祝! 二周年記念SS!!

機動戦艦ナデシコ




足掻く者



後編







むせ返る雌の匂いに満ちた暗い部屋で、汗と淫液にまみれた全裸の女が男の上に跨り、一心不乱に腰を振っていた。

ベッドの軋む音。

粘膜の擦れ合う音。

そして女の口からこぼれる言葉の意味を成さない喘ぎ声だけが、部屋の中を満たしている。

我を忘れて腰を振る、淫蕩な表情(かお)をした一人の女。


「ああッ! アキトく―――んッ!!」


やがて、女の一際高い声が部屋に響いた。







「………ねえ、アキト君?」


艶やかな顔をした女が、気だるそうに甘えるようにして、男の耳元で名を囁く。


「………何だ?」

「フフッ、呼んでみただけ」

「そうか」

「そうよ」


そう言って女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、男の胸に指を這わせながら再び男の名を呼んだ。


「ねえ、アキト君?」

「何だ?」

「私とこんな事して、奥さんに悪いと思う?」

「俺に妻はいない」

「はいはい。籍は入れてなかったって言いたいんでしょ? 耳にタコが………」
「エリナ」

「何? もう一回、する?」


(なまめ)かしく微笑む、エリナ・キンジョウ・ウォン。その笑みには、凄絶なまでの色気が感じられた。


「冗談よ。本当にシテも良いけど。で、何? アキト君」

「お前には、感謝している」

「………………え?」


唐突なアキトの言葉に、エリナの表情が固まる。


「お前のお陰で、俺はここまでやって来れた。今まで………」
「止めて」


決して大きな声では無いが、今までの甘えた声が嘘のような感情を感じさせない声で、アキトの言葉を遮るエリナ。


「お願いだから、止めて」


耐え難い不安が、エリナの胸に渦巻いていた。


「お前には分かっている筈だ、エリナ。俺は………」
「嫌、聞きたくない」


聞いてしまえば、全てが終わる。そんな予感がしてならない彼女は、彼の言葉を端的に遮る。

その先の言葉を言わせない為に。


「聞け、エリナ。俺は………」
「嫌」


目を合わさず、吐き出すようにアキトの言葉を打ち消すエリナ。


「エリナ」
「嫌」

「………エリナ!」
「嫌ッ!」


声を荒げるアキトだが、エリナはそれ以上の決然とした声で、アキトに先の言葉を言わせない。

業を煮やしたアキトは、いきなりエリナの身体に覆い被さり、片手で彼女の両手を押さえ付ける。

そして、もう片方の手でエリナの顎を押さえ付け、彼女と目を合わせるようにして言った。


「聞くんだ、エリナ」

「嫌ッ!」

「エリナ!」

「嫌ったら嫌ァッ!」

「いい加減にしろ、エリナ! 俺はもう………!」
「嫌、嫌、嫌ァ―――ッ!!!」


エリナは、アキトから感謝の言葉など聞きたくなかった。

聞いてしまえば、何もかもが終わってしまいそうだから。

故にエリナはアキトの言葉の続きに怯え、必死に抗いながら子供が駄々を捏ねるように首を振り、力の限り喚く。

その先を、聞きたくないが為に。

そんなエリナに、アキトは押さえ込んだまま、おもむろに己の唇で彼女の口を塞ぐ。


「むぐぅ、んッ、ンンッ………!」


アキトの舌が、エリナの口唇を思うがままに貪り尽くす。

暫しの抵抗の後、エリナの身体からクタリと力が抜ける。

やがてエリナの嬌声が、再び部屋に響き渡った。







「もう………誤魔化されちゃったわ」


吐息を吐くように言われたエリナの言葉は、甘く蕩ける雌の匂いを感じさせる物だった。


「ごめん………ちょっと取り乱したわね」

「構わん」

「うん………」

「………」

「………ねえ?」

「何だ?」

「………」


何やらためらっている様子を見せるエリナは、口を開きかけては閉じている。

そんな仕草を繰り返していた彼女だったが、やがて意を決したのか絞り出すような声でアキトに問うた。


「………本当に、無かったの? アキト君に投薬された、ナノマシンのデータ」

「ああ」


アキトは、躊躇無く答えた。


「………………そう」


その答えに、エリナは大きな大きな息を吐く。

彼女はアキトの今の言葉に嘘を感じたが、実際の所は分からない。

何より、今更どうしようも無い。

アキトの死。

それは最早覆せない、確固とした事実なのだ。

微かながらも存在していた希望の光は永遠に失われ、

とうに覚悟は出来ていた筈のその事と改めて向かい合う羽目に陥ったエリナ。

彼女が取り乱したのも、当然と言えよう。

しかし延命の手段は既に無く、今やエリナがアキトの為に出来る事は、彼の復讐(願い)を叶える助力だけだった。


「………ねえ、アキト君?」

「何だ?」

「何か、話してよ」

「何だ、いきなり」

「だって、アレの後のピロートークは、男の役目でしょ?」

「………無茶言うなよ」


アキトとエリナは、ほんの微かに笑い合った。

悲しい、笑いだった。


「それにしても、イネスは大丈夫かしらね」


気を取り直すように、エリナが話題を変えた。


「データが無かったって聞かされた時のイネス、本当にショックを受けてたもの。

 初めて見たわよ、あんなに落ち込んだイネス。まあ、無理ないけど」


アキトは、何も答えない。


「ねえ?」

「何だ?」

「落ち込んだイネスの事、ちゃんと慰めてあげた?」

「ああ」


アキトは、再び躊躇無く答えた。


「………そこは、せめて言い辛そうに言って欲しいわね」

