大団円を目指して



第12話 「仲間割れ」







郊外のなだらかに続く坂道を上がりきった場所にある高台の奥に、冬木市唯一の教会がある。

決して大きくは無いが、来た者を威圧するかの様にそびえ立つ教会。

その教会の前に、凛達はいた。

誰もが沈痛な顔をしており、中でも桜は青褪めている。

彼女等は、たったいま言峰が行っていた事の後始末を終えた所だった。


凛の言った、師の尻拭い。

それは、教会に集められた孤児達の処理である。

端的に言ってしまえば、その孤児達を殺したと言う事だ。

地下室の棺に押し込められ、頭と胴しか存在しなかった子供達。

ギルガメッシュの餌として魔力を、

魂に近いものを十年もの間搾り取られ、枯れ木の様にボロボロとなったモノ達。

死んではいなかったが、只それだけ。

とうに命運は尽き、どの世界でも最後は朽ち果てるしか無かったモノ達。

そんな彼等に、彼女等は止めを刺したのである。


「サクラ、大丈夫ですか?」

「だから、サクラは止めておいた方が良いって言ったのに」


顔色の悪い桜をライダーが気遣い、イリヤもひねた言い方ではあるが桜を心配している。


「うん、大丈夫」


だが青褪めてこそいるものの、しっかりとした口調で桜は応じた。


「大丈夫、先輩の為だから」


柳洞寺からこの教会に来る間に、姉から事情は聞いていた。

ここには、士郎と同じ境遇の孤児達が生贄にされていると。

そして、セイバーは言った。

その事実に士郎が絶望し、更には胸を穿たれ殺されかけたと。

桜は思う。

そんな現実はいらないと。

ならば、全てを無かった事にすれば良い。

士郎が、これを知る前に。

全てをやり直している今、士郎がこんな事を知る必要などこれっぽっちも無いのだ。


―――先輩の為なら、どんな事でも出来る。


人を殺すのが余りに久しぶりなので、少し動揺しただけだ。

臓硯を己の手で握り潰した桜は、そう自分に言い聞かせる。

後悔は、無い。

例え夜な夜なうなされようと、例え夜中に跳ね起き独りで震え続ける事になろうと、士郎の為なら構わない。


―――先輩は、もっと楽に生きて良いんです。


桜の、心からの想いであった。



「………せめて、焼き払いところだけどね」


教会を見上げながら、感情を押し殺した声で凛が呟いた。


「駄目なんですか!?」


その言葉に、桜が弾かれた様に反応する。

士郎の為と言えども、やはり心苦しくはあったのだろう。


「駄目よ。警察にマークされたくないもの」

「警察にマーク、ですか?」


いきなり出てきた警察と言う言葉に、桜は戸惑い聞き返す。


「そ。火事なんか起こしたら、言うまでも無いけど消防車が来るでしょ?

