海嘯

田中芳樹 著
中央公論社


 300年続いた宋(南宋)王朝が元に滅ぼされたとき、最後まで忠義を尽くしたといわれる文天祥<(ぶんてんしょう)>を主人公とした作品です。文天祥は、フビライが文天祥の才能を惜しんで帰順させようと幽閉していたときに作った『正気<(せいき)>の歌』で知られています。陳舜臣さんの『中国の歴史』で書かれていまして、私の紹介文にも簡単ですが載せていますのでこちらも読んでみて下さい。ちなみに、書題の「海嘯<(かいしょう)>」というのは、潮津波のことで、広辞苑ではこう説明されています。

かい‐しょう【海嘯】‥セウ
[楊慎、古今諺] 満潮が河川を遡る際に、前面が垂直の壁となって、激しく波立ちながら進行する現象。中国の銭塘江、イギリスのセヴァン川、南米のアマゾン川の河口付近で顕著。タイダル‐ボーア。潮津波。

手抜きついでに、この物語のあらすじの説明を広辞苑で代替してしまいましょう。

ぶん‐てんしょう【文天祥】‥シヤウ
南宋末の忠臣。文山と号。理宗に仕えて江西安撫使。恭帝の時に元軍が侵入するや、一二七五年任地から兵を率いて上京、のち捕えられて大都(北京)に護送。投降の勧めをしりぞけ、処刑された。獄中で「正気歌」を作る。(1236〜1282)

 宋という国は開封を都とし盛んだったものの、300年続いた最後の方は哀れなものでした。外は遼・西夏の侵入に悩まされ、内は財政の窮迫に苦しむといった具合で、最終的に1127年、女真族の金に滅ぼされてしまいました。その際、2人の皇帝が北へ連れ去られてしまいまい、そこで幽閉された結果開封へ戻ることなく死んでしまいました。それをなんとか脱出した太祖(趙匡胤)が、臨安(杭州)を都として建てたのが南宋です。
 金との戦いの模様は同じ作者の作品『岳飛伝』に書かれています。こちらにも書かれているのですが、宋は内部から腐ってきていたのですね。
 そうしているうちに、チンギスハン率いるモンゴルが全世界を覆うような巨大な帝国を建てます。中国にはフビライハンが元王朝を建てますが、これまでの怨念から元と協力して金を滅ぼしたのはいいのですが、最終的には元に滅ぼされてしまいます。圧倒的な戦力を持つ元と果敢に戦うのですが、力の差はいかんともし難く幼帝をいだいて徐々に南へ追いやられて行きます。最終的には宰相が最後の幼帝を連れて入水しますが、日本の壇ノ浦の戦いにそっくりで涙を誘います。
 ほぼ全滅した後もあくまでも元に降らず、宋王朝の再建を図って転戦していく張世傑<(ちょうせいけつ)>蘇劉義<(そりゅうぎ)>は日本の幕末に鳥羽伏見で敗れた幕軍、榎本武揚や土方歳三らが東北から最終的には五稜郭へ行くのを彷彿させます。なかなかカッコいいです。また、無能の宰相といわれている陳宜中<(ちんぎちゅう)>も自分で「役立たず」と思いながらそれなりに頑張っている姿が印象的です。


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