花神

司馬遼太郎 著
新潮文庫


 「花神」とは中国で花咲爺(はなさかじいさん)のことだそうです。明治維新という日本にとって最も重大な革命の中で日本全土に花を咲かせた人、大村益二郎こと村田蔵六を描いた作品です。

 【広辞苑より】
おおむら‐ますじろう【大村益次郎】
陸軍の創立者。初め村田蔵六と称。周防出身。緒方洪庵に蘭学を学び、長州藩の軍事指導者として戊辰戦争などに活躍。1869年(明治二)兵部大輔。兵制改革を企てフランス式軍制を採用、守旧派の反対にあい、暗殺された。(1824〜1869)


 作者はあとがきに次のように書かれています。
 村田蔵六などという、どこをどうつかんでいいのか、たとえばときに人間のなま臭さも掻き消え、観念だけの存在になってぎょろ目だけが光っているという人物をどう書けばいいのか、執筆中、ときどき途方に暮れたこともあった。
「いったい、村田蔵六というのは人間なのか」
と考えこんだこともある。

と書かれています。不思議な人だったようです。

 村田蔵六は若い頃、大坂の緒方洪庵が開いた蘭学の適塾で塾頭という先生の代理を務めていました。この適塾の門下生としては、橋本左内、福沢諭吉、大鳥圭介といった人がいて、いかに優秀であったのかがわかります。しかし、百姓医師であった父親の望みで跡を継ぐのですが、さっぱり流行らなかったそうです。というのも、患者が「お暑うございます」とあいさつすると、「夏は暑いのがあたりまえです」というような人で、人が寄りつかなくなったのです。
 彼は明治維新が成功するか失敗するかという、せっぱ詰った時にもこの調子で人の感情を逆なでしていたのです。軍略家としては天才的で、官軍を勝利に導くのですが、こういうことが積もり積もって最終的には狂人達に「国賊」として暗殺されてしまうのです。

 この不思議な人物の物語の中で明るく輝いているのは、シーボルトの娘イネです。彼女は日本最初の女医でした。彼女は村田蔵六を慕い続け、暗殺されたときも付き添って看病しました。蔵六もイネに対して好意を持ってはいましたが、知らせを受けて駆けつけたイネに対して「あなたは産科じゃありませんか」と言うのです。
 これは、蔵六の冷然たる理性から出た言葉ではなく、イネが来てくれたというよろこびを最大限に表現したのが、こういう蔵六流の表現だったのかもしれなかった。村田蔵六とイネとはプラトニックラブだったのかもしれません。

     

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