 で、手足の無い、こんがり焼けた死体が多数発見される訳だから、当然警察沙汰になるのよ。

 そうなると、間違いなく綺礼が疑われる。けど、綺礼は見付からない。だって、もう死んでるから」


凛は、淡々と言葉を連ねた。


「警察は綺礼が逃亡したと考えるでしょうから、当然指名手配されるわね。重要参考人でも良いけど。

 すると、わたしの所にも警察が来るのよ。綺礼は、わたしの法的な保護者だから。

 匿っていると疑われるかもしれないし、少なくともマークはされると思うわ。

 逃亡先に近しい人の所を選ぶのは常識と、警察は考えるもの」


近しくなんかないけどねと、凛は語る。

家宅捜索などもっての外であり、夜の外出も儘ならなくなるので今警察に目を付けられる訳にはいかないと。


本来はこういった場合、聖杯戦争の監督役が事後処理をするのだが、その監督役である神父が既にいない。

よって、死体の処分も含めて後始末は全て自分等の手で行わなければならない。

士郎の為ならともかく、そこまでするつもりは凛には無かった。


「あ〜、そっか。人が死んだら警察沙汰になるのよね」


そうだったそうだったと、今更な事をイリヤがのんきに言った。


「常識を考えなさいよ」


苦笑する凛だが、無論苦笑で済む話では無い。


「まあ、この事は協会に報告しておくから、次の監督役が来るまでの辛抱よ」


言峰が行ったこれらの事は、明らかなルール違反である。

そして彼は聖堂教会から魔術協会に鞍替えはしたものの未だ教会にも在籍しており、

また凛が報告するのは協会である。

つまりは、協会に対しての教会の借りと成り得るのだ。

協会では大して重要視されていない冬木の聖杯戦争だが、

多少でも教会に貸しが作れるとなれば、嬉々として協会はすぐにも動くだろう。

それは、凛の協会での立場を良くする事にも繋がる。

まあ、大して期待はしていないが。

ぶっちゃけ、凛にとっては後始末役が欲しいだけである。

後始末というのは、なかなかどうして骨が折れるのだ。


余談だが、協会が冬木の聖杯戦争を重要視していないのは、

実質的に自分達の管理下で行われていない所為でもあるが、何より結果が伴っていないからである。

既に過去四度も行われた、聖杯戦争。


その全てが、失敗した。


結果だけ見れば欠陥品なのだ、この聖杯戦争は。

現場から上がって来たレポートを読むだけのお偉方にしてみれば、

凄惨な殺し合いの挙句に全てが失敗した聖杯戦争など、食指が湧かないのだろう。

英霊召喚という奇蹟があろうと協会にとっては、正確に言えば協会のお偉方にとっては、余り意味が無い。

英霊の使役とは大量の魔力を消費し続ける事であり、それは己の魔術師としての可能性を削る事になるからだ。

事実、セイバーをサーヴァントとした世界の凛は、今の凛には及ばない。

戦闘力など魔術師の価値からしてみれば大した物では無く、地位を保つ為の役にも立たない。

政治に必要な力は、また別なのだ。

となれば、己が根源に至る可能性を削る事の方が、余程の問題であろう。


「あッ!」


唐突に、凛が大きな声を上げた。


「そんな事よりセイバー、何なのさっきのアレは!?」

「アレ、ですか?」

「そうよ! さっきのアレよアレ!?」

「ハァ」


代名詞を連呼して怒り始めた凛だが、セイバーには今一つ話が通じていない。


「だから、アソコで金ピカに言ったアレだってば!!」

「ああ。ギルガメッシュに、敗れた時は抱かれると言ったアレですか」


答えづらい筈の事を、えらくアッサリと答えるセイバー。


「そ………そうよ! 何のつもりなの、アレはッ!!?」


凛は思わず言葉に詰まるが、気を取り直して再びセイバーを責め始める。


「言葉通りですが」

「こ、言葉通りって………」


しかし、再度セイバーにアッサリと答えられ、凛は言葉を失ってしまう。

束の間の後、セイバーが語る様に言った。


「凛。私とて、女が男に抱かれる意味は承知している。だが、他に方法が無かった」

「………」

「少なくとも、私には考え付かなかった―――それだけの話です」


事実をありのままに答えるセイバーに、凛の心が千々に乱れる。

納得など出来る訳も無いが、戦術を考えるのはマスターである自分の役目であり、その自分の心は

立て直したとは言え、あの時確かに折れていた。

そんな自分が、セイバーに何を言えるのだろう。

結局、凛には謝る事しか出来なかった。


「………ごめん」

「謝らないで下さい、凛。幸い我々は全員が無事だ。次で勝てば良いだけの話です」

「………分かった。次は何としてでも策を捻り出すから。次は勝つわよ、セイバー」

「ええ、必ずや勝利してみせましょう」


二人の顔に漸く笑顔が戻り、彼女達は互いに笑い合った。

そこにイリヤが、横からひょっこりと顔を出す。


「少し訊いても良いかしら、セイバー」

「何でしょうか、イリヤスフィール」

「負けた時は、本当にギルガメッシュとエッチしたのよね」

「ちょっとォ!」


イリヤの遠慮も気配りも無い言葉を凛が咎めるが、セイバーは気にせず律儀に答える。


「エッチという言葉は相応しくありませんが、その通りです」

「じゃあ、シロウの事はどうするつもりだったの?」

「………そうですね。

 もしもあの時ギルガメッシュに抱かれていたなら、私はシロウに愛される資格を無くしていたでしょう」

「なら………」

「ですが、シロウには二人がいるではありませんか」

「えッ!?」


