元寇

伴野朗 著
講談社文庫


 本書は単行本として上・下2冊で刊行されていたものを文庫版にしたものです。文庫本とはいえ、その厚さには圧倒されました。なんと700頁。もちろん、もっと厚いのもあるでしょうが、ちょっと厚いかな、と思っても500頁あまりくらいですから、立派なものです。
 本書のエピローグで、作者が南京の「侵華日軍南京大屠殺遭遇同胞記念館」を訪れたときの印象を書かれています。ちょっと過激ですが・・・

 この記念館を訪れたのは、開館して間のない1988年の夏であった。「南京虐殺」の有無、是非を論ずるつもりはない。見終わった正直な印象は、
 ――被害者の倫理のみで語られている。
 ことだった。そして似ているな、とも思った。広島、長崎で見た原爆記念館の一連の展示。被害者のみの視点で語られ、加害者の視点がともに欠落している。その是非を問うつもりもない。ただ、客観的事実として提示したにすぎない。
 日本側の描く元寇には、この視点が欠けている、といえまいか。
 そういう意味で、この元寇の物語を、主に大陸からの視点で書き綴ってみたい、と思っている。
 エピローグに書かれているように、確かに日本側の視点で書かれたものはたくさんありますが、中国側の視点で書かれたものはあまり聞いたことがありませんでした。以前読んだ岡本好古さんの『元の皇帝フビライ』でも元寇のことにはあまり触れていませんでしたし、そういう意味では本書の視点が新鮮でした。
 これには元の史書である『元史』『新元史』の内容はずさんであるといわれていまして、ネタ本となるものが少ないということと、その中でもこの事件についてはちょっとしか触れられていないそうです。しかし、日本側にとってみれば大事件ですし、多くの史料が残っています。このことが大陸側の視点を小説の題材にしにくい一因なのかもしれません。

 本書では伴野さんの想像力で、いろいろと新鮮なことが描かれています。
 他にも(これは定説なのでしょうが)、当時の権力者(北条時宗など)の国際感覚のなさを描いています。フビライは粘り強く日本へ招諭しようとしましたが、日本側は返答しようとしません。そして、あげくの果てには正式な使節を皆殺しにしてしまいます。
 日本の豪族の中には、伊予水軍の長である河野通有のように広い視野をもった人物もいました。彼は大陸の状況を探るために、来住三郎太という男を密かに大陸へ潜入させます。三郎太は結局フビライの近衛兵となり、フビライの器量の大きさに惹かれていきますが、日本のためにいろいろな活躍をします。
 伴野さんの作品にはいろいろと「怪しい」人物が出てくることが多いですが、本書には大勢登場してきます。少林寺の修行僧で相手に触れずに倒すことができる「一指禅」の名手、動物と自由に話ができて動物たちを使って刺客となり相手を倒す朱華、などなど。

 本書は、史書にしたがって書かれたものと、なんとなく本当かな?と思わせるようなもの、それに荒唐無稽なものが混じり合っている作品です。最後はちょっとあっけないかなという気もしますが、フビライはスケールが大きく(一方の日本はなんと視野が狭いことか!)、楽しむことができました。

 元寇

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