「バカ、今更だ」

「そうね。アキト君にそんな事を求めるのは、今更と言うより無茶だったわね」

「悪かったな」

「本当よ、この女の敵」

「そんな事は無い」

「何処がよ?」

「俺が抱くのは、お前達二人だけだ」

「………バ〜カ」


アキトの腕を枕にしていたエリナは、「私の王子様」と心の中でそっと囁きながら、ぎゅっとアキトに抱き付いた。

ちなみにネットで噂されていた頃のアキトの最初の通称は『幽霊(ゴースト)』だったが、

それを知ったエリナが「こんなのアキト君に相応しくない!」と大激怒し、ラピスとアイスを散々っぱらこき使い

ネットを通して『闇の王子』の名を世に定着させたのは、全くの余談である。


「ところで、フィールド・マシンの調子はどう?」

「問題ない」

「そう………ま、当然よね。何しろネルガルが総力を挙げて開発した、しかも採算を度外視した一品物だもの。

 北辰が使っていた物なんかより、絶対に性能が上よ」


自信たっぷりに言ってのけたエリナだったが、アキトを抱く腕に力を込めながら続けた言葉は弱々しかった。


「だって………貴方の命綱だもの」


個人型次元跳躍空間発生装置、並びに個人型時空歪曲場発生装置。

前者はチューリップクリスタルを使わずにジャンプ・フィールドを発生させ単独のボソン・ジャンプを可能とした

携帯用の装置であり、後者は人間単位のディストーション・フィールドを発生させる事の出来る、携帯用装置である。

通称、フィールド・マシン。

既に木連が実用化に漕ぎ着けていた物ではあるが、

それらの出来を遥かに上回る物の開発に、ネルガルは成功していた。

本来あり得ない程の性能を誇るそれは、エリナの手腕とイネスの頭脳、

どちらが欠けても実現し得なかった、言わば二人の汗と涙と愛の結晶である。


「ねえ、アキト君」

「何だ」

「例の場所の詳細な情報、手に入れたわ」


全てはアキトの為に。







木連の元指導者であり、火星の後継者の指導者でもあった、草壁春樹元中将。

A級戦争犯罪人である彼は、現在獄中で静かな日々を送っていた。

彼が収監されてから半年が経つが軍事裁判は未だ行われておらず、裁きの日を待つ日々である。

監視カメラに集音マイク、外部スピーカー等が備え付けられた24時間監視体制の特別房。

そんな場所で心静かに裁判を待ち受ける草壁だったが、その平穏な時は今終わりを告げた。

突如彼の目の前の空間が揺らぎ、ボソン・ジャンプ特有の光が煌いたのだ。

当然監視カメラがその現象を捕らえている筈だったが、スピーカーを通して監視所から何も言って来ない所を見ると、

おそらくカメラやマイクは電子的に潰されているのだろう。

目の前の光景を見詰めながら、草壁はそんな事を考えた。


「―――テンカワ・アキトか」


ほんの短い間の光の煌きが消え去った後、そこには全身を黒で染める男が存在していた。

闇の王子の降臨である。


「こんな所まで追って来るとはな………人の執念、恐るべし」


アキトは静かに佇んでいる。


「私が最後と見受けるが」


暗に、他の者は全て殺したのかと問う草壁だったが、アキトはゆっくりと銃を抜く動作でそれに答える。


「無駄口を叩くつもりは無いか………フッ、好きにするが良い」


無言のまま、アキトは彼の眉間に狙いを定める。

だが、草壁は動じない。

裁判が終われば死刑は確実な身である彼に、今更死を恐れる必要などある筈もない。


「軍事法廷の場にて最後に主張したき事もあったが―――致し方あるまい、殺せ」


この時この言葉に、アキトがわずかに反応した。


「どうした、撃つが良い」


銃を構えたまま動かないアキトに、草壁が訝しげに問う。

しかし、アキトは引き金を引かない。

草壁を見据え引き金に指を掛けたまま、彼は動かない。

そして少しの間の後、ぼそりと呟くよう言った。


「一つ、聞きたい事が出来た」

「ほう………」


アキトの言葉に、短い言葉とは裏腹に大きな驚きを感じる草壁。

まさか、この期に及んで会話が成立するとは思わなかったのだ。

しかし、この復讐者が今この場で何を言うのか。何を考えているのか。

単なる気紛れであろうが、実に興味深い。


「良かろう。人生最後の会話が貴様相手だとは考えもしなかったが、それもまた良し。面白き物よな、人生は」


故に、達観した笑みを浮かべた草壁は、続きを促すのだった。


「………何故だ」

「何故、とは?」

「何故、反乱を起こした」

「反乱だと?」

「そうだ」

「反乱を起こしたのは私ではない。秋山ら若手将校達である」

「違う」

「違わん」

「違う、熱血クーデターの事じゃない。地球と木連の間に結ばれた和平の事だ」

「………和平だと?」

「そうだ。漸く成った和平を何故………」
「笑止!」


草壁の一喝が、アキトの言葉を遮った。


「和平とは、対等な立場で初めて成し交わされる物。なし崩しの和平など、偽りにすぎん」

「それでも戦争は終わった。殺し合いを続けるよりは余程マシだ」

「それは貴様が悪の地球人だからだ。

 より正確に言えば、地球の側に立つ人間だからだ。あのままでは、いずれ木連は地球に呑み込まれていた」

「それの何が悪い。平和に勝る物など………」
「知らんだけだ、木連の実情をな」

「………」

「知っていれば、そのような言葉など吐けはせん。決してな。

 百年前の事だけでは無い。和平の成った後、貴様ら地球人が我が同胞に何をしたか………」

