項羽を殺した男

藤 水名子 著
講談社文庫


 これまで読んだ作者の藤さんの作品にはファンタジー的なものが多かったのですが、本書は本格派中国歴史小説です。私としては題名からして期待させられたのですが、その期待に背かない作品でした。
 本書には5編の短編小説が収められています。

 本書の帯には「中国史上屈指の英雄の鮮やかな肖像」と書かれています。項羽といえば、なんといっても司馬遼太郎さんの『項羽と劉邦』が白眉ですが、こちらはどちらかというと劉邦が主役です。一方、本作品ではあくまでも項羽が主役で、本書に登場する劉邦は、宮城谷昌光さんの『香乱記』と同様に司馬さんの書かれた劉邦像をメチャメチャに打ち砕いています。(笑)
 本作品では項羽のそばにいる人々を描くことで、これまでのいろいろな作品とは視点を変えて項羽を描こうという意図で書かれています。宮城谷昌光さんの『長城のかげ』項羽版という感じでしょうか。

 後書きに作者はこう書かれています。

 たとえば、戦には滅法強いが政治的手腕には乏しく、非命に斃れる悲運の武将‥‥。
 日本で言うなら、さしずめ九郎判官源義経。
 だが、そんな英雄像を中国に求めたら、たった1人のそのひと──秦末漢初、彗星の如く登場する項羽という武将以外に、どうしてもその典型を見出すことができなかった。
 (中略)
 項籍なる者は、下相の人なり。字は羽。初めて起ちし時、年二十四‥‥に始まる『史記』の項羽本紀をはじめて読んだ十代の終わりから今日にいたるまで、私は彼に、長い恋をし続けているといえるかもしれない。
 だから、いつの日か彼を描くことがあれば、彼そのものを描くのではなく、彼に恋する気持ちを通じて、不器用にしか生きられなかった男の美しさを描きたい、と宿願してきた。
 しかし、恋にもさまざまな形がある。女が男に寄せる想い。そして、男から男に寄せられる想い。‥‥さまざまな形での、項羽という英雄に対する想いを綴った、これは恋文の連作集だと思っていただければ幸いである。

項羽を殺した男
 呂馬童は項羽と同郷で、しかもかつては項羽を英雄として憧れていた、遊び好きな若者たちの一人でした。そんな彼は項羽のもとを離れ、今は漢軍の司馬という立場にいました。馬童が劉邦のもとに参じたのは、もともと劉邦は誰より平凡で、無能そうに思えたからで、降ってきた敵の将兵を眉一つ動かさず<(あなうめ)>にするという項羽の酷薄な面を見て、ついて行けないと思ったからでした。
 馬童は垓下<(がいか)>で敗れ、落ちのびてゆく項羽を追っていました。項羽の首を取ったものには千金の褒賞と万戸侯の地位が約束されており、追う者たちはそれを手に入れようと目の色を変えていますが、馬童は「項王のすごさを知らないからだ」と醒めています。
 馬童は百人近くの敵を相手に堂々と剣をふるい、敵を切り伏せている項羽の姿を目にして、思わず「退けエーッ」と命じてしまいますが、その声に振り向いた項羽は笑って「久しぶりだな」と馬童に声をかけるのでした。

虞花落英
 項羽を見ていた。
 いつものように、ぼんやりと、ただとりとめもなく、春花は項羽を見ていた。
 あるいは見とれていた、といってもいい。
 麗春花とはあの虞美人のことです。春花と項羽の出会い、そしてつかの間の安穏な時間。この作品では女性から見た項羽を書かれていて、異色の項羽像でしょう。
 京劇などで演じられている、虞姫が「垓下の詩」を歌い舞いながら自らの命を絶つ「覇王別姫」のシーンは圧巻です。

范増と樊噲<(はんかい)>
 范増は項羽の参謀、項羽にある甘いところを知っていて、項羽の従弟である項荘に「劉邦を殺せ」と命じました。
 普通は劉邦の側から描かれることの多い「鴻門の会」を項羽側の范増の視線で書いています。劉邦には逃げられ、乗り込んできた樊噲を「壮士」といって無邪気によろこぶ項羽に対して、最期には劉邦から贈られた玉斗をたたき割り「あぁ、豎子<(じゅし)><(とも)>に謀るに足らず」との言葉をはきます。これは劉邦を殺せない項荘、そして項羽の甘さを謗ったものでした。

九江王の謀反
 九江王とは王に封じられた漢の功臣、英布のことです。もともと楚軍の将だったのですが、項羽を裏切り漢に寝返ったのでした。
 垓下の戦いから6年、英布は項羽の夢を見るようになりました。そこに現れる項羽は十年前に出陣する姿で甦っていたのです。頭上に朱房を戴いた鋼鉄の甲、不気味なまでに黒光りした鋼鉄の鎧、肩にかけた真っ白い領巾<(スカーフ)>・・・
 
鬼神誕生
 項梁は楚の名将といわれていた項燕の子でした。楚の大将であった項燕は<()>の大会戦で秦の王翦と戦い、敗れて殺されてしまいます。そして、秦は楚に侵攻し、楚は滅亡していまいました。楚王も秦に連れられて行き、殺されたという噂が飛び交っています。
 放浪癖のある彼は家を飛び出していましたが、このような状況となり自分の家に帰ってきました。項家の屋敷は秦兵の住処となっており、誰もいないと思いその場を去ろうとしたとき、かつての家宰に呼び止められます。家宰は項家の嫡流である項梁の長兄の長子、籍をかくまっているというのです。
 籍を連れて項梁は流浪の旅に出ます。籍は寡黙でほとんど表情を表さない不思議な少年で、旅の途中、項梁は様々なことを籍に話しますが、まるで独り言のようなものでした。
 流れ流れて呉中という城市にたどり着いたところで、項梁は人が変わったようになります。行いを正し、礼儀正しくふるまう一方で、葬儀の手配など人のいやがる仕事も率先して手をつけるようになりました。人望を得るようになった頃、陳勝・呉広の乱の噂を耳にした項梁は籍を伴って郡役所に向かいます。そして、籍に郡主を斬らせて自ら反乱を起こすのです。


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