大団円を目指して
第10話 「宣言」
最初に動いたのは、意外にもライダーであった。
「ランサー、取引をしましょう」
「あん………って、オレ！？」
ライダーの言葉に、うっかりと間抜けな声を上げるランサー。
まさか、この状況で自分に話し掛けられるとは、思ってもいなかったのだろう。
ランサーの返事は、とても間抜けな物だった。
しかし、それも仕方ないと彼は思う。
繰り返すが、この状況で自分に話し掛けられるとは、全く考えてもいなかったのだ。
そう、この状況である。
己が無視されている、この状況。
場違いな気もする、この状況。
ハッキリ言って、面白くなかった。
しかも、妙に居ずらかった。
やってられんねえぜ、というのがランサーの本音である。
「………言ってみな」
だから、ライダーの話を聞く気になった。
取り合えず、ではあるが。
「ランサー。貴方のマスターの死に際の願いは、あくまで大聖杯を守る事。
決して、その男の味方をする事ではありません」
「………で？」
「その男を倒した後、私達は大人しくこの場を引きます。だから、この戦いには手を出さないで欲しいのですが」
誰もが無事に生き残る為に。
ほんの少しでも生存の確率を上げる為に。
ライダーは、ランサーに取引を持ちかけた。
―――成る程ねェ。
言いたい事は、分かった。
要するに、こいつとは手を組むなって事だ。
要するまでも無いが。
自分としては、問題ない。
こいつがボコボコにされようと自分には関係ないし、何よりサクッと殺したい。
そんな奴の味方をする必要など、これっぽっちも無いのだ。
かと言って、ライダー達の味方をするのも何だと思う。
この野郎は気に食わないが、大聖杯を守る事は大前提なのだ。
大人しく引くとは言うものの、その言葉を鵜呑みにも出来ない。
―――さてさて、どうすっかなァ……
ランサーの迷う様子に構わず、ライダーは無表情のまま話を進める。
「無論取引ですので、相応の代価は支払います」
「代価だァ？」
いきなり、嫌になった。
取引ならば代価があるのは当たり前なのだが、とにかく嫌になった。
どうも、この女は信用が出来ない。
最低限の信用が無ければ取引など出来るものでは無く、
そもそも自分の欲しい物をこの女が支払えるとも思えない。
自分の望みは、ただ英雄として相応しい戦いのみなのだから。
よって、ランサーは断る事にした。
「ワリィが………」
「代価として、貴方の心行く限り堂々と戦う事を誓いましょう」
「………何？」
「無論、貴方が本来のマスターを得た後で結構です」
「………」
ランサーは、暫し考える。
そういう事なら、話は別だ。
元々、英雄相手に戦いたいからこそ、召喚に応じたこの身である。
しかも、心行く限りと来た。
正に、望み通りの代価である。
それならば、文句は無い。
無い、筈なのだが―――
「―――アンタじゃなァ……」
「ちなみに、相手は彼女ですので」
「って、私ですか！？」
ライダーからの思わぬ指名に、驚きの声を上げるセイバー。
「当然でしょう。私は、サクラと士郎と平和を愛する、只の女にすぎません。戦う事など、とてもとても」
澄ました顔で、ライダーは答えた。
―――言ってくれる。
舌打ちしたい心境の、セイバーであった。
しかし、無用な反論はしない。
ランサーには、別世界での話だが助けて貰った借りもあり、戦う事自体は望む所である。
何より、ギルガメッシュが手を出さない内に、話を付けなければならない。
今でこそギルガメッシュは不思議と大人しくしているが、それも長くは無いだろう。
令呪の強化がある今、ランサーさえ手を出さなければ乖離剣を使われる前に切り伏せる事も不可能では無く、
だからこそこの取引は絶対に成立させなければならない。
そう、絶対にだ。
故に、名を告げた。
「我が名は、アーサー」
風が、解ける。
封が解かれ、幾重もの風を払い、彼女の剣がその姿を現す。
「我が名に懸けて―――」
彼女の手の中にあるモノ。
それは、星の光を集めた最強の聖剣である。
「―――貴方の心行く限り、正々堂々と戦う事を誓おう」
ブリテンの赤き竜、伝説の騎士王アーサーが、ここに雄々しく宣言をした。
――――――何も切り捨てずに守るのは大変です、シロウ。
そんな事を、思いながら。
「………………マジかよ」
「私では、不満か？」
敵味方が注視する中、セイバーが揺ぎ無い口調でランサーに問う。