「………」

「知らんだろうな、貴様は。貴様だけでは無い。貴様ら地球人は何時もそうだ。何一つ知ろうとはせん。

 それは最早、無知を通り越し罪悪というものよ。故に、貴様ら地球人は悪なのだ」

「貴様、自分が正義とでも………」
「否、悪である!」


草壁は、声高らかに言い切った。


「我々が正義で無い事など、百も承知!」


九十九の暗殺も非道な人体実験も、全ては己の指示による物。その行いが正義である訳が無い。しかし―――


「だが、それがどうした!!」


―――全ては木連の為。


「木連の未来の為ならば、私は進んで悪と成ろう!」

「………」

「悪で結構! 大いに結構! 力無き正義など不要だッ!!」


死を前にして死を恐れず、指導者としての信条を堂々と述べる草壁。

己に恥じる事など何一つ無いといった、その毅然とした態度。その気迫。

そんな草壁に、アキトは―――


「………な事の為に」

「何?」

「そんな事の為に、俺達を狙ったというのかッ!!」





―――何一つ、共感出来なかった。





アキトに政治の事は分からなかったし、また興味もなかった。

そして今のアキトにとっては、木連の人間がどうなろうとも関係なかったし、またどうでも良かった。

そんな余裕は、なかった。

確かな事は、木連の未来とやらの為に、自分達が犠牲にさせられた事。

ささやかながらも幸せだった暮らしは、一方的に破られた。

愛する者は、力尽くで奪われた。

無理矢理モルモットにされ、好き勝手に身体と頭の中身を弄くられ、残る命ももう少ない。

夢も希望も踏み躙られて、何よりユリカを犠牲にした。

どんな理由があろうと、アキトに認められる訳がなかった。


「我等が未来を、そんな事とはな………失望したぞ、テンカワ・アキト」

「勝手に失望していろ。所詮貴様は自分達の事しか考えていない」

「私は木連の指導者だ。ならば全てにおいて木連を優先するは、当然である」

「自分は何も犠牲にせずな。その為に俺達を犠牲にした」

「む………そんな事は無い」

「ほざけ。何を犠牲にしたと………」

「娘を捧げた」

「―――ッ!?」


草壁の言葉に、アキトは思わず息を呑む。


「一人娘を、国に捧げた」

「………貴様、自分の娘を」

「勘違いするな。私の娘を殺したのは、貴様等だ」

「何だと!?」

「あの、月の会戦時にな」

「………まさか」

「そうだ。ナデシコの相転移砲だ」

「………」

「貴様等ナデシコが、私の娘を殺したのだ」


アキトは、絶句した。


「………失礼、話が逸れたな。娘の事など些事であった」

「些事だと!?」

「何を驚く。国を導く者ならば、国に全てを捧げるのは当然であろう」


実に不思議そうな顔をした草壁は、続く言葉を静かに紡ぐ。


「娘の事は、所詮は個人的な事。そんな物、指導者という立場の者からしてみれば些事に過ぎん」

「馬鹿な!? 自分の娘を………ッ!」
「言った筈だ、私は指導者だと」


激するアキトに、草壁は淡々と言葉を連ねる。


「大を生かす為に、小を犠牲にせざるを得ん時もある。

 情に流されず、その判断を行う役目を担う者。それが指導者という者だ」

「………」


気圧されている自分を、アキトは自覚した。


「……奇麗事だ。娘を殺されて、恨まない筈が………」
「娘の事で、貴様等を恨んだ事は無い」


草壁は、明瞭に事実を告げる。


「何故なら、娘は軍人だったからだ」


アキトは、何も答えられない。


「………重ね重ね失望したぞ、テンカワ・アキト。戦争で軍人が死ぬのは当然の事。そこに個人的感情は無い。

 兵はともかく、指導者足る者が持つべきでは無いのだ。恨みなどといった個人的感情はな」


アキトは、無性に焦りを感じた。


「……嘘だ。草壁、貴様は嘘を吐いている。木連で女が軍人になれる筈が………」

「娘が望んだ」

「………」

「確かに、婦女子が戦場に立つ事は許されん。

 しかし、娘が戦う事を望んだのだ。木連の未来の為にな。

 無論、私が軍部の筆頭でなければ、娘が軍人になれる筈も無かったが―――」


草壁は、何かを思い出したように苦笑する。


「―――だが、あいつは優人部隊に比べても実に優秀でな。事実………いや、娘の事はもう良かろう」


草壁は嘆息した後、アキトを一瞥する。


「撃つが良い、テンカワ・アキト。貴様と話して得る物は無いと判断した」


その目には、明らかに蔑みの色が浮かんでいた。


―――まさか我々を負け戦に導いた貴様が、このような小物であったとはな。


そんな事を、草壁は思った。


―――貴様には、理解出来んだろうよ。私が、どんな想いでゲキガンガーを否定したか。


そんな事も、草壁は思った。


自分とて、悪の道になど走りたくは無かった。

どんな苦境にあろうとも、正義の道を歩みたかった。

強く、雄々しく、そして正しく。

子供の頃から今に至るまで、憧れ続けた絶対の存在。

ゲキガンガーの主人公、天空剣の生き様こそが、自分にとっての何よりの理想なのだから。


しかしそれでも、悪とならねば木連は終わっていた。

どんな理想も、同胞の命に比べれば塵芥に等しい。

だから、国の為に己を捨てた。

理想も、在り方も、娘も捨てた。

それは、口で言うほど生易しい事では、断じてない。

だが、そうまでした自分に敗北の切っ掛けを与えた男が、このような小市民だったとは。

草壁は、失望を禁じ得なかった。

だからこそ、ついその想いが口に出た。


