大団円を目指して


第17話 「爆笑」



 窓から差し込む朝の陽射しで、衛宮士郎は目を覚ました。
 日が昇って随分と経つのか部屋の中は眩しいくらいに明るく、士郎はぼんやりとしたまま、何とはなしに時計を見た。
 その目が時計の針の位置を確認したところで、

「……ヤバイ、遅刻だッ!」

 布団を跳ね除け飛び起きた。
 そして制服を着込もうとしたところで、自分の姿にはたと気が付く。
 彼は、全裸であった。
 股間では自分のモノがぶらぶらと揺れており、ごわごわとする陰毛が何となく気持ち悪い。

「そう言えば俺、昨日キャスターと……」

 昨日の痴態を思い出した士郎は、思わず顔を赤くする。
 その時、声が聞こえた。
 居間の方から聞こえたそれは、何やら言い争っているようだ。

「まさか、藤ねえとキャスターが……」

 急ぎ居間に向かおうとして自分の格好に改めて気付いた士郎が慌てて制服を着込み漸く着替え終えた時、

「ば、バカなぁぁ――――あ!?」

 叫び声が上がった。
 悲鳴のようなその声は、紛れもない大河の物。

「藤ねえッ!!」

 すかさず士郎が居間に飛び込む。すると――――

「事件発生! かに玉丼が、たった一分の間に別の料理になってるよおうぅ!!」
「……マズイ、マズイわ。何これ、すっごいマズイ」
「やってくれたわね、キャスターさん! わたしの自信作を、こんなにしてくれちゃってえぇ―ッ!!」
「私は何もしてないわよ!
 ……そもそも、これの何処が自信作よ。久しぶりの食事だったっていうのに、信じられない」
「酷い! 酷いよ、キャスターさん!! キャスターさんのイジメっ子ォ―ッ!!」
「だから、人の所為にするんじゃないわよ!
 ……少しくらいは期待したのに、いくら何でも冗談じゃないわ、全くもう」
「キャスターさんは鬼だよ、人でなしだよぉ―ッ!!
 ……あ、ホントに人じゃ無かったっけ」

「余計なお世話よ、この馬鹿女ッ!!」

「ば、バカって言ったな、お爺さまにも言われた事無いのに、でも士郎には良く言われるぞコンチクショ――――ッ!!」

 ――――すると、確かに二人は言い争っていた。
 しょうもない理由で。
 一気に脱力した士郎は、居間の入り口でガクリと膝を付きそうになった。

「あ、士郎! キャスターさんってば酷いんだよ! わたしの料理を台無しにしちゃったの!」
「だから私の所為じゃないわよッ!
 ……自信あるって言った癖に、結局貴女も私を裏切るのよ…………」

 何やらぶっそうな言い草だが、その実えらく情けない事を言っている事に、キャスターは気付いているのだろうか。
 士郎は、ハァと溜め息を吐いた。
 既に、日が昇って久しい時間である。
 魔力を回復させる為に食事の必要があるキャスターが食事を所望し、士郎が寝ていた為、珍しくも既に起床していた大河が変わりに用意をしたのである。

 お姉ちゃんは、張り切った。
 昨日の今日でありながら、何が彼女をそうさせたのかは分からない。
 また、朝っぱらから「かに玉」というチョイスもあれだが、そこは大河のする事だ。
 見逃して欲しい。
 とにかく、大河は張り切ったのだ。
 そうして完成したのが、大河特製かに玉丼、という名のお好み焼き丼である。
 そう。どう見ても、あのご飯の上に乗っている物体は、お好み焼きにしか見えなかった。
 もっとも、見た目はそこまでマズイとも思えないのだが、あの冷静なキャスターがここまで取り乱しているだけに、その味というか、そのインパクトには物凄いものがあったのだろう。

 ……まあ、キャスターにしてみれば、死んで以来の食事な訳で、何だかんだと久しぶりの食事を楽しみにしていたのかもしれない。
 というか、実際楽しみにしていたのだったりする。
 元々サーヴァントに食事の必要は無いが、食事の必要性が出来たからには食べなければならず、そして食べるからには神話の時代以来の食事なだけに、その分楽しみとなったのだ。
 その期待は、無残にも裏切られたが。

