はこの軍資金を手に入れようと企みますが、・・・

 こう書いてしまうと、安っぽい話のようですが、いろいろな謎を織り込んでミステリー活劇に仕上げられています。秦檜もこの作品では渋い味を出しています。主役の風生がちょっとかっこよすぎのけらいはありますが、おすすめの作品です。

 臨安水滸伝

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