「浮かばれんよ、我が同胞は。貴様程度の小物に殺されたとあってはな」


既に草壁は、完全にアキトを見下していた。

しかし誰に何を思われようと、アキトにとってはどうでも良い事である。


「俺は、自分が大物と思った事など無い」


だから、事実をそう告げた。

何の気負いも無く言われたその言葉に、草壁の顔色が瞬時に変わる。

アキトにとってはありのままを言ったに過ぎないが、草壁にとってはあり得ない言葉だったからだ。

男子足る者、己に自負があって当然。

生き抜く事が厳しい環境である木連において、草壁に限らず木連男児は皆そういった教育を受けて来た。

だと言うのに、今のアキトの言葉は、それを真っ向から否定する物である。

何より、そんな小物に打倒されたとあったは、自分達が余りに惨めと言う物だ。

だからこそアッサリと言われたその言葉に、草壁は大きな衝撃を受けた。

草壁にとっては、断じて認める事の出来ない言葉である。


「貴様ッ、それでも男………ッ!!?」
「もう良い」










端的な言葉の後、アキトは無造作に引き金を引いた。

牢獄内に銃声が響いた。

実にあっけない終焉だった。










「………チッ」


アキトは、一つ舌打ちをする。

己が惨めで堪らない。

例えようのない敗北感が、アキトの心を満たしていた。


だが、それがどうしたと言うのだろう。

この程度の思いは、モルモットでいた時に腐るほど味わっている。

いや、相手を殺せただけ、あの時に比べれば天と地ほどの差があった。

どれだけの怒りに震えようと、何の意味も無かったあの時。

どれだけの憎しみを持とうと、何の結果ももたらさなかったあの時。

どんなに無力を嘆いても何も変わらず、どんなに強く願おうとも何も適う事はない。

痛くて苦しくて泣き叫ぼうと、情けなさに不甲斐無さにさいなまれようと、される事に変わりはない。


モルモットであったアキトは、負ける事に慣れていた。


故に、いかな敗北感に打ちのめされようと、アキトにとっては今更な事だった。

こうしてアキトは、己の復讐(全て)を終えたのである。







宇宙の広さに比べれば、人の悩みなど、ちっぽけな物だ。

昔の人は、そう言ったという。

それは、誰の言葉であったのか。記録には残っていないが、アイスは馬鹿な考えだと思った。

宇宙は宇宙。人は人。何の関係もない。当たり前の事だ。


無論、言いたい事は理解出来る。要約すれば『くよくよするな』と言う事だろう。

だが、人は悩むからこそ素晴らしい。

アイスは、そう考えている。

AIである自分は、マスターのアキトにただ従うだけ。悩む事など出来ないのだから。

しかし今、アイスは確かに悩んでいた。

アキトに、何と言って話しかければ良いのか………とてもじゃないが『くよくよするな』とは言えない。


宇宙の広さに比べれば、人の悩みなど、ちっぽけな物だ。

誰が言ったか知らないが、目の前にいたら迷わずグラビティ・ブラストをぶち込んであげましょう。

アイスは、そんな事を思った。


―――ああ、私は混乱しています。


たまらず、アイスは天を仰ぐ。

宇宙に天は無いけれど。

彼女の悩みは、尽きなかった。


復讐を終えたアキト。全てを終えたアキト。生きる理由を失ったアキト。

復讐が彼の全てであった事を、アイスは知っている。

全てが終わった今、彼はこれからどう生きるのか………アイスには検討も付かなかった。


どれ位の時間が経ったのだろう。

草壁を殺しユーチャリスに戻ってから、アキトは何をするでもなく艦長席に座ったまま沈黙を続けている。

バイザーに隠された目は、開かれているのだろうか。

今のユーチャリスは、行く当ての無い迷子のように、宇宙空間をふわふわと漂っているだけだった。

そんなアキトに、ラピスが恐る恐る声を掛ける。


「………アキト、これカラどうするノ?」

「………ジャンプの用意だ、ラピス」


アキトは暫しの間の後、何時ものように何時もと同じ事を言った。


「わかッタ」


変わらない様子のアキトに、ラピスは少しだけ安心する。

復讐がアキトの全てであった事は、無論ラピスも知っている。

それでもアキトはここにいて、自分はアキトの傍にいる。

それだけで良い。

先の事など、ラピスは考えた事もなかった。


「アイス、ジャンプすル」

「分かりました。ジャンプ・シークエンス………接近中の艦影あり」


アイスが、警告を発する。


「何だ?」

「戦艦ですね。一隻です」

「………確認しろ」

「了解。ナデシコCです」

「チッ」


ルリがナデシコCまで持ち出して来るとは思わなかったアキトは、軽い舌打ちをした。


「アキト………どうするノ?」


ラピスが、不安げに問う。

その時、ユーチャリスのメインモニターに、決意に満ちた表情をしたホシノ・ルリの姿が映った。


「アキトさん、今度こそ連れて帰ります!」

「申し訳ありません、アキト。強制的に通信を繋がれました。さすがは電子の妖精ですね」

「アキトさん、返事をして下さいッ!」


必死の様相でアキトに呼び掛けるルリ。が、アキトは何も答えない。


「アキト………」


ラピスが再びアキトに問う。己の願いを、精一杯込めて。

そしてアキトは、願い通りの答えをあっさりと言った。


「ジャンプの用意だ、ラピス」

「分かッタ! すぐヤル!」


ラピスは、この時初めて確信した。アキトと、これからも共にいられる事を。


