長安異神伝

井上祐美子 著
中公文庫


 本書の著者、井上祐美子さんの作品は『女将軍伝』を以前読んだことがありましたが、こちらは中国を題材にした普通の歴史(時代)小説でした。しかし、本書はちょっと毛色が変わっていて、勝手に命名しましたが「歴史ファンタジー小説」と呼ぶのがピッタリする作品でした。
裏表紙にはこう書かれています。

花の都・長安。通行が禁じられた夜間、坊壁に血飛沫が。以降、坊城内で血痕が発見されること、都合七たび。肉片や人髪らしきものが傍らにあることから、唐王朝の重臣魏徴は、皇帝を狙う何者かの呪詛と見抜く。更なる惨事を防ごうとする魏徴のもとへ、謎めいた長身の青年が、まだ早い秋の風をまとって現れた――中国の人々に口伝で親しまれた神話中の武神を唐代に生き生きと描きだす。
 主人公は顕聖二郎神君(二郎)と呼ばれる、玄穹高玉皇大帝(天帝)の甥で、天軍の総帥です。天帝の妹が地上に下って楊という人の妻となったときに生まれた半神で、人間界では楊戩<(ようせん)>と名乗っています。この二郎真君は半分神であり、しかも天界の軍を率いる将軍というわけでメチャメチャ強いうえにかっこいいのです。まだ読んだことはありませんが、「武侠小説」とはこのようなものをいうのでしょうか。
 二郎真君の他に、魏徴という唐王朝の宰相が登場します。解説によれば、彼は西遊記にも登場して竜の首を落としたりしているとのことですが、レッキとした実在の人物です。本書では天界と地上界との両方に仕える人間と設定されています。広辞苑にも載っていまして、
ぎ‐ちょう【魏徴】
唐の功臣。字は玄成。山東曲城の人。高祖・太宗に仕え、諫奏を以て聞え、鄭国公に封。梁・陳・北斉・北周・隋の正史や「群書治要」を編纂。諡(オクリナ)は文貞。(580〜643)
 東方朔という、元は太上老君に仕える侍童ですが、天界でのイタズラが過ぎたため人間界に降ろされてしまったという人物が登場します。イタズラが好きとのことで、悪のりがはげしいのですがやはり神です。二郎真君と掛け合い漫才のようなところが笑わせてくれます。実は、彼もまた実在の人物でして、漢の武帝に仕えた人物なので唐の時代からは数百年昔に中国にいたことになりますが、そこは「神」なので寿命が人間とは違うとのことです。広辞苑に載っています。
とうぼう‐さく【東方朔】
前漢の学者。字は曼倩。山東平原の人。武帝に仕え、金馬門侍中となる。ひろく諸子百家の語に通じ、奇行が多かった。伝説では方士として知られ、西王母の桃を盗食して死ぬことを得ず、長寿をほしいままにしたと伝える。(前154頃〜前93頃)
 もう一人、翠心という二郎真君が恋をするお嬢さまが登場しますが、彼女は東方朔が天界からイタズラでこぼした宝玉の化身でした。彼女の従者で燕児という元気のいい娘がいまして、彼女もまた笑わせてくれます。

 作品の舞台は唐の長安、2代皇帝李世民の時代(7世紀頃)なのですが、どうも日本の平安時代のような雰囲気を漂わせているような気がしてなりません。たとえば、ちょっと前にブームになった『陰陽師』の雰囲気と似たところがあります。二郎というスーパーマンと安倍晴明となんとなく似ていたりします。勝手にそう感じましたが、いかがでしょう?
 本作品は二郎真君の活躍するシリーズものの第一作とのことです。全体の雰囲気とか時代考証がしっかりされているようなので安心して読めますし、二郎真君は神でありながら半分人間であるという人物設定がうまいです。このシリーズものを読んでみたくなりました。

 長安異神伝

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