イリヤの驚きを余所に、セイバーは一つ息を吐くと目を閉じ胸に手を当て静かに言った。


「私の事など良いのです。

 シロウには、凛がいる。桜もいる。

 例えシロウに愛される資格が無くなろうと、私はシロウの剣として傍にいられれば、それで良い」


目を閉じたまま、厳かに語るセイバー。

その犯しがたくも重厚な雰囲気に、誰もが何も言えなかった。

それだけの重みを持った言葉である。


「そんな事、無いですよ」


そんな雰囲気の中、桜が優しい笑顔でセイバーに言った。


「先輩は、そんな事気にしませんから」


桜の言葉も、また重い。


「………そうでしたね」

「はい、そうでした」


表情を崩すセイバーと、母性を思わせる円熟した笑みを浮かべる桜。

二人は、穏やかに笑い合った。





「そうね、わたしもいるし」

「いえ、イリヤスフィール。貴女とライダーは論外です」

「「何故ッ!!?」」

「「「………え?」」」


イリヤの声に、誰かの声が重なった。

皆が揃って声の上がった方向へ顔を向けると、その視線の先にいたのは言うに及ばすライダーである。


「………」


たらり、と汗が一筋流れるライダー。


「―――えへん! 
いけない、えへん虫が。えへん、えへん!」


わざとらしい程に咳き込むライダー。

見ていて、とても痛々しい。


「ねえ、ライダー」

「何でしょう、サクラ」

「昨日は、余り話せなかったね」

「そうでしたか?」


字面では平然と答えている様に見えるが、その実、カタカタと震えながらのライダーの台詞である。


「うん。だから今日はいっぱいお話しようね………ゆっくりとね」


素晴らしくもにこやかに言う桜だが、その笑顔がライダーには恐ろしい物にしか見えなかった。


「………はい」


涙目な、ライダーであった。







ライダー以外がきゃいきゃいと姦しい遠坂凛御一行様は、今日のお仕事はおしまいと遠坂邸への帰宅途中である。


「でも、これで先輩が苦しむ事は無いんですよね」


新都と深山町を結ぶ冬木大橋を通りかかった時、吹っ切った様に桜が言った。

その表情は、満足そうである。


「まあ、あの教会の件に関してはね」

「そう言えば、結局彼等はどうなったのでしょうか?」


凛の答えに、セイバーが疑問を発した。


「どうなったって、いまアレして来たトコなんだけど」

「いえ、私が帰った後の世界ではどうなったのかと、ふと思いまして」

「ああ、そういう事。えっとね………」

「何の話ですか、それは?」


二人の会話に、とぼとぼと桜の後ろを暗い顔で足を引きずる様に歩いていたライダーが口を挟む。


「何って、何が?」

「いえ、セイバーが帰った世界とは、何の話かと思いまして」

「そっか。ライダーは、あの世界じゃ死………えっと、途中で退場したから知らないのよね」

「言葉を濁す必要はありませんが、その通りです」

「別に大した話じゃ……って、大した話か。

 何しろその世界じゃ、桜やわたしを差し置いて、セイバーが士郎とくっ付いた訳だしねェ?」


チラリとセイバーに視線を向けながら、からかう様に凛が言った。


「そうそう。わたしの事も差し置いてね」

「アンタはお呼びじゃ無いのよ、イリヤ」

「お呼びじゃ無いのはリン、貴女でしょ?」

「お生憎様。わたしの場合、士郎とくっ付いた世界がバッチリあるの。イリヤとは違ってね」

「ご心配無く。この世界ではバッチリくっ付くから」

「何言ってんのよ! 士郎とくっ付くのは………!」

「リン」


不意に、凛の名を呼ぶ声がした。

後ろから聞こえた、場にそぐわぬ硬く尖った険しい声。

思わず凛が振り向くと、そこには先程までとはまるで違った雰囲気を纏うライダーがいた。


「その士郎とセイバーが結ばれた世界とは、何の話でしょうか?」


口調こそ丁寧だが、その押し殺したような声音はライダーの心情を雄弁に物語っていた。


「え、えっとォ………」


気圧された凛が、無意識に一歩後ずさる。

その時滑る様に動いたセイバーが、凛をその背中に庇いながら言った。

それがどうかしたのか、と。

味方同士である筈の二人の視線が、真っ向からぶつかり合った。


「ライダー、訊きたい事があるなら私に直接訊けば良い。凛に訊く必要など無い」


真正面からセイバーを見据えるライダーと、その視線を真正面から受け止めるセイバー。

空気の軋む音が、凛には聞こえた気がした。


「そうですね。ではセイバー、貴女に伺いましょう。

 どうやらサクラを差し置いて、貴女が士郎と結ばれた世界があるようですが」

「ええ、その通りです。それがどうかしましたか、ライダー」

「いえ、それは良いのです」


予想外の返答にセイバーは戸惑うが、ライダーは構わず詰問を続ける。


「貴女如きが士郎と結ばれるとは片腹痛いですが、

 サクラが勇気を出さなかった世界とすれば、それも致し方無いでしょう」

「ほう、それは穿った意見ですね」

「どうも。しかし、結ばれた士郎を置いて帰ったというのが解せません」

「………」

「何故ですか?」

「………」

「答えなさい、セイバー。

 何故士郎と結ばれたにも関わらず、彼を独り置いて英霊の座に帰ったりしたのですか?」

「………」

「答えなさい、セイバー。何故、士郎を捨てたのですか?」

「―――ッ!!」

「答えなさい。何故、シロウを捨てたのか」

「………………黙れ」

「黙りません。何故………」



「黙れ!! 誰が好き好んでシロウを独りにするものか!

 私には王としての役目があったのだ!