「フッ……期待するから、裏切られるのよ。ええ、そう。期待した私が馬鹿なのよ、フフフ…………」

 何やら深刻ぶってニヒルな言い回しをする彼女の姿は、見ていて妙に痛々しかった。
 間抜けでもあったが。

「……ちょっと待ってろ。すぐに用意するから」

 そんな訳で、士郎は台所に引っ込み食事の用意をする事にした。
 何しろ、このままではキャスターが間違った日本料理を学習してしまう事になる。
 それは、日本人として看過出来ない。
 どうせ完全に遅刻なのだし、朝食を食べてから学校へ行くとしよう。
 台所には、カニやタケノコといった、かに玉丼の材料がそのまま放置されていたので、朝からなんだが士郎は同じかに玉丼を作る事にした。
 それにしても、あのキャスターをあそこまで狼狽、というか間抜けっぽくさせるとは。

 ――――さすがは藤ねえ。意外性A判定なだけの事はある。うんうん。

 一人頷く士郎であったが、ふと、昨夜の気まずさがキレイさっぱり消えている事に気付いた。

 ――――まさか、この大騒ぎはわざと……!?

 思わず士郎は、大河を振り返る。
 振り返った先では、大河がキャスターを相手に一人騒ぎ続けている。

 ――――まさかな。

 首をブンと一振りし、士郎は料理を始めるべく冷蔵庫を扉を開けるのであった。





「あら、美味しい」
「むむ、これは……!?」

 士郎謹製かに玉丼を一口食べたキャスターの口から、素直な感想がこぼれ出た。
 フードに隠されたその表情は不明だが、口調からは和んでいるように思える。
 対照的に、大河の顔はしかめられていた。

「どうしたんだよ、藤ねえ? 何処か失敗してたか?」
「そうじゃないけど……」
「何だ、ハッキリ言ってくれ」
「じゃあ、遠慮なく言っちゃうけど……こほん」

 大河は器とスプーンを食卓にコトリと置くと、一つ咳払いをしてから、

「何でこんなに美味しいのよ〜ッ!!」

 がおーん
がおーんがおーんと、エコーが掛かるくらいに咆哮した。

「何時の間に、こんなに腕を上げたのよ!
 これは、昨日までの士郎には作れないわ!!
 長年士郎の料理を食べ続けて来たお姉ちゃんには分かるッ!
 そう、分かるのよおぉお――――ッ!!」

 叫ぶ大河の背後に虎が見えたのは、気のせいではないだろう。たぶん。

「んで、何があったの士郎?」
「ケロリと素に戻るな。別に何も無いぞ」
「嘘おっしゃい! ……って、士郎が嘘吐く訳ないか。という事はキャスターさんが犯人ねえッ!?」
「もぐもぐもぐ……何の話よ?」
「キャスターさんが、士郎をドーピングかなんかしちゃったりしちゃったんでしょおーッ!」
「してないわよ。もぐもぐ」
「あ、あれえ〜? でも本気で変だよ士郎。だってホントに美味し過ぎるもん」
「そうか? 何時もと変わらないぞ」
「そんな事ないわよ! この柔らかくもジューシーかつコクのある味わい! そのクセまったりとしてもったりとしつつも芳醇なこのかぐわしき……え〜っと、何だっけ?」
「……何の真似だ?」
「士郎と士郎を掛けてみました」
「帰れ、馬鹿トラ」
「トラって言うなあーッ!」

 再び大河が騒ぎ出し、そんな二人を尻目にキャスターは一人もぐもぐと食事を続けている。
 フードに隠された彼女の顔は、とても満足そうであった。





「で、どうしたんだよ?」

 大評判となった食事も
無事終わり、三人で士郎が淹れた食後のお茶を、学校に行くのではなかったのかとも思うがまろやかに楽しんでいた時、唐突に士郎が言った。

「何が?」
「ずずぅ〜……ふぅ、美味し」
「だから、何で二人はそんなに仲良くなっているんだよ?」
「え、別に普通だよ。ねえ、キャスターさん?」
「ちょっと苦いけど、これはこれで味わいが……ええ、そうね」
「昨日の今日だろ。全然普通じゃないぞ」

