陰陽師 おんみょうじ

夢枕獏 著
文春文庫


 平安時代に対する私のイメージは乏しくて『今昔物語』や『竹取物語』、お伽草子などを通して、この時代には鬼や魑魅魍魎<(ちみもうりょう)>の類がいたんだろうなぁ・・・という程度の認識しかありませんでした。某掲示板で何人かの方に背中を押されたのが本書を読むきっかけになりました。(平安時代の名作はなんといっても『源氏物語』でしょうが、新訳本が出版されて話題になることも多いですが、こちらは未だに手を伸ばしかねています)
 いまでこそ映画やテレビで本書の主人公、安部晴明の登場するものがかなり取り上げられていますのでかなり知名度は高いと思われますが、本作品が出版されたころはそれほど知名度がなかったのでしょうか。導入の部分に説明を書かれています。

 奇妙な男の話をする。
 たとえて言うなら、風に漂いながら、夜の虚空に浮く雲のような男の話だ。
 闇に浮いた雲は、一瞬前も一瞬後も、どれほどかたちを変えたようにも見えないが、見つめていれば、いつの間にかその姿を変えている。同じ雲であるはずなのに、その在様<(かたち)>の捕らえどころがない。
 そんな男の話だ。
 名は、安部晴明<(あべのせいめい)>
 陰陽師である。
 (中略)
 平安時代――
 闇が闇として残っていた時代で、人々の何割かは、<(あや)>しのものの存在を確実に信じていた頃である。遠境<(えんきょう)>の森や山の奥ではなく、人も、鬼も、もののけも、同じ都の暗がりの中に、時には同じ屋根の下に、息をひそめて一緒に<()>んでいたのがこの時代である。
 ――陰陽師。
 分かり易く言うなら、占い師とでもいうことになるであろうか。幻術師、拝み屋という言い方もできようが、どれも適確なものではない。
 陰陽師は、星の相を観、人の相を観る。
 方位も観れば、占いもし、呪詛<(すそ)>によって人を呪い殺すこともでき、幻術を使ったりもする。
 眼に見えない力――運命とか、霊魂とか、鬼とか、そういうもののことに深く通じており、そのようなあやかしを支配する技術を持っていた。

 本書は短編小説6編を収めたものです。
玄象<(げんじゃう)>といふ琵琶<(びは)>鬼のために<()>らるること
梔子<(くちなし)><(ひと)>
黒川主<(くろかわぬし)>
<(ひき)>
<( )>のみちゆき
白比<(しらび)>丘尼<(くに)>
 全編不思議なお話で、源博雅朝臣<(みやもとのひろまさのあそん)>という武士と晴明のコンビが謎を解いていくというものです。とても読みやすく、平安時代の雰囲気を感じられるのでその雰囲気を楽しむという趣があります。 私がいうのも何ですが・・・(笑)

 私が一番気に入ったのは、「鬼のみちゆき」という作品です。
 ひょんなことから博雅が受け取った文から謎が広がります。その文には
かけたるはうしとこそ思へ たまさかに車は何の心をかやる
という歌が書かれていて、龍胆<(りんどう)>の花が添えてありました。博雅は顔を赤らめながら晴明に相談しに来たのでした。晴明はその頃、都を騒がしていた事件とこの文の関係を見抜きます。

 ある人に、『陰陽師』は私には「甘い」のでは? と言われました。読むまではその意味がわかりませんでしたが、読み終えた後わかりました。なるほど、古代中国ものにどっぷりと浸っている私には、「甘い」ものでした。
 この作品が今の人々に好まれるのもわかりました。能率とか、生産性とか、ビジネスとかに縛られている現代人にとって、この作品の舞台である平安時代というのは、なんと魅力的なのでしょう。

 陰陽師

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