伍子胥<(ごししょ)>

伴野朗 著
徳間書店


 本書の主人公、伍子胥とは何者か。例により広辞苑からの引用をご紹介しましょう(いつもの手抜き)。
ご‐ししょ【伍子胥】
 春秋時代の楚の名族。名は員(ウン)。父の奢、兄の尚が楚の平王に殺されたので呉に奔り、呉をたすけ楚を討ち仇を報じた。また、呉王夫差が越王勾践の降伏を許したのを諫めてきかれず、自刎を命じられた。果して呉は越に滅ぼされた。(―〜前485)
漢字源という辞書には伍子胥のエピソードとして鞭死屍(ししにむちうつ)ということばが載っています。
[鞭死屍]シシニムチウツ
<故事>(1)死体をむちでうって、生前のうらみをはらす。〔→史記〕(2)人の死後、その生前の言動を非難すること。▽伍子胥が、父の仇である楚の平王の死体をこらしめたことから。

 私が伍子胥と会ったのは、今回が初めてではありません。もともと『史記』や『呉越春秋』に書かれているので、中国歴史小説の題材としては比較的ポピュラーなのでしょう。私の紹介した本の中にもよく登場していまして、その中でも海音寺潮五郎さんの『孫子』という作品(前編:孫武の巻)の主人公は伍子胥とともに呉の軍師として活躍した孫武ですが、当然伍子胥も準主役級として登場します。また、同じ作者の『刺客列伝』の「魚腸剣<(ぎょちょうけん)>」と「勇士は還らず」にも登場します。

 春秋後期、南から有力な国が現われます。史書には突然現れたような感じになっていますが、呉と越という国です。「呉越同舟」ということばでご存じの方も多いでしょうが、孫武の著した「孫子」の「九地」に出てきます。以下、広辞苑よりの引用。
ごえつ‐どうしゅう【呉越同舟】
[孫子九地「夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済遇風、其相救也、如左右手」] 仲のわるい者同士が同じ場所に居合せること。また、敵味方が共通の困難や利害に対して協力すること。
 陳舜臣さんの『中国の歴史』第一巻「南の風」にはこの頃の事情がコンパクトに書かれています。史書には書かれていませんが、中国4大美女の一人、西施<(せいし)>を越王が呉王を堕落させるために贈ったという話が民間で語り伝えられています。京劇「西施」はこのお話を題材にしているとか。他に、有名な故事として「臥薪嘗胆」を忘れることができません。
がしん‐しょうたん【臥薪嘗胆】
(春秋時代、呉王夫差<(ふさ)>が越王勾践<(こうせん)>を討って父の仇を報じようと志し、常に薪の中に臥して身を苦しめ、また、勾践が呉を討って会稽<(かいけい)>の恥をすすごうと期し、胆を時々なめて報復を忘れまいとした故事から) 仇をはらそうと長い間苦心・苦労を重ねること。転じて、将来の成功を期して長い間辛苦艱難すること。

 伍子胥は最初に書いたように、父と兄を殺された仇を討つために敵国へ亡命して最終的にそれを晴らすのですが、『呉越春秋』には彼の体格は
 −身長一丈、腰回り十尺、眉間一尺
と書かれています。このころの一尺は今の六寸にあたるらしいので、身長・腰回りとも約2m、眉の間が18cmという大男です。また、
 −智謀は逞しく、謀を好み、勇気があって、功名心旺盛。
とあるように、なかなかの人物です。
 呉王闔廬<(こうりょ)>は伍子胥と孫武という二人の天才を得て国力を高め、覇を称えるために楚を攻めます。ついに楚都<(えい)>を占領しますが、このとき楚の昭王は逃げ出して各地を流浪することになります。伍子胥は昭王を逃したことを悔しがり、平王の墓を暴いて死骸を三百回も鞭打ちするのです。

 闔廬はこうして春秋の覇王の一人にあげられるほどになりますが、越王勾践に敗れて殺されてしまいます。勾践には范蠡<(はんれい)>という天才が付いていたのです。この時の作戦はなんともものすごくてとても本当とは思えませんが、越で罪を犯した三百人が呉の陣営の前で三列になって自刎して果てたというのです。呉軍が呆気にとられて見物しているところに決死隊が斬り込んで大勝したというのです。
 夫差は臥薪してこの怨みを晴らす時を待ちます。伍子胥は見事にそれを実現させるのですが、その後次第に夫差に疎まれるようになります。佞臣の讒言などもあり、結局夫差から「属鏤<(しょくる)>」という名剣を賜ります。これは自害せよということでした。

 『史記』にはこういうことが書かれています。(以下、広辞苑)
狡兎<(こうと)>死して走狗<()>らる
[史記越王勾践世家] 兎が死ねば猟犬は不用となって煮て食われるように、敵国が滅びた後には、軍事につくした功臣も邪魔者とされて殺される。
 この范蠡という人物、越王に殺されそうになる前に亡命して商人となり、後に巨万の富を得ます。陶の地に住み、朱と称したので「陶朱公」と呼ばれるようになるのですが、「陶朱猗頓<(いとん)>の富」とは莫大な富とか大富豪のことをいうようになりました。この人物は世渡りがうまくておもしろそうです。

 伍子胥

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