孟嘗君

 孟嘗君(もうしょうくん)は本名を田文と言い、戦国時代、斉・魏・秦の宰相となった人です。仁義をもって国を治め、食客を数千人も抱えていたといわれています。薛(せつ)と言う国の君主であったので、薛公とも呼ばれます。また、戦国の四君の一人です。(四君とは、孟嘗君の他、趙の平原君、楚の春申君、魏の信陵君です)
 彼の名前は宮城谷さんの作品にはよく登場しますが、私にとって特に印象深かったのは楽毅に登場していたからです。早く読みたい作品でしたが、全5巻という大作であり、今回ようやく読み終えることができました。
 本書では5巻のうち半分以上(4巻近く)が田文の養父である風洪(ふうこう)、後の大商人白圭(はくけい)の冒険物語です。孟嘗君が中心で活躍するのは最後の1巻だけ(^_^)。孟嘗君の他に公孫鞅(商鞅(しょうおう))・孫臏(そんぴん、孫子)・蘇秦(そしん)・張儀(ちょうぎ)・孟軻(もうか、孟子)などという戦国時代のスター(?)達が登場します。
 本書の中で、田文が鬱屈していて一番辛い時期のエピソードとして次のようなことを書かれています。宮城谷さんの多くの作品と同様、主人公の回りには多くの星がきらめいています。間違いなく、お勧めの作品です。

孟嘗君語録(その1)
田文(孟嘗君)がスランプに陥りました。友である夏候章との会話です。
 自分の道がまったく見えないのである。
「大愚とはわたしのことであろうよ」
 と、夏候章にいったことがある。夏候章はあかずに書物を読み続けている男である。その夏候章が顔を上げ、
「大愚は大賢に肖(に)ております。なんの愁えがありましょうか」
 と奇妙な喜びかたをした。
「肖ていてもそのものではない。大愚は大愚よ」
「文子、大いなる志は、四海を臨み、万里を望むものです。そういう者にとって、小成は大成の前のつまずきに過ぎません。太公望が釣ろうとしていたのは天下であり、一つの魚も釣らなかった愚者であったことをお忘れになってはいけません。大志をいだいている者は、大愚に見え、実際、大愚である時期があるのです」

(講談社 刊) 

 戦国時代、斉の国では重臣の田氏が君主の位を乗っ取り、太公望以来の呂氏に替わって君主となっていました。風洪(ふうこう)は元大夫の家に生まれたのですが、今は浪人となって斉巨という商人の荷を守る用心棒をやりながら妹を養っているという怪しい人物です。斉巨は風洪が守る荷は盗賊に襲われることはないといい、「福の神」と呼んで厚遇していました。風洪はある日、ひょんなことで一人の赤子を拾います。この子は斉の王族・田嬰(でんえい)の子で文という名でしたが、5月5日生まれということで不吉とされ、田嬰から「殺せ」といわれたのですが、母親の青欄(せいらん)は庭師の僕延(ぼくえん)に赤子をかくまってくれるようにと頼んだのでした。
 僕延は斉の警察長官とも言うべき職の射弥(えきや)に赤子を託しますが、そこにはもうひとりの赤子(女児)がいたのでした。数日後、僕延が射弥の宅を訪れると、そこに射弥夫妻の惨殺死体を発見するのですが、赤子はふたりとも消えていました。
 この頃、風洪は遊郭で射弥邸襲撃犯たちの会話を耳にしていたのです。その結果、家にいた赤子ひとりを助けることになりました。その子が文でした。もう一人の女児は誰で、どこへ行ったのか・・・。スリルとサスペンス、ミステリータッチの展開です。
 風洪は怪しい奴かとおもいきや、読んでいくうちになんと格好いい人物であることか。孫臏は、風洪は公孫鞅の器を上回ると評しています。後には白圭と改名して大商人の道を歩み、商人の神様と言われるようになります。洪水に苦しむ人々のために堤防を築いたりしています。

 孟嘗君の活躍が登場するのは、最後の方になってからです。孟嘗君に関係する故事として「鶏鳴(けいめい)狗盗(くとう)」と言う言葉があります。
 孟嘗君が秦の宰相であったとき、趙の武霊王の策謀により危うく暗殺されそうになりました。前にも書いたように、孟嘗君には数千人の食客がいましたが、その中には一芸に秀でた者が多かったのです。暗殺の計画を知った彼は密かに逃げ出す計画を立て、夜明け前に函谷関(かんこくかん)の関所を越えようとしたのですが、関所の門は鶏が鳴いたのを合図に開かれることになっていて夜中には通れないのです。彼に従う食客の一人にものまねを得意とする者がいて、鶏の鳴き声を発するとそれにつられて本物の鶏が鳴き始め、まんまと門を開けることに成功し無事に逃げることができました。これが「鶏鳴」です。また、狗盗とは、盗みのことであり、趙の武霊王の策謀に陥れられたとき、秦王の寵姫の口添えを得るために彼女の欲しがる「狐裘(こきゅう)」(狐の脇の下の毛を数千匹分集めて作られる貴重な衣服のこと)を食客の中から大変身軽な者を使って盗み出すことに成功したことを言っています。
広辞苑には、次のように書かれています。

○鶏鳴狗盗
[史記孟嘗君伝](中国の戦国時代、斉の孟嘗君が狗(いぬ)のように物を盗む者や鶏の鳴きまねの上手な者を食客としていたおかげで難を逃れたという故事から) ものまねやこそどろのようなくだらない技能の持主。転じて、くだらない技能でも役に立つことがあるたとえ。

(以下、2002/5/26 追記)

孟嘗君語録(その2)
田文(後の孟嘗君)が行方不明になった妻(洛芭)と子を捜しに食客の毛笛と旅をしてるところでの会話。
 黄河を渡りおえると斉の国である。
 隻真と洛芭を乗せた馬車がどこを通ったのか、さぐらなければならない。筏からおろされた馬車に手をかけた田文は、
「毛笛、なんじの目でも千里さきの影は見えぬか」
 と、笑いながらいった。
 超人的な視力をもった毛笛はまじめな顔を田文にむけた。
「文子、千里のさきをみるのは、心の目です」
「なるほど、なんじの目がすぐれているのは、いまわかった」
 心のなかで洛芭と子の影をうしなってはならぬということである。その影を見失わないかぎり、かならずもとめるものは、その影と合致するように目のまえに出現する。それを毛笛はおしえてくれた。

孟嘗君語録(その3)
田文(孟嘗君)が育ての親、白圭(風洪)が臨終の知らせを受けて駆けつけてきました。
 田文は白圭の手をさぐった。その手は乾いていた。自分を大きくしてくれた手は、この手だ、とおもうと田文は涙がとまらなくなった。白圭はしみじみと田文をみている。
「文どの、人生はたやすいな」
「そうでしょうか」
「そうよ‥‥‥。人を助ければ、自分が助かる。それだけのことだ。わしは文どのを助けたおかげで、こういう生き方ができた。礼をいわねばならぬ」
「文こそ、父上に、その数十倍の礼を申さねばなりません」
「いや、そうではない。助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ。文どのにいいたかったのは、それよ」
 白圭はそれから洛芭や斉召などに顔をむけ、長生きこそ人生の真の宝だ、といい、田文がいちど別室にさがったわずかなあいだに、息をひきとった。白圭の近くにいた者は、眠ったのだろう、とおもったほどのやすらかな死であった。

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