 何も知らない貴様が、あの別れを侮辱するなッ!!」



烈火の如く、苛烈な怒声でセイバーが吼えた。

その怒号は大気を激しく震わせ、その暴風雨を思わせる怒りの渦は、人が立ってはいられない程のものだった。

しかしライダーは平然としたまま、セイバーの怒りを鼻で笑った。


「………フン、王の役目と来ましたか」


あからさまに蔑んだ視線で、ライダーが言葉を続ける。


「セイバー。試みに一つ問いましょう」


ライダーの露骨な挑発口調に、セイバーはギシリと歯を食い縛った。


「士郎と王の役目とやらは、どちらが大切なのですか?」


セイバーはギリギリと歯を食い縛りながら、殺気走った目でライダーを睨み付けている。


「いえ、答えは訊くまでもありませんでしたね。事実、士郎を捨てた訳ですから………」

「ライダー」


桜が、ライダーの詰問を止めた。


「もう、止めて」

「しかし………!」
「止めて」

「―――はい」


桜の静かな一喝に、ライダーは口を噤む。

言いたい事は多々あったが、桜が止めるならば口を噤まざるを得なかった。

胸の想いを抱えたままに。


そして、桜には桜の想いがあった。


「姉さん」

「………何?」

「これから、どうするんですか?」

「明日からの事?」

「はい」

「………」

「何よ、シロウの家に行くんじゃなかったの?」

「その通りです」


イリヤが、今迄の険悪な空気など物ともせず二人の会話に割り込み、

セイバーもライダーへの怒りを一旦押さえ、すぐさまイリヤに賛同する。


「どうせシロウは首を突っ込むに決まってるし、その前に合流しないとね。

 と言うより保護ね、保護。シロウには、わたしがいないと駄目だもの」

「私達と言うべきですが、その通りです」

「………」

「それがどうかしたの、サクラ?」

「イリヤさん」

「何?」

「セイバーさん」

「何でしょう?」


桜はゆっくりと一つ息を吐いた後、不退転の覚悟で明言した。





「わたしは、反対です」





三人の間を、一陣の風が吹き抜けた。





「………何ですって?」

「わたしは、先輩を巻き込みたくありません」

「………」

「先輩を、巻き込みたくないんです」


姉さん達は、先輩なら勝手に首を挟んで来ると言っていた。

先輩の性格なら、あり得るとは思う。

でも、本当にそうなのだろうか。

先輩は、聖杯戦争の事など何も知らないのだ。

ならば、先輩を巻き込まずに終わらせる事も出来るんじゃないだろうか。

自分達さえ頑張れば。

あの教会の孤児達を殺したように、先輩が全てを知る前に何もかも終わらせてさえしまえば。


「ふ〜ん………サクラは、そんな事言うんだあ」


目を細めたイリヤが、薄く笑いながら言った。


「はい。イリヤさんに、そんな事言っちゃいました」


目だけが笑っていない笑顔で、桜が答える。

両者の間の空気が、見る間に凍結していった。


「勝手ね」


イリヤにとって、士郎の聖杯戦争参加は何があろうと譲れない事だった。

それは、自分と士郎の絆を結ぶ掛け替えのない架け橋となるのだから。

イリヤから見れば、桜は自分の事しか考えていないようにさえ見える。

士郎と彼女には、既に確固たる絆があるのだから。

何より必ずや巻き込まれるだろう士郎を死なせない為には、誰かが守らなければならないのだ。


「先輩の為ですから」


桜からすれば、イリヤは自分の考えに固執しているとしか思えなかった。

聖杯戦争など無くても、士郎とイリヤは出会いさえすれば間違い無く家族となれるのだから。

桜にとって、それは当然過ぎる事。

であるなら、士郎が聖杯戦争に参加し傷付く必要など全く無いのだ。

ましてや士郎が死ぬ事など、欠片の可能性すらあってはならない事だった。


故に、二人は一歩も引かない。

引く訳にはいかない。

同じ男を想い合う二人。

例え争う事になろうとも、士郎の為なら引き下がる事など出来なかった。

