韃靼<(だったん)>疾風録

司馬遼太郎 著
中公文庫


 本書を読むきっかけは、少し前に読んだ浅田次郎さんの『蒼穹<(そうきゅう)><(すばる)>』『珍妃<(ちんぴ)>の井戸』により中国・清朝に興味を覚えていたところに本書の「韃靼」という文字が目に入ったことでした。この2作は清朝末を描いたものですが、本書は明末〜清初を舞台としたものです。
 書題にある韃靼とは、あまり聞き慣れないことばです。例によって広辞苑の引用をしましょう。

だったん【韃靼】
モンゴル系の一部族タタール(塔塔児)の称。のちモンゴル民族全体の呼称。明代には北方に逃れた元朝の遺裔に対する明人の呼び名。また、南ロシア一帯に居住したトルコ人も、もとモンゴルの治下にあった関係から、その中に含めることもある。「―海峡」(間宮海峡の旧称)

 だそうです。あまり一般的なことばではありませんが、題にこれを持ってきたのは、日本において江戸時代はこう呼んでいたからと作者があとがきに書かれていました。越前の人が松前(北海道)に向かう途中、難船して韃靼(女真)の地に漂着し、清朝に手厚く保護されたことがあり、その時の見聞を著したのが「韃靼物語」または、「異国物語」とも「韃靼漂流記」とも言うそうです。

 本書は海賊(倭寇)の親分のような九州・平戸の松浦家に仕える下級武士、桂庄助が主人公です。日本では豊臣家が滅び、徳川家がようやく天下太平を作り上げた頃です。この少し前には秀吉の命により「壬辰<(じんしん)>ノ倭乱(朝鮮侵略)」が行われましたが、空しく敗退しました。その後も倭寇が朝鮮や中国の沿岸を荒らしていましたが、実は、この頃には実際には日本人は倭寇10人のうち1人程度でした。そのほとんどが江南の中国人で、当時恐れられていた「倭寇」というブランドネームを利用していたのです。中国や朝鮮から見ると、女真族やモンゴル族は程度の低い夷狄<(いてき)>でした。日本人も同様で、夷狄以下と見られていたかもしれません。このような時代背景ですが、当時数百年続いていた明朝という漢族の王朝が末期症状を呈していたころです。
 英雄ヌルハチは明の政策で分裂していた女真族をまとめ、大汗となっていました。そしてかつての女真族の建てた金にならい、後金と号していたのです。そして、かつては自分たちの支配者であったモンゴル族も取り込み、大きな勢力になっていました。

 平戸島に一人の女性が流されてきました。彼女はアビアという韃靼の公主であることがわかり、松浦家では手厚く遇します。当時、女真族が勢力を強めており、松浦家では彼女を無事送り返すことで女真族とのコネを作ろうとしたのです。松浦家は交易による利を得ることに聡く、中国の情勢が自身に大きな影響を及ぼすことを知っていました。そして、彼女を無事送り返すと同時に中国(明)と女真族の行方を調べさせるべく、庄助を韃靼の地に向かわせます。
 しかし、幕府との関係でこのような使者を正式に送り出すことはできず、あくまでもこっそりと向かわせるしかありません。朝鮮の人々は朝鮮侵略により甚だしく日本人を憎んでおり、そこに上陸することはできなかったので、それを避けて行くしかありません。
 最近のことかと思っていたら、日本人はずいぶん昔から憎まれていたようです。でも、そのちょっと(?)前には元寇で日本がずいぶんひどい目にあわされたのですがね。

 庄助は無事アビアを女真の大汗、ヌルハチの元へ送り届けるのですが、アビアの両親初め一族は誅殺されていました。アビアも誅殺されるところでしたが、日本人庄助の妻ということで助かります。つまり、庄助が命を懸けて送り届けても、女真族にとっては何のありがたさもないのでした。結局アビアは庄助の妻となりました。
 ヌルハチが戦いで受けた傷がもとで没し、その子のホンタイジが大汗となりました。ホンタイジは当時中国でも恐れられていた「日本人」というブランドを利用するために、庄助を日本差官<(チャイコワン)>と呼び、厚遇しました。庄助はホンタイジの軍とともに戦場へ行きます。
 そうこうしているうちに、日本では家光の時代となります。そして鎖国令が発せられ、海外にいる日本人は帰国することができなくなってしまうのです。庄助に与えられた主命も自動的に消滅してしまうことになりました。
 ホンタイジは清帝国を建て、自らは皇帝を称します。長城の外にあり、明の本土までは攻められないものの、着々と土台を固めていきます。それに対して、明は末期症状を呈しており、各地に流賊が起って暴れはじめていたのです。
 ホンタイジが没したのち皇帝となったのは、幼いフーリンでした。しかし、その摂政となったのは若きドルゴン(睿親王)でした。彼は大いなる野望を持つ英雄でした。わずか5〜60万人しかいない女真族が数億人の漢人<(ニカン)>を支配するという一見奇蹟のようなことを考えていました。
 睿親王はホンタイジと違い、庄助を家来のように扱います。アビアを人質として、庄助に蘇州を調べに行くように命じます。庄助は蘇州に行き、カルチャーショックを受けます。貧しい世界しか知らない庄助はその豊かさに驚くのでした。

 しかし、奇蹟は起こりました。明の皇帝は闖賊<(ちんぞく)>(李自成の蔑称)に攻められ、自害してしまうのです。李自成は順王朝を建てるのですが、長城を越えてきた女真族の軍にあっさりと追い出されてしまいます。睿親王はついに、北京に念願の清王朝を建てるのです。

 女真族の建てた王朝といえば、宋を南に追いやった金がありますが、金は中国全土を支配したわけではなく、その時代も長くはありませんでした。ところが、清は中国全土どころかそれ以上の土地を支配したのです。その少ない人口から言えば、本当に奇跡的なことでした。
 庄助とアビアがその後どうなったかは、読んでのお楽しみにしておきましょう。

 韃靼疾風録 上巻  韃靼疾風録 下巻


戻る