白起

塚本史 著
河出書房新社


 古代中国の戦国末期、常勝将軍といわれ後に武安君と呼ばれた白起(はくき)を描いています。この時代には孟嘗君(もうしょうくん)、楽毅(がくき)、范雎(はんしょ)、呂不韋(りょふい)など宮城谷さんの作品に登場するスーパースター(?)達がいて、いろいろと有名な事件もさりげなく登場しています。
 白起というと「長平の戦い」に勝利した後、投降してきた敵兵数十万人を生き埋めにしたという事件で悪名高いのですが、この数十年後に登場する項羽も同じようなことをやっています。この時代が異常だったというより、何となく古代中国の考え方のような気がします。塚本さんはその背景として、中国の神話を書いておられます。つまり、人類創成において女媧(じょか)は最初黄土から丁寧に作りましたが、能率が悪いので最後には泥に縄を浸して作ったというものです。前者が貴人・大人となり、後者が身分の低い小人となったということです。この言い伝えから、泥から作られた人間の命を軽く見るというのが背景になっています。白起は愚かな楚王に対して、内心で「泥からできた奴め」と思ったりするのです。

 白起の祖父は秦の兵でしたが、その初陣で呉子とも呼ばれる楚の名将呉起の軍と戦い、さんざんに打ちのめされ命からがら脱出したのでした。その時の敵将のイメージが強く残っていて、孫にも同じ名をつけたのです。白起は初陣で秦の大将魏冄(ぎぜん)に従って義渠(ぎきょ)を攻めますが、敵を深追いしすぎて罠にはまった魏冄を救いその目に止まりました。これが常勝将軍白起のスタート時点であり、以降魏冄子飼いの将として、戦のたびに功を上げて爵位を上げていくのです。言ってしまえばトントン拍子で将軍まで上り詰めた感じです。
 ただ、これだけでは面白くないのですが、いくつかの謎が輻輳して面白い展開となります。これをばらしてしまうとこれから読む方には幻滅でしょうから詳しくは書きませんが、謎の女性が登場するということだけ言っておきましょう。最後の方になると、これがとんでもない方向に・・・。

 一番最初に書いた、この時代の有名人との関わりが面白いです。いろいろな逸話をさりげなくちりばめておられます。
「鶏鳴(けいめい)狗盗(くとう)」:史記「孟嘗君伝」
「漁夫の利」:戦国策「燕策」
「刎頸(ふんけい)の友」:史記「廉頗(れんぱ)藺相如(りんしょうじょ)伝」
「奇貨(きか)居(お)くべし」:史記「呂不韋伝」
「嚢中(のうちゅう)の錐(きり)」:史記「平原君伝」

 

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