驃騎(ひょうき)将軍の死

伴野朗 著
集英社


 本書は古代中国を題材としてミステリーに仕上げた7編の短編小説集です。史書などに出てくるお話には、私のような魯鈍な人間は「ふ〜ん」とすんなりと受け入れてしまうことでも文才のある人はこんなミステリーに仕上げてしまうものかと感心させられます。勿論歴史の彼方の真実はわかりませんが、先日読んだ井上靖さんの『楼蘭』を彷彿させるものでした。細かいことはさておいて、「どんな謎があるのだろう」という感じで楽しめました。
 先日、伴野さんが60才代の若さで急逝されたという報に接して急に読みたくなり、図書館で借りて読んだ次第です。単行本ですが、一編の長さも通勤途中に読むにはちょうど良くて読みやすかったです。
 この作品は集英社文庫になっていますが、本屋さんの店頭で見つけるのは難しいようです。注文すれば手にはいるかもしれませんが、図書館で借りる方が確実でしょう。

驃騎将軍の死

 驃騎将軍とは『史記列伝』の「衛将軍・驃騎列伝 第五十一」に書かれている驃騎将軍、霍去病(かくきょへい)が24才という若さで突然死んでしまったことを題材にしています。
 作者が驃騎将軍の身近に仕えていた老婆にインタビューするというスタイルで書かれています。この老婆というのが非常な博識で、古今の話に通じているおしゃべり好きな人という感じです。ネタバレになってしまうので結末は書きませんが、謎はなかなか巧妙に仕組まれていました。

わが愛しの西施――伍子胥と范蠡(はんれい)

 春秋時代末期、呉王夫差を惑わせて国を亡ぼしたといわれる「傾国の美女」西施を主人公に描いたものです。その背景には呉の宰相伍子胥と越の宰相范蠡の激しい争いがありました。

残春期

 「お前を一国の王妃にしてみせようではないか」という文でいきなり始まります。
 美しい娘を使って戦国の四君の一人春申君を陥れようとしている男がいました。この男は李園といい、『史記列伝』の「春申君列伝」の最後にはこう書かれています。
太史公曰く、私は楚に行き春申君の城あとと宮殿をながめた。盛んなものであった。当初、春申君が秦の昭王を説きふせ、また一身をさし出して楚の太子を帰国させたときの英智は何とかがやかしかったではないか。それがのち李園に翻弄されたときは、老いぼれていたのだ。「断ずべきに当たって断ぜざれば、かえってその乱を受く」という。春申君が朱英のことばを聞き入れなかったごときが、ちょうどこのことわざどうりであろうか。

壁の中へ消えた男

 後漢末、三国時代の入り口の頃、左慈という方術士がいました。彼は偽物・まやかし・傲慢に対する反発心が強すぎ、反骨が過ぎてついつい失敗してしまうという「悪い癖」がありました。そのおかげでなかなか仕官できませんでした。しかし、時の英雄曹操に近づき、宴会の席で松江(しょうこう)の鱸(すずき)を銅盤からつり上げるという不思議な術を見せます。左慈は曹操を毒殺しようとしたのですが、見破られてしまい逆に追われるようになります。
 三国志演義をもとにした小説だったでしょうか、このお話は聞いたことがありました。昔は不思議な術を使う人がたくさんいたものです。(笑)

伏龍起つ――三顧の礼

 これも三国志で有名な諸葛亮と劉備との出会いのお話です。
 劉備は賢者と言われる諸葛亮を招くために、わざわざその草庵へ二度訪れましたが会うことができませんでした。やっと三度目に会うことができ彼の話を聞くことができ「天下三分の計」を聞かされます。そして「水を得た魚」の思いで彼を参謀として招くことになりました。しかし、曹操も諸葛亮を招こうとしており、その配下が見張っていたのでした。

高昌(こうしょう)城の怪

 唐の二代目皇帝太宗(李世民)の時代、高昌城をめざしている一人の男がいました。彼は良元といい、玉の細工師で敬虔な仏教徒でした。高昌城には高僧がいるという話を聞き、ありがたい説教を聞きたいという思いからでした。
 高昌城はシルクロードで栄えていました。その王は漢族で、熱心な仏教徒でした。玉の細工師である良元は、高昌城にいた稀代の玉細工師白徹の作品を見る機会に恵まれますが、そこで殺人事件に巻き込まれてしまうのです。
 この殺人事件は密室殺人で、謎解きに挑戦するのがその高僧でした。

離魂記

 唐の時代、仲の良い美しい姉妹がいました。しかし、その姉は15歳で亡くなってしまいました。臨終の時のことばは「あなたは、どんなことがあっても好きな人と添いとげるのですよ」といって大事にしていた手鏡を渡して息を引き取りました。
 妹は17歳となり、美しい娘になりました。そして、幼なじみの若者と恋に落ちるのですが、それを知らない父親は・・・
 驃騎将軍の死

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