―――ワタシとアキトは、ずっと一緒。


悲しい少女の、たった一つの願いであった。


「アキトさん! どうして何も言ってくれないんですかッ!!?」

「ジャンプ・シークエンス、起動します」

「アキトさんッ!!!」

「ボース粒子、発生しタ」

「アキトさんッ! お願いです、アキトさん! 返事をして下さいッ!!」


ルリの悲痛な叫びが、ユーチャリスの艦橋に響く。

微かな希望と大いなる絶望の入り交じる、心からの叫び声。

それはアキトに届いているのか、いないのか。アキトは無言のままだった。


「ジャンプ・フィールド、生成確認」

「アキト、何時でもいいヨ」

「アキトさんッ!!!」


アキトは委細構わず、無常に跳躍の言葉を告げる。


ジャン………

アキト………











その瞬間、声が聞こえた。

夢にまで見た、声が。

片時も忘れた事の無い、声が。

全てを投げ打ち、漸く取り戻せた愛しき声が。










「ユリカッ!!!」










ユーチャリスのメインモニターには、艦橋に持ち込まれた簡易ベッドに横たわる、愛しき女性(ひと)の姿が映っていた。

彼女は駆け寄ったルリに支えられながら、ゆっくりとベッドの上で上体を起こす。

そして、はにかんだ笑みを浮かべながら、愛しき男性(ひと)の名を呼んだ。


「ヘヘッ、久しぶりだね………アキト」

「………ユリカ」


眉一つ動かさずに人を殺す『闇の王子』が、呆然と立ち尽くしていた。


「………ジャンプ・フィールド、キャンセルします」

「止めテ、アイスッ!」

「仕方ありません。アキトが、会話を望んでいますから」

「でモ……でモ、アキトが………」

「申し訳ありません、ラピス。ですが、私のマスターはアキトだけです」

「………アイスゥ」


悔しさの余り、目に涙を(にじ)ませる、ラピス。

悔しいという感情を、ラピスは生まれて初めて知ったのだ。

しかし今のアキトに、ラピスを気遣う余裕は無い。


「何故だ、ルリちゃん! 何故ユリカを連れて来たッ! ユリカは絶対安静のはずだッ!!」

「ア、アキトさん………」


アキトの顔には、既にナノマシーンの文様が爛々と輝いていた。

それ程アキトは怒っている。

これまでに無いアキトの剣幕に、怯えた様子を見せるルリ。

ルリは、こんなアキトを見た事が無かったから。

それを、ユリカが横から庇う。


「そんなに怒らないでよ、アキト。ワタシが無理言って、連れて来て貰ったんだから」

「………」

「ルリちゃんをイジめたら、いくらアキトだって許さないよ? ユリカ、プンプ〜ン!」


アキトの顔に浮かぶ怪しげな光を全く気にせず、ユリカはぷりぷりと怒って見せた。


「………」


アキトは黙ったまま、食い入るようにユリカに見入っている。


「それに、ユリカはもうリハビリ始めてるんだぞ〜! 大袈裟だよ、アキト」


ユリカが、笑う。

昔のように。

幸せだった、あの頃のように。

何一つ変わった事など無いかのように、ユリカが笑う。


「アキト………」

「………」


見詰め合う、アキトとユリカ。


「………帰ろう?」

「………」

「ね、アキト。一緒に、帰ろう?」

「………」

「ね?」


彼女は微笑みながら、諭すよう言った。

普段の彼女が見せる咲き誇る花のような笑顔ではなく、優しくも(ほの)かな笑み。

それは、全てを包み込む笑みだった。

しかしアキトは、ユリカの笑顔を拒絶する。


「駄目だ」

「何で?」

「俺は帰る訳にはいかない」

「どうして?」

「………」

「昔と、変わったから?」

「………」

「人を、たくさん殺したから?」

「………」

「ねえ、アキト」

「………」

「アキトったらあ」

「………」

「アキト………」

「………」

「………」

「………」

「………ホントに変わっちゃったね、アキト」

「ユリカさんッ!?」


ユリカの言葉に、思わずルリが彼女の名を叫ぶ。

しかし、ユリカはあくまでユリカであった。


「真っ黒クロ助さんだ♪」

「「………は?」」


予想外の言葉に、間の抜けた声で聞き返すアキトとルリ。


「でもやっぱり、アキトはアキトだよ! 変わっちゃっても大丈夫! うん、全然オッケー!!」


アキトの仮面に、ヒビが入る。


「それにアキト、忘れてるよォ〜?」


ユリカは、明るい調子のまま言った。


「ユリカだって、人殺しだよ?」

「ユリカ、何を………ッ!?」

「いっぱい、い〜っぱい、殺しちゃったもん! アキトなんか、目じゃ無いよッ!」


アキトは、絶句した。

ユリカの言葉が、事実だったから。

火星の民間人をナデシコで押し潰した時も、月の会戦時で相転移砲を撃ったあの時も、命じたのは確かにユリカだった。


「だから………ね、アキト」

「………」

「ね、アキト」

「………」

「アキト………」

「………」

「………」

「………」

「どうしても………ダメ?」

「ああ」

「………………そっか」


諦めたように、ユリカは一つ息を吐いた。

そして彼女は言ったのだ。

何処までもユリカらしく。










「じゃあ、ワタシもそっち行く」










「ちょっと待て、ユリカァ―ッ!!」










闇の王子は、大きな声でツッコんだ。










「アレ? ワタシ、何か変な事言った?」

「『言った?』じゃないッ! お前、何考えて………
ハッ!!?


