夏姫春秋

講談社 夏姫春秋  夏姫(かき)は、春秋時代を通じて西施と並び称される美女であったそうです。しかし、その運命に踊らされた一生はドラマチックなものでした。彼女近づいた男は全て死んでしまうのです。
 夏姫はとんでもない悪女のように言われることもあるようですが、宮城谷さんは人間と運命のかかわりとして描いています。人間は運命というものに振り回される小さな存在であり、その運命を受け入れざるを得ない。そして、良くない運命から脱出するのも運命というところでしょうか。

(海越出版社 刊) 直木賞

 夏姫は、鄭の公女(君主蘭の娘)です。子夷は兄なのですが、10歳を過ぎたばかりの妹の寝所に忍んできます。このあたり、かなりショッキングな出だしです。
 そうした兄妹の不倫をかぎつけたのが公族出の大臣子宋で、彼もまた夏姫に通じるのです。そして、子宋は「卿も食されよ」と首相の子家にも勧めます。

 良からぬ評判が広まるのを恐れた蘭は、夏姫を陳の御叔(公族少西氏の当主子夏の息子)に嫁がせます。
 夏姫は、長男徴舒を産みますが、御叔は痩せ衰えて死んでしまいます。夫を失い、続いて兄の子夷も子宋、子家の手にかかって命を落とします。後ろ盾を失った夏姫は、息子や家宰の苦境を救うため大臣の儀行父と孔寧に身を任せます。さらに、夏姫は陳公平国の側室となり、あたかも君主とその寵臣計三名の共有物のようになりました。
 ある日徴舒は、三人のきわどい冗談を漏れ聞いてしまい、屈辱に耐えかね陳公を殺してしまいます。そして大臣二名は、楚に亡命します。楚の荘王は、陳を攻め併合してしまいました。徴舒は車裂きというなんとも残虐に殺され、夏姫も捕われます。

 そして、楚の賢臣巫臣(ふしん)と出会うのです。巫臣は、祝官女巫を掌管し、神と対話できる者として、王から要事を諮問される要職にありました。巫臣は「夏姫を幸せにできる男は、この世に自分しかいない」という思いから、楚王が夏姫を後宮に入れようとしたとき「凶でございます」ととどめ、公子子反にも半ばおどかしであきらめさせました。しかし、王の「夏姫を襄老に与える」の決定はどうすることもできませんでした。襄老は連尹(れんいん。弓矢の管理職)で、正室を喪った老人です。
 不思議な運命は続きました。襄老は、楚と晋との大会戦の中で敵将の矢に射られ、遺骸は敵軍に連れ去られます。襄老の子、黒要は襄老の遺骸が戻っていないにもかかわらず、家督を相続して夏姫を自分のものにしてしまうのです。
 巫臣はじっと機会を待っていました。まず、夏姫を鄭に出国させました。襄老の遺骸を返還するという申し出があったのです。巫臣は斉への外交使節となり、その途中夏姫と落ち会って鄭〜斉を経て晋に亡命します。裏切りに激怒した子反は楚に残された巫臣の臣下や黒要を腹いせに殺してしまいます。
 巫臣は、晋で与えられた辺境の邑を再興し、外交手段により子反らへの復讐も果たし、夏姫と幸せに暮らしました。やっと夏姫に安息の時が来たのです。


(以下、2004/9/12 追記)

 最初に読んだときは出だしのショッキングなこともありいまいち乗れませんでしたが、今回は余裕ができたのか楽しむことができました。
 夏姫はその数奇な運命から、傾国の美女としてどちらかというと淫乱な「悪女」というイメージがありました。運命に対して自ら道を切り開いていく、というのは今でこそそういう女性もいますが、夏姫が二千数百年前の人であることを考えるとそんなことは考えられなかったのでしょう。しかし、いろいろな男たちに振り回されながらも自分を見失わないで運命に従いつつも自分の道を進む、という強い女性を宮城谷さんは描きたかったのではないでしょうか。

夏姫語録(その1)
 夏姫の兄である鄭の太子、子夷が晋への使者として晋の大臣趙盾と面会した後、副使の燭之武との会話。子夷は後に春秋の五覇のひとりとも言われる楚王(荘王)に敬服しています。
 絳を立ってから、燭之武は、
「楚王を誉めませんでしたな」
 と、子夷にいった。燭之武は朝見の場で子夷のうしろにいたから、子夷の言を聞きのがすはずはなかった。
「いや、誉めたよ。汝の耳も飾りものか」
 そういわれた燭之武は頭を掻いた。
「わしは楚王が狩猟を好むといったはずだが」
「それは、拝聴しておりましたが‥‥、よくわかりませんな」
 子夷は機嫌よく笑語をはじめた。
「あの楚王にとって、狩りは遊びではない。人材捜しの手段なのだ。狩りの効用の一つは、虎などの猛獣を恐れずに殺す者があれば、その者は勇気があることがわかる。二つは、犀などの角のある獣をとらえる者があれば、その者は腕力にすぐれていることがわかる。三つは、狩りの終わったあと獲物を分配するとき、配下の人格がよくわかる」
「ははあ、なるほど。――そこまでは、よほど耳がよくないと、聞きとれません」

夏姫語録(その2)
 大夫となった夏姫の一人息子、子南が家宰である季暢と共に夏姫のもとを訪れたあとの会話。子南は母をもてあそんでいる男によって今の地位を得たと思っており、せつない思いにさいなまれています。
「ここの風は冷たいが、朝廷での風はもっと冷たい」
「母君にも、つめたいことばを吐かれましたな」
 季暢はふりむかない。
「母は、わが公が好きなようだ。わが家の廟におられる祖父に、なんと報告したらよい」
「夏氏を、再興なさったのです。やはり、お喜びになられましょう」
「父もか‥‥」
 子南の想念はどうしても暗く傾きがちであった。傾いた自分を自分で立て直す心の作業のものうさは、他人にはわからぬであろう。子南は、鬱屈をみせたことのない季暢が、うらやましかった。
「娶ると、何か、ちがうか」
 妻がなぜ必要なのかがわからぬ子南の率直な質問であった。
「どこか、わたしは、変わりましたか」
「いや、変わらぬ。母の前では無口で、わたしの前での饒舌は、昔のままだ」
「これは手厳しい。まあ、変わったとすれば、自覚の在り方でしょう。家族が大きくなれば、それだけ責任が重くなります。責任とは、べつのことばでいえば、寛恕と決断です」
 そのように季暢の口が軽くなってくると、子南の心も軽くなってゆく。
「おもいやりと決めることか」
「要は、自分が生き、他人が生きていることを、べつべつに考えないことです。生命を尊重するためには、いろいろな手段や方法がありますが、とにかく、そうして成り立っている小さな家族を、大きなまとまりとして、これから子南さまが、引っぱってゆかねばなりません」

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