 見捨てろだの死ねだの、昨日は散々な事を言っていた二人が、たった一晩でこんなにも普通に話せているのだ。
 十分、普通でないだろう。

「ホントに何でもないったら。ただね……」
「ただ、何だよ?」
「お姉ちゃんも、心を決めたの」
「ハァ?」
「士郎は、キャスターさんを助けるって、決めたんでしょう?」
「……ああ」
「だから、お姉ちゃんも決めたのだ。キャスターさんを助けるって」

 大河は笑ってそう言った。
 その笑顔は、一点の曇りも無い晴れやかなものだった。

「ちょっと待て! 藤ねえは関係ないだろ!」
「何で?」
「な、何でって、そりゃ……」
「お姉ちゃんが士郎を手助けするのは、当たり前じゃない」
「そうじゃなくて! これは殺し合いって、自分でも言ってただろ! そんな事藤ねえが……ッ!?」
「でも、士郎はするんだよね?」
「グッ……」
「だったら、わたしもするよ。だって、お姉ちゃんだもん」
「……いや、俺は一応魔術師だし…………」
「駄目駄目。自分はともかく、なんてのはお姉ちゃん認めません」
「……」
「それとも、士郎は特別なの?」
「……」
「自分は特別だからとか、自分だけは良いって、士郎はそう言いたいの?」
「そうじゃない! そうじゃないけど……」

 言葉に詰まった士郎が、我知らずキャスターに視線を向ける。
 その視線に気付きはしたが、彼女は湯飲みを傾けたまま、

「私はサーヴァントだもの。マスターである坊やに従うだけよ」

 自分で何とかしろと、暗に言うだけだった。

「……そうだな。すまん、俺が何とかしないと」
「うん、キャスターさんも許してくれたし、これで何にも問題ないね」
「大ありだあッ! 藤ねえが死ぬかもしれないんだぞッ!!」
「それは士郎だって、おんなじでしょおーッ!!」

 大河の参戦など士郎が認める筈もないが、基本的には大河の言っている事の方が正しい。
 基本的には。
 ともあれ、互いが互いを想っての言い争いは、その後三十分程続く事になる。
 そして……

「お姉ちゃ〜ん、ウィ――――ン!」
「……畜生」

 結局士郎は、ガックリと項垂れる事に相成ったのである。
 二人は、未だ聖杯戦争という名の殺し合いを甘く見ているのであった。





「そういえばさ、士郎ってどんな魔法が使えるの?」
「魔法じゃない。魔術だ」

 士郎が淹れた二杯目のお茶を皆で飲みながら、ふてくされるように士郎が言った。
 しかし、大河は聞いちゃいなかった。

「細かい事は良いじゃない。ねえねえ、どんな魔法が使えるのよぅ? お姉ちゃんにも教えてよおぅ? やっぱりイオナず〜ん、とか?」
「使えるか」
「え〜ッ!?」

 大河は、ぶ〜垂れた。
 そして「まあ……士郎だもんね」と、まるで可哀想な人を見るような目で士郎を見た。
 物凄い屈辱だった。

「じゃあじゃあ、キャスターさんはどんな魔法が使えるの?」
「魔法? 魔法は私にも使えないわよ」
「え……あ、そっか。ごめん」

 うって変わって、大河は神妙に謝罪する。

「……その謝罪は何? 妙に気になるんだけど」
「キャスターさんも、ヘタレだったんだね。ごめんなさい」
「ちょっと待って。ヘタレって意味は分からないけど、何か物凄く馬鹿にされた気がするわ」
「馬鹿になんかしてないよ。こればっかりは、しょうがないもんね。でも、三人で頑張れば大丈夫! うん、これからみんなで頑張ろー!」
「だから待ちなさいってば! 貴女なにか誤解していない!? 私はキャスターなのよ! 魔術に掛けて右に出る者はいないのよ! 凄いのよ!」
「うん、そうだね」
「その生暖かい目は止めなさい!!」
「ところで、士郎は何で制服着てるの?」

 大河はコロッと話を変えた。

「あ、貴女ね……」
「諦めろ、キャスター。藤ねえは、こういう奴だ。慣れてくれ」
「こら、士郎。話を誤魔化さないの」
「別に誤魔化してないぞ。学校行くからに決まってるだろう。完全に遅刻だけどな」