我に返る、アキト。

そしてギギギとまるで錆び付いた機械の如き動きで、ゆっくりと周りを見渡すアキト。

視界に入るは、信じられないモノを見たかのような、と言うか、いま正に信じられないモノを見たラピスとアイス。

アキトは、頭を抱えたくなった。


「え〜ッ!? だって、アキトが戻ってくれないんだもん、 しょ〜がないよお〜!」


そんなアキトの事など露知らず、のほほんとのたまうユリカであった。


―――ユリカのペースに乗ったら、終わりだ。


ユリカと会話する時の鉄則を思い出したアキトは、ゆっくりと言葉を選びながら深刻な雰囲気で語り始める。


「ユリカ……俺は………」
「良いよね、ルリちゃん? あ、勿論ルリちゃんも一緒だよ。ワタシ達は家族なんだから!」





「人の話を聞けェーッ!!!」





アキトは、再び大きな声でツッコんだ。

身振りも交えて。





「ユリカさん………」

「あれ? それとも、ルリちゃん………イヤ?」

「そんな事ありません!」


呆然としていたルリは、慌ててユリカの言葉を否定した。


「そう、ですよね……帰って来て貰えないなら、一緒に行けば良かったんですよね………気が付きませんでした」

「ダメだなあ、ルリちゃんは。相変わらず、あたま硬いね?」

「フフッ………そうですね。私も、そう思います」

「だから、人の話を聞けェ―――ッ!」


喚く、アキト。

無視される、アキト。

ハッキリ言って、間抜けなアキト。

今のアキトは、何処をどう見ても『闇の王子』には見えなかった。

そして、その仮面を無理矢理………いや、無意識に剥ぎ取ったユリカ。


―――やっぱり、ユリカさんには、かないませんね。


ルリは、素直にそう思った。

変わらないユリカに、変わった筈の、少なくとも根っ子の部分は変わっていなかったアキト。

ルリは、ほっと息を吐く。

これで、昔のように三人で暮らせる。

昔のように………

ルリの胸が、少しだけ(うず)いた。

そんなルリの様子に気付かないアキトとユリカは、周囲を気にする事無くひたすら言い合いを続けている。


「ユリカは、愛に生きるのッ!」

「駄目だッ!」

「絶対、アキトについて行くのッ!」

「駄目だ、駄目だ、駄目だッ!」

「何で、どうして!? どうして駄目なの、アキトの意地悪!」


傍から見れば単なる痴話喧嘩に過ぎないこれは、当事者足る二人にとっては互いに譲る事の出来ない物である。

事実、これまでの調子とは一転したユリカの次なる叫びは、目に涙を湛えながらの物だった。


「だって夫婦だもん!!」

「な、何をいきなり………」

「ワタシ達は夫婦だもん! 病める時も健やかなる時も、ずっと一緒にって誓った夫婦だもん!」

「………ユリカ」

「ぐしゅ………だから、一緒にいなきゃ、駄目なんだもん!

 夫婦は、何があっても……すん………一緒にいなきゃ駄目なんだから!

