沖田総司 六月は深紅の薔薇

三好徹 著
人物文庫・学陽書房


 3年ほど前、浅田次郎さんの『壬生義士伝』から始まってしばらく新選組ものめぐりをしていた頃がありました。そのときには土方歳三を主人公にした作品をよく読んでいましたが、その中に登場する沖田総司はちょっと気になる人物でした。
 彼のイメージは明るい性格で誰からも好かれるタイプ、しかも剣の達人。しかし労咳には勝てず、若くして没してしまう。こんなイメージから、間違いなく彼が新選組の中でも女性の人気ナンバーワンでしょう。

 裏表紙に書かれている紹介文です。

※――九歳で試衛館道場に入門、
一九歳で代稽古を務め、浪士隊応募から新選組結成へ。
幕末の京にあって、殺戮の嵐の中に身を投じて行く
若き天才剣士沖田総司の、近藤勇との師弟関係、
土方歳三、山南敬助らとの心の交流を軸に、死が
日常的であった時代の青春を生き生きと描く。

※――薄命の人おあいとの淡い恋、
尊攘派浪士たちとの死闘、そして池田屋襲撃、喀血‥‥。
戊辰戦争での敗退へと続く新選組興亡の中に、
繊細かつリアルなタッチで描き出された美剣士沖田総司の
二十五年の短い生涯と、激流の時代に生きた人間の
哀しみを見つめた幕末青春時代小説の佳篇。
 本書では沖田は自分のことを「僕」といいます。また、彼の性格なのでしょう、どうも自分の若い頃と同じような感覚があります。幕末の、命のやりとりが日常的に行われていた時代ですが、彼だけは現代青年と同じような考え方という感じです。この点については、いろいろあったようで上巻の創作メモにこのように書かれています。
(前略)
「僕」という一人称に対して、ありえないことだという批判を執筆中耳にした。
「僕」は、すでに使われていた。安政五年に高杉晋作が江戸へ行ったさい、江戸から、久坂玄瑞にあてて手紙を書いたが、その一節に「僕も此節は学文の面目を大いに変じ申候‥‥僕愚鈍なりと雖も文章家として著述を致し‥‥」とある。安政五年は、総司らが上洛した文久三年の五年前である。
 副題にある「六月は深紅の薔薇」とは、若者たちが血と汗を流した60年安保闘争のときに愛唱された、作者不詳の詩の一節なのだそうです。その頃青春時代を過ごした作者は、その頃の若者の姿と総司とを重ね合わせたのでしょう。現代青年のような総司が殺伐とした幕末の京を走り抜ける姿には、それほど違和感を感じませんでした。
 乱世で狂ったような時代で、激しい闘争や斬り合いのシーンも多いのですが、あまり血のにおいを感じさせない作品でした。

 沖田総司 上  沖田総司 下

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