 自分にとっては当然の事を、当然のように士郎は言った。
 そして、大河にジト目で見られた。

「何だよ、その目は?」

 大河は士郎に向かって、ハァとこれ見よがしな溜め息を吐いた。

「だから何だよ、その溜め息は?」

 大河は士郎に向かって、おいおいジョニーという感じで手振りを交えながら首を振った。

「……言いたい事があるなら、ハッキリ言え」
「まあねえ……こんな事、ホントは言いたくないんだけど」
「そこまで言われちゃ、言われないと却って気になる。良いから言ってくれ」
「じゃあ……言っちゃうぞ?」
「おう、ドンと来い」
「だから士郎は、友達少ないんだよ」

 グッサリと、胸に何かが突き刺さった気がした。

「どうしてこう、士郎は助けっぱなしなのかなあ……」

 しみじみと、実にしみじみと言う大河。

「か、関係ないだろ、俺が友達少ないのはッ!! ……そりゃ、事実だけどさ」
「関係あるから言ってるの。大体、学校なんて行ってる場合じゃないでしょう? キャスターさんを助けるって、士郎は決めたんだから」
「何でだよ? キャスターのマスターになったからって、別に今までの生活を変えるつもりはないぞ、俺」
「バカ」
「何でさ!?」

 呆れたように言った後、最大限の疑問を発する士郎に構わず、大河は視線を庭に向けた。
 その目は何処か遠いものであり、悲しみの色がほんの少しだけ滲んでいた。
 そして彼女は、ポツリと言ったのである。

「……エッチしたクセに」
「な、何で知ってんのさッ!?」
「ふふん、お姉ちゃんには何でもお見通しなのさ」
「覗いていやがったなあ、このエロトラァ――――ッ!!」
「の、覗いてなんかいないわよ! ってか、エロトラって何よお! エロって言った方がエロなんだからねえ、士郎のどエロォ――――ッ!!」

 真面目な話も何処吹く風か、二人の情け無い口喧嘩は果て無く続いた。
 大河としては、「だから最後まで責任取れえ」とか、「助けた人に興味無いのは悪い癖だぞお」など、あれこれとここで士郎に説教かますつもりだったのだが、その事は既に頭からスポーンと抜け落ちている。
 つまりは、話がどんどんズレていく。
 そんな二人を尻目に、我関せずとお茶を飲むキャスター。

 ――――平和といえば、平和よねえ。

 なんて事を、キャスターは思った。

「ところで、大河」

 それはそうと、一つ確認しなければならない事がある。

「何よキャスターさん、いま忙しいんだけど! あと、わたし名前で呼ばれるの好きじゃ……!」
「聖杯戦争に参加する事がどういう事か、分かって言っているのよね」

 これだけは、確認しておくべきだろう。
 もっとも、昨夜の態度から十分理解しているとは思われるが。

「……うん、そのつもりだけど」
「そう。なら、私から言う事は何も無いわ」

 ――――死んだわよ、貴女。

 内心、キャスターはそんな事を思った。
 正直なところ、大河がそう言い出す事が予想出来なかった訳ではない。
 そして、その結果は死あるのみだ。
 半人前のマスターを素人が手伝えば、至極当然の結果である。
 彼女の事は気に入っていただけに残念に思うが、これはもう仕方ないだろう。

 大河が死ぬのは、坊やの所為なのだから。

 本当に止めたければ、昨日の彼女のように命を掛けてでも止めるべきだったのだ。
 あるいは、そこまでしなくとも私に一言命令すれば良い。
 暗示を掛けろ、と。
 それをせず、言葉で説得しようとした坊やは、実に愚か。
 少しは姉を見習えと言いたい。
 残念だわ、大河。貴女が死ぬのは、本当に残念。

 キャスターは、約束された彼女の死をひとしきり(なげ)いた。
 嘆くだけだった。

「で、結局坊やはどうするのかしら? 学校とやらに行くの? 私は別に構わないけど」
「……いや、俺が間違ってた。俺は半人前なんだから、時間を作ってでも努力をすべきだったよな」
「なら、これからどうするのよ? サーヴァントとしては、一応マスターの方針くらいは知っておきたいんだけど」
「それなんだけど……キャスター。良かったら、俺に魔術を教えてくれないか?」
「魔術を?」
「そうだ。俺は戦うって決めたから。だから、いま出来る事をしておきたい」
「そう。その心掛けは立派ね。でも無駄よ」