 だから一緒! ワタシとアキトはこれからも一緒!! ず〜っとずぅ〜と一緒にいるのッ!!」


いつしか、ユリカは泣いていた。

頬を伝う涙も、自分の想いも、あふれ出すのが止められなかった。

だからユリカは、あふれる想いを精一杯にアキトにぶつける。

他に出来る事はないのだから。


「………強くなれば、一緒にいられるよね?」

「………」

「強くなるから」

「………」

「ワタシも、アキトみたいに強くなるから」

「………」

「強くなれば、連れてってくれるよね?」

「………」

「アキトを守れるくらい強くなれば、ワタシも連れてってくれるんだよね?」

「………」

「アキト………」

「………」

「お願い、答えてよ………」

「………」

「アキトォ………」


涙ながらにうったえるユリカだったが、アキトは何も答えない。

その冷淡とも思える態度にユリカは言葉を失い、やがて力無く俯いた。

彼女が黙り込んでしまえば他の誰かが喋る事も無く、場は水を打ったような静けさに包まれる。

暫しの静寂。

そんな重苦しい時間が過ぎる中、男がポツリと呟いた。





「必要無い」





感情を押し殺した声で、男は言った。

ユリカの懇願を切り捨てるような、アキトの言葉。

絶望感が、ユリカを襲った。





「お前が強くなる必要は、無い」





「………え?」

「お前は………俺が、守る」

「ア、アキト……今、何て………?」

「お前は、俺が守る」


今度こそ、自分の命に変えても。

焦がれる想いが、ついにアキトの口からこぼれ出た。

こぼれてしまえば、もうほとばしる感情はアキトにも止める事は出来なかった。


「だが、俺は………」


しかし今、アキトは己の所業を思い返していた。

今初めて、闇の皇子となってから初めて、アキトは今まで犠牲にしてきたモノ達の事が頭に浮かんだのである。

万単位の人間を殺した、自分の咎。

それらを忘れて、ユリカと幸せになる事は許されるのだろうか………


「大丈夫!」


そんなアキトの不安を、元気いっぱいのユリカが力強く打ち消す。


「大丈夫だよ、アキト! だってアキトは、ワタシが大好きッ!」

「………」

「勿論ワタシも、アキトがだ〜い好きッ!!」

「………そうだな」


アキトは、たまらず苦笑した。

別に、今の現実が変わった訳ではない。

アキトの罪が消えた訳ではなく、アキトの身体が直った訳でもなく、今もなお現実は何一つ変わっていない。

それでも二人は、三年の歳月を経て、漸く笑い合えたのだ。

今は、それだけで良かった。


―――良かったですね、お二人とも。


辛い時間は、もうおしまい。

今度こそ、二人は幸せになるのだ。

その為なら、自分はどんな事でもしよう。どんな事でもだ。

今度は、自分が二人を守る。

目に涙を滲ませながら、ルリは胸の疼きと共にそう誓った。





その時、突如エマージェンシーコールが、ユーチャリスの艦橋に鳴り響いた。





「どうした、ラピス」

「………」


アキトは微塵も動じる事なくラピスに問い掛けるが、彼女は何も答えなかった。

アキトの目に、訝しげな色が浮かぶ。

ラピスがアキトの言葉を無視する事は、本来あり得ない事なのだ。

しかし、今はそれ所ではない。


「アイス、原因を」

「ラピスの操作により、ボース粒子が急速に増大中。このままでは危険です」

「何だとッ!? ラピス、何をしている!?」

「………ワタシは、アキトの目」


ラピスの答えは、脈絡の無い物だった。

更にラピスは、何かに憑かれたように言葉を続ける。


「アキトの耳………アキトの手………アキトの足………アキトの………アキトの………」

「チッ、アイス対応しろ!」


現状の危機を認識したアキトは、ラピスを無視してアイスに指示を出す。

だが、アイスの答えは無常だった。


「ジャンプシステム、暴走を始めました。ランダムジャンプの危険有り」

「キャンセルだ!」

「無理です」

「諦めるな! まだ間に合うッ!」

「いえ、私には無理です。全てはラピスが操作をしていますから」


―――な〜んちゃって。


アイスは心の中で、ぺろりと舌を出した。

実際の所、アイスにはこの暴走を止める事が出来る。

普段のラピスならともかく、今のラピスは感情的になりすぎているのか、操作の穴が多い。

従ってアイスがその穴を突く事は十分に可能だったが、ラピスの気持ちが痛いほど解るアイスに、そんなつもりは毛頭無い。


―――捨てられるよりはマシですからね。これが無理心中というモノでしょうか………フフッ、変な感じです。