それは即ち、殺し合いである。





「桜、貴女の心配は分かる」





そんな二人を止めたのは、セイバーだった。


「イリヤスフィールから話は聞いています。シロウが死んだ世界もあったと」


士郎が死ぬ事などあってはならないし、そんな事実は許せない。

だから、桜の気持ちは理解出来る。

だが、セイバーとしてはどうしても士郎と合流したかった。

既に自分は凛のサーヴァントであり、また自分に女としての出番があるとも思えない。

それでも士郎を愛する女として、傍にだけは居たかった。


「しかし、心配は無用です」


女としてでは無くて良い。


「この剣に掛けて誓いましょう、桜」


只、シロウの剣として。

今度こそ最後まで。


「何があろうと、シロウは私が守ってみせる」


見えない剣を掲げながら、セイバーは神託を告げるが如く、己の誓い(想い)を宣言した。

その姿は、正に圧巻。

圧倒された桜は、何も言えなくなった。





「クックック………」





その時、笑い声が聞こえた。

嘲笑うような、冷笑。

笑っているのは、いつの間にか少し離れた場所にいるライダーだった。


「何がおかしい、ライダー」

「いえ―――」


クスリと笑いながら、ライダーは言った。










「――――――士郎に殺された女が、何を言うのかと思いまして」










時が止まった。

世界はモノクロに反転し、全てが色を失った。










「士郎を裏切り、士郎の敵となった挙句、士郎に殺された無様な女が、何があろうと守ってみせる、ですか。

 いや、実に笑わせる」










唇の両端で薄く笑いながら言った、ライダーの言葉。

それは、セイバーを逆上させるには十分な言葉であった。










「貴様ァ―――ッ!!」










セイバーが、ライダーに斬り掛かった。










だがその一撃は、空しく空を斬っただけだった。










何故なら、既にライダーは逃走していたからである。










「ふふん」










逃げ出したライダーが、十分距離を取ってからセイバーをチラリと見て鼻で笑った。

その蔑んだ声は、ハッキリとセイバーの耳に届いた。










「貴ッ様ァ―――ッ!!!」










そしてセイバーとライダーの、命を懸けた追いかけっこが始まるのであった。










「……マスターを置いてって、どうすんのよ」

「……ですよねえ」

「意外とバカよね、あの二人……」


己のサーヴァントである筈の二人に置いていかれた凛と桜は、やるせない気持ちでいっぱいだった。

イリヤも呆れた気持ちでいっぱいだ。


「ハァ……ライダーには、後できちんとお説教しなきゃ。ところで、これからどうしますか? あ、さっきまでの話は置いておいて」

「ま、そんな気分じゃないわよね。で、どうするのよ、リン」

「そうね……」


これからといっても、今日はもう何もする気がおこらない。

これは、三者に共通する心情である。

となると、後は家に帰るか、セイバー達を追いかけるかの、どちらかだが……


「……取り合えず、セイバー達を追いかけましょう。いざとなったら令呪を使ってでも呼び出すけど、さすがにこんな事では使いたくないわ」

「そうですね。あの調子なら、最悪の事にはならないでしょうし」

「そんな空気じゃないでしょ。とっくに」


イリヤが肩を竦めながら、身も蓋もない事を言った。

ともあれ凛達は、セイバー達を追いかける事にしたのであった。










そしてわずか三日後、凛と桜はこの判断を心から後悔する事になる。










続く


2006/1/26


By いんちょ



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