 士郎の頼みを、キャスターは一言で切って捨てた。
 キャスターにとっては、士郎はあくまで繋ぎのマスターに過ぎない。
 そんな事をする暇があったら、少しでも魔力を回復させたいのだ。
 また、この程度の魔術師相手では、魔術を教える食指も涌かない。
 魔術は、秘匿すべき物。
 鉄則であるそれは、決して一般人相手だけの事では無いのだから。

「言いたい事は分かる。けど、それでも頼む」

 とはいうものの、この身はサーヴァント。
 どんなマスターであれ、命令されれば従わざるを得ないだろう。
 さて、どう言い包めるか……

「……言っておくけど、付け焼刃は通用しないわよ。そもそもサーヴァントは、人がどうこう出来る存在じゃないの」
「それでもだ。やれる事は、今しなきゃ駄目なんだ」
「それは、命令?」
「命令じゃない。頼んでいるんだ。それに……」
「それに?」
「それに、キャスターは女の人じゃないか。女の人を戦わせる訳にはいかない」
「…………は?」

 士郎の言葉に、キャスターは呆気に取られた。
 これ以上は無いというくらいに。
 フードの奥のその顔の、口がポカンと開いている。

「確かに俺は半人前だけど、それでも戦うのは男の役割だし……」
「ちょ、ちょっと待って! 待ちなさい!」
「何だ? 俺、何か変な事……」
「良いから待って! 待ちなさいってば!!」

 慌てふためくキャスターが、士郎の言葉を強く遮る。
 そんなキャスターの態度を、不思議に思う士郎。
 しかし、彼女に自分の態度を取り繕う余裕は無い。
 首を傾げる士郎を他所に、キャスターは心を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返している。

「……ふぅ。
 えっと……ねえ、坊や。今……何て言ったの?」
「だから、キャスターは女の人だろ? 女の人が傷付くのは駄目だ。そんなの男として見過ごせない。だから、キャスターに戦わせるくらいなら、俺が自分で戦う」

 キャスターの腑に落ちない態度はさて置いて、士郎は自分の信条をキッパリと言い切った。

「ふ――――」

 その士郎の言葉にキャスターは、

「ふふ――――アハハハハハハ! そうね、そうよね! 戦うのは男の役目よね!!」

 爆笑した。

「素敵よ、坊や! 本当に素敵! 素敵過ぎて笑えるわあ、アハハハハハハ!!」

 もう、大爆笑だった。
 呆気に取られる士郎を前に、腹を抱えて笑うキャスター。
 衛宮家の居間に、キャスターの笑い声が大いに響き渡るのであった。





「あぁ――――笑ったわあ。こんなに笑ったのは、生まれて初めて」

 わんさと笑ったキャスターは、実に爽快な気分だった。
 笑い過ぎた所為かフードに隠されていた顔が今では露わになっており、その目は無論涙目だ。

「それにしても本当に変わっているのね、坊やは。サーヴァントにお願いなんてするのも、そうだけど」
「何でだよ。頼み事をするのにお願いをするのは、当たり前だろ」

 士郎が、ふてくされたように答えた。
 というか、ふてくされていた。
 あれだけ目の前で自分の事を豪快に笑われれば、つむじを曲げる位は当然だろう。

「そうところが、よ」

 そう言ってキャスターは、さも楽しげにくつくつと笑った。
 サーヴァントにお願いをするのもお笑い種だが、何よりサーヴァントを差し置いて自分が戦うなどと言い出すとは。
 身の程知らずは分かっていたが、まさかここまでこうだったとは。

 ――――ホント、笑えるわあ。

 そしてご機嫌な彼女は、楽しげにこう続けたのである。

「良いわ。私で良ければ、魔術を教えてあげる。頑張って私を守ってね、マスター」

 結果良ければ全て良し、とでも言えば良いのであろうか。
 二人の距離が縮まったような、そうでないような、何とも微妙な結果である。
 ともあれ、こうして士郎は、キャスターに魔術を教えて貰える事になったのであった。



続く
2007/1/23
By いんちょ


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