アイスは、初めてアキトの命令に背いた。


「いい加減にしろ、ラピスッ!!」


力ずくで止めるべく、アキトはラピスに駆け寄ろうとする。

しかし、ラピスを前にしたアキトは、動けなくなる。

泣いていたから。

目を一杯に見開きながら、彼女は涙を流していた。

声を出さず、身じろぎもせず、只々彼女は泣いていた。


「………ラピス」


ラピスの涙を初めて見た、アキト。

そして、すとんと腑に落ちる。

脈絡の無かった、先程のラピスの言葉。

ラピスの決め台詞とも言える、あの言葉。

あの言葉の最後の締めは―――


モニターの向こう側では、ユリカとルリが必死の形相でアキトに呼び掛けている。


「アキトさん、脱出して下さいッ!」

「アキトッ!」

「………ごめん、二人共」

アキトッ

!!?」

アキトさんッ



口元に笑みを浮かべると、アキトはゆっくりと二人からラピスに視線を移し、歩み寄る。

微妙な距離で足を止めると、目線を合わせる。

そして、何時ものように、何時もとは違う声音で、彼女の名を呼んだ。


「ラピス」

「………」

「ラピス」

「………」

「俺は、何処にも行かない」

「………」

「ずっと、一緒だ」

「ウソ」

「嘘じゃ無い」

「………ウソ」

「嘘じゃ無い」

「………」

「ラピス」

「………」

「俺を、信じろ」

「―――ッ!?」

「俺達は、二人で一人………だろ?」


バイザーを外したアキトは、優しい笑顔でそう言った。


「アキト………アキトォ! アキトォ―――ッ!!」


ラピスは感情のままに、アキトの胸に飛び込んだ。

悲しい少女の、たった一つの願い。

それは今、叶えられたのだ。


「大丈夫………大丈夫だ、ラピス」


ラピスを抱きしめながら、優しく頭を撫でるアキト。


「アキト、ちなみに私はどうなんでしょうか?」


アイスが、どことなく楽しそうに、横から口を挟む。


「フン、地獄まで付き合え」

「………今一つな答えですね」


それでもアイスは、十分嬉しかった。


「させません! ナデシコC、フル加速ッ!!」

「アキトォ! 今、助けるからねェ―ッ!!」

「アイス」

「もう、間に合いません」

「だよな………良かった」


全ては、手遅れだった。


「良くありません! アキトさん、お願いですッ! 私達を、置いて行かないで下さいッ!!」

「そうだよ、アキトォ! アキトォ! アキトォ―――ッ!!」


ユーチャリスが、ボソンの光に包まれる。

アキトの胸で泣く、ラピス。

優しく抱きしめる、アキト。

それを見守る、アイス。

アキトの顔は、穏やかであった。

その時、ふと、アキトの頭に大切な人達が浮かんだ。


―――ユリカ、すまん………愛してる。どうか幸せになってくれ。

―――ルリちゃん、ごめん………迷惑ばかり掛けたね。ユリカと仲良く幸せに。

―――ごめんね、アイちゃん………戻れそうもないや。俺は嘘吐きなんだよ。

―――エリナ、ありがとう……世話になった。お前のお陰で俺は………


心残りは、ラピス。

ラピスだけは助けたかったが、今更どうしようもない。

アイスは、この際良しとしよう。

アキトは思う。










そんなに悪い人生じゃ無かったかもな………










こうして『闇の王子』を乗せた戦艦ユーチャリスは、この宇宙から消えた。

愛する人、守るべき人、心許した人、全てを置き去りにして………
















後書き


どーも、いんちょです。

ナデシコSSも、これにておしまい。

無論、本来は逆行物としてまだまだ続く筈だったのですが、私には無理な事が分かりました。

事実、この後編を書くのに三ヶ月以上かかりました。

書き溜めてあった前編、中篇とは違い、ネタしか無かった為ほぼ一から書いたも同然なので

それだけかかった訳ですが、当然その間はFateのSSはほったらかしです。

元々、前の二話では続かないとか言っていたのだから、止めときゃ良かったと、割と本気で思いました。

二兎を追うのは、大変ですね。

UPしたからには、せめてそれなりのケリを、と思ったのが間違いだったのかもしれません。

気分転換にはなったのですが、三周年記念は止めておこうかな、と。


ともあれ、何とか無事二周年。これからも、宜しくお願いします。

では。





2006/10/6


By いんちょ



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