「い、いや、そんなコタァねえが………」
「ならば、答えよ。我等が申し出を受けるか、否か」
「………」
ランサーは、少しの間呆けていた。
音に聞こえたあのアーサー王が、まさか女だったとは思いもしなかったのである。
だが思い返せば、確かにあの野郎がセイバーの事を『騎士王』と言っていたし、何と言ってもあの剣だ。
あの、光輝く黄金の剣。
そして、この王者たる風格。
間違いねェ。
こいつは、アーサーだ。
ならば、相手にとって不足は無い。
というより、お釣りが来る。
そりゃもう、べらぼうにだ。
………しかし、ここで頷くのも……何というか、その………男らしくない気がしないでもない。
様な気がする。
だが、しかし！
この申し出を受けないのは、余りに勿体無さ過ぎる！！
―――受けちまおっかなァ……
ランサーは、微妙に迷っていた。
「下らんな、セイバー」
その時、何の前触れも無くギルガメッシュが口を開く。
「雑種如きに、乗せられおって」
これまでのやり取りを黙って見ていた、ギルガメッシュ。
「王に、従者は付き物と言え」
その赤い瞳には、何の感情の色も浮かんでいない。
「そのような愚にもつかん雑種共を引き連れているから、己の真名を言う羽目になるのだ」
英雄王は、誰もが注目するなか淡々と言葉を続ける。
「ふん―――興が醒めた」
そして続けた言葉は、誰もが意外な言葉だった。
「引くなら引け、騎士王よ。この場は、見逃してやる」
王の財宝が閉じ、乖離剣がギルガメッシュの手から消える。
「我の気が変わらん内に、引く事だな。いつ気が変わるかは、我にも分からん」
無手となったギルガメッシュが、無表情のまま言った。
「ギルガメッシュ、何のつもり………」
「分かった。この場は引かせて貰うわ」
問い質すセイバーを、凛が遮る。
ギルガメッシュの真意こそ不明だが、この機を逃す訳にはいかないのだ。
全員が生き残る、これが最後の機会だろうから。
「セイバーは殿をお願い。行くわよ、みんな」
そうと決まれば、長居は無用。
急ぎながらも警戒しつつ、凛達は速やかにこの場を去った。
「………ギルガメッシュよ、何のつもりだ」
ギルガメッシュから十分な距離を取った後、殿を務めたセイバーがギルガメッシュに問うた。
「言ったであろう、気が変わったと」
無表情だった、ギルガメッシュ。
「どうせ、おまえは我の物だ。それが少々伸びたにすぎん」
その顔には、今ではハッキリとしたモノが浮かんでいた。
「―――行け、セイバー。次にこの場で合間見えた時こそ、貴様の全てが我の物となる」
それは、傲慢。
傲慢こそが、ギルガメッシュという男であった。
「―――いえ、その時こそがギルガメッシュ。貴方の最後です」
しかし、傲慢なまでのその言葉を正面から受け止めるセイバー。
彼女も、やはり王であった。
「………無視してんじゃねえよ」
傍らに立つ光の御子が、ボソッと惨めに呟いた。
槍を片手に、所在無さげに佇むランサー。
彼は、またしても脇に回されたのだ。
つい先程までは、確かに彼がこの場の主役だったのに。
嗚呼、不憫。
「行きますよ、ランサー」
「あぁん？」
ギルガメッシュから視線を逸らす事無くセイバーがランサーに声を掛けると、
ランサーがチンピラの様な返事をした。
拗ねているのかもしれない。
「貴方には、新しいマスターを探す必要がある。これ以上、この場にとどまる意味は無い」
「そりゃあ………まあ、そうなんだけどよ」
「さっさと来なさい。置いて行きますよ」
そう言い残すと、ランサーの返事を待つ事無くセイバーは去った。
「チッ………さっきからスッゲェ間抜けだぜ、オレだけよォ」
そうブツブツと言い残し、ランサーもスゴスゴとセイバーの後を追いかけた。
とても、惨めな気分だった。
「―――で、これからどうするのだ？」
誰もが立ち去り、一人となったギルガメッシュ。
すると、独り言であろうか。
誰に言うでもなく、ギルガメッシュが呟いた。
「即興とは言え、おまえの描いた絵図とは思えん出来だな。我の性には合わん」
この場に残っているのは、ギルガメッシュただ一人。
当然、その問いに答える声は無い―――
「そう言うな。私とて余りに予想外だったのだ。文句は後で聞いてやるから、許せ」
―――筈であった。
続く
2005/10/23
By いんちょ
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