黒龍の柩

北方謙三 著
毎日新聞社


 前に読んだ浅田次郎さんの『壬生義士伝』に影響されて読んだ新選組もの第二弾です。本書の主人公は新選組副長の土方歳三で、題の黒龍とは土方のことでしょう。新選組というと「幕末に京都で反幕府勢力を斬りまくった悪いやつら」というイメージを持っていましたが、ここのところちょっと変わってきました。当然ながら主人公寄りに描かれるのは当然なのですが、本書ではそのイメージとの違いが楽しめました。
 本作品は以前毎日新聞を購読していたときに連載されていたのを知っていましたが、その時は読んでいませんでした。(新聞の連載はあまりにも細切れなのであまり読む気になれません)2001年1月1日から2002年4月30日まで、1年4ヶ月の連載だったようです。

 例によって広辞苑で土方歳三について調べました。

ひじかた‐としぞう【土方歳三】ヒヂ‥ザウ
幕末の剣客。武蔵の人。一八六三年(文久三)新撰組に入り、副長として京都市中の護衛に当る。鳥羽伏見の戦に敗れた後、東下して官軍に抗し、のち榎本武揚の軍に投じ、箱館五稜郭で戦死。(1835〜1869)
 上に「新選組のイメージが変わった」と書きましたが、このところ幕末の多くの人々のイメージが変わりました。でも、先を見る目のあるスケールの大きな人物という坂本龍馬は変わっていません。
西郷隆盛 太っ腹で剛毅 陰で陰謀をめぐらす小心者
土方歳三 冷たく非情な殺し屋 自分の夢を大切にする人
徳川慶喜 敵の前でも逃げ出す臆病者 困難であっても信念を持って立ち向かう強い人
 まぁ、小説という虚構の世界ですから実際はどうだったか、なんて野暮はやめましょう。

 坂本龍馬は勝海舟の弟子でしたが、その考えのスケールの大きさは抜群でした。幕府がいよいよ危ないという時になって勝海舟に策を献じます。それは徳川慶喜を蝦夷(北海道)に移し、そこに新しい国を建てるというものでした。日本と蝦夷の国が交易をすることにより、どちらも力を付ける。そうなることにより清国も含めて、アジアに西洋諸国列強の付け入る余地はなくなるということです。交易の重要さを説き、海援隊を作った龍馬のイメージともしっくりします。
 新選組副長であった土方歳三は勝や龍馬と出会います。そして彼らの抱く「新しい国の枠組み」という夢を聞かされ、次第に惹かれるようになります。
 しかし、龍馬は暗殺されてしまいます。一般的には新選組あるいは幕府見廻組がやったということになっていますが、北方さんは大胆にも西郷の仕業だとしています。龍馬のいう新しい国の枠組みを理解できなくて危機を感じて事前にそれを潰したというのです。
 慶喜が一戦もせずに京都から江戸へ戻ったのは、日本で内戦が起こるとそれに乗じて列強が入り込み、結果として清と同じようなことになってしまうとの思いから非戦の意志を強く持っていたのでした。局地戦はよいが、大々的な天下分け目の戦いは避けるとの思いです。
 江戸開城のあと、慶喜は謹慎して隠居しました。しかし、それは替え玉で、本物の慶喜は蝦夷に渡るために津軽まで行ったのですが、官軍側の執拗な捜索で発見されてしまいます。そして駿府に閉じこめられ、慶喜を中心とした新国家建国の夢は潰えてしまいました。新国家は慶喜という求心力があってこそ実現するものだったのです。
 慶喜が来られなくなっても、蝦夷地には榎本武揚をリーダーとする旧幕臣たちが立て籠もっていました。しかし、官軍に攻め立てられ、最後には五稜郭を残すのみとなりました。その最後の戦いで、土方は・・・
(あとは読んでのお楽しみ)

 駿府に幽閉されている慶喜と、そこへ忍び込んだ土方との会話です。
「後世の人々は、言うのであろうな。有り余るほどの力を持ちながら、鳥羽、伏見の小さな局地戦で敗れただけで、すべてを放り出した臆病者だと」
「誰かがわかる。私は、そう信じております。御前のなされたことは、国のことを、民のことを考えてのことでありました。血を見ることもなく、権力の委譲がなされたのです」
「私は、聞いたことがあります。この国にも、外国にも、民の血さえ見ることもなく、権力の委譲がなされた歴史はないと。いつか、誰かが、それをたたえるはずです」
「江戸と京だけは、戦火で焼いてはならん。それをやれば、外国の介入がある。そう信じた自分を、私は否定する気はない。いまも、正しかったと信じている。しかし、夢もまた、正しいと信じて私が抱いたものであった」
「薩長が小さすぎました。自分たちが安心する国を作りたい。民ではなく、自分たちがと考えたのだろうと思います」
「土方、私は生きられる限り生きて、この国の行末を見つめていこうと思う。願わくは、平和な国として大きくなって欲しいと思う。薩長さえも、恨むまいぞ、土方」
「はい」
「駿府へ連れ戻されてから、私はいろいろと考えた。人は一つだけ貫き徹すものがあればいい。私にとって、それは非戦であったとな」
「心に、刻みつけておきます、御前」
「しかし、ともに夢を抱いた。かつてどこにもあり得なかったほどの、壮大な夢であった。その夢を持ったというだけで、私は、この世にある私の生を悔いぬ」
 声が、ふるえていた。泣いているのだ